<ホド編 第2章> 103.洗脳のカヤク
<レヴルストラ以外の本話の登場人物>
【ニトロ】:元三足烏カヤク隊の隊員だったが、カヤクと共に改心しレヴルストラ見習いメンバーとしてカヤクと行動を共にしている。レヴルストラメンバーとして認めてもらうために、カヤクと共に蒼市へと潜入し、現在はニル・ゼント最高議長の護衛をとして活動しつつ情報収集に努めている。
103.洗脳のカヤク
ドアが閉められた後、ゆっくりと家の奥へと案内された。
薄暗い家の中ではかろうじて視界が確保できている程度だ。
男はシンザの背後から首に鋭い刃を突きつけながら廊下の奥へと進んでいく。
ルナリが怒りの形相で男を見ているがシンザがそれを制している。
そして廊下の一角で止まると壁の数箇所に触れた。
すると、壁がカラクリ扉のように開いた。
そしてカラクリの隠し部屋へと入っていく。
ガダァン‥‥
「ふぅ。もう喋ってもいいですよ」
カラクリ扉が閉まり、さらに奥の部屋へと入っていき、慣れ親しんだ表情のニトロがそこにいた。
「ニトロボウヤ!」
「変な真似してすみません。警戒しておかないと皆さんにまで迷惑かかる可能性があって」
「貴様、我のシンザへ刃を突きつけた罪‥‥これから殺すが安らかな死など決して無いと知れ」
「ルナリ!大丈夫だから怒りを抑えて?オーラが外に漏れて誰かに気づかれちゃまずいから!」
「す、すまない‥‥」
「いや、ルナリさんが怒るのも仕方ないですよ。いきなり刃突きつけたんですからね。ですがお仕置きはもう少し待って下さい」
ニトロは深々と頭を下げた。
「いいんですよ。それよりよく僕らに気づいてくれましたね!カヤクさん、ニトロさんへの接触は難しいと思っていました」
「俺が洗脳されていると思われたんでしょう。確かにそう振る舞ってますからね。ですが昼間助けた老人がまさかシンザさんだとは思わずびっくりしましたよ。懐かしいオーラを感じたんでもしやと思っていたんです」
「オーラだけで僕だと分かったんですか?」
「いえ、変装では隠せないところで確信できましたよ。背中に背負った時に俺を掴んでいた戦闘まみれの手と腕橈骨筋、そして俺が持ち上げた時の大腿二頭筋ですね。シンザさんは顔と姿勢、声、雰囲気の変装は超一流ですが、筋肉まで老人化は出来ませんから」
「なるほど!参考になりますよ。だから敢えて僕を背負ったんですね?」
「まぁそういうことです」
「それで一体何があったのニトロボウヤ?カヤクボウヤは?」
「あまり時間がないので、説明荒っぽくなっちゃいますけど、しっかり聞いて下さい」
ニトロは改まったように話し始めた。
「実は‥」
「その前にニトロ。お前が洗脳されていないかを調べさせるのだ」
ルナリがニトロの話を遮って言った。
「!‥‥そうですね。当然の話です。いいですが、どうすればいいですか?」
「我の負の情念の触手はその者の本質の一端に触れることが出来る。ほんの一端だが、それでもお前が洗脳を受け入れているかどうかくらいは判別出来るだろう」
「そうなんですね。じゃぁやってください」
「だが、これにはとてつもない痛みが伴う。それこそ死にたいと思うほどのな。本来心の内を物理的にこじ開けられるのは精神の崩壊に繋がりかねない。精神と肉体は繋がっているからな。精神の崩壊は肉体の崩壊に繋がる。我の負の情念の触手で触れるのは心の内、精神の極々一部ではあるが、それだけでもかなり精神への影響があるはずだ。つまりそれと同等の影響が肉体にも及び相当な苦痛を伴うという仕組みだ」
「‥‥いいですよ。そもそも俺とカヤクさんはみなさんに信じてもらうためにここへ来たんだし、俺たちが以前にやっていたことを考えれば肉体の苦痛なんて楽なもんです」
「よく言った。それではいくぞ」
ニトロは両目を閉じて全身に力を込めた。
「ルナリちゃん、死んだりしないわよね?」
「さぁな。本人次第だ」
「優しくやってあげてよ?」
「拷問好きのお前がどういう風の吹き回しだ?手加減の出来ない行為だ。月並みだがこやつを信じることだな」
そう言うとルナリは黒い触手を背中からゆっくりと伸ばし始めた。
触手はウネウネと動きながらゆっくりとニトロの脳天付近まで伸びていった。
シュン‥‥
触手がニトロの脳天から頭部の中へと入っていった。
ビクン!
ニトロの体は一瞬震えた。
次の瞬間、ニトロの表情が苦痛に歪み始めた。
「ぬぐぐぐぐぅぅぅぅぅぅ!!」
両目を見開くと充血し、血の涙を流し始めた。
口から泡を拭き始め、食いしばっている力が強すぎて、口から血が滴り落ちてくる。
拳は爪が手のひらに食い込んでもさらに力を緩めることなく握られている。
全身に激しい電流が流れているかのように不自然な姿勢で伸び、小刻みに震えている。
「ニトロボウヤ!ちょっとルナリちゃんやりすぎじゃないの?!」
触手を戻させようとロムロナがルナリの背中に手を出そうとしたのだが、シンザが止めた。
ガッ‥
「ロムロナさん。ニトロさんの覚悟を踏み躙っちゃダメですよ。それはあなたが一番分かってることですよね?」
「そうだけど!」
「ぐぅうぅぅああうあううあううううううぅぅぅぅ!」
ニトロは奇妙な呻き声をあげ始めた。
シュバッ
ルナリの触手が一瞬で戻った。
それと同時にニトロは糸の切れたマリオネットのように力なく倒れ込むが、シンザが素早く動きニトロを支えた。
「ニトロさん、大丈夫ですか?」
「えぇ‥‥へっちゃらっすよ‥‥」
血の涙を流し、血が滲んだ泡を吹いている状態でニトロは笑顔を見せながら言った。
「よく耐えたなニトロ。我も感じ取ったが、常人では精神が破壊されて意識が戻らないか、場合によっては死に至る可能性がある痛みであった。だがお前はそれに必死に耐え切った。強い精神を持っているようだ。そしてお前は洗脳されていない。精神の深層まで我の触手を伸ばしたが、お前の精神を押さえ込み操る力は存在したなかった」
どうやらニトロと同じ苦痛をルナリも体験していたようだ。
それを聞いたロムロナはルナリを抱きしめた。
「ごめんねルナリちゃん!あなたが一番辛い役目だったわね!」
「暑苦しいぞロムロナ」
「あら、ごめんねぇ。でもあたしルナリちゃんのことがより一層好きになったわぁ!」
「ふん。我にはシンザがいる。ニトロを気遣ってやることだ」
ルナリは表情を変えずに後ろの壁に寄りかかる形で床に座った。
他人の負の情念を取り込むことは得意であり、彼女にとってのエネルギー源でもあるのだが、正の情念に触れることは逆に相当なエネルギーを失うことなのだ。
人の精神世界には負の情念だけでなく、正の情念も充満しており、それに触れたことでかなりの精神力と体力を消耗したのだった。
「ニトロボウヤ、大丈夫?」
「大丈夫ですって‥‥さて、シンザさん、申し訳ないっすが、ちょっと立たせてもらっていいですか?お仲間に加えてもらおうってのに、抱き抱えられてちゃかっこつきませんからね」
シンザは苦笑いしながら、ニトロを立たせた。
ふらつきながらも、全身に力を込めて自立した。
「ふぅ‥‥さて、それじゃぁまず‥‥結論から言いましょうかね‥‥カヤクさんは俺とは違って洗脳されてしまってます」
『!』
ロムロナ、シンザは驚きの表情を見せた。
「俺とカヤクさんは三足烏に戻って来て‥‥下っ端からやり直しとして潜り混んだんです‥‥。本来なら殺されていたはずですが幸運でした。おそらく元第2分隊隊長であるカヤクさんの実力を買った上で、いずれ捨て駒として使うつもりだったのでしょう‥‥俺も同様の扱いでした。しばらく雑用が続いている中、俺とカヤクさんは少しずつ情報を集めていきました。ですが‥‥下っ端に集められる情報ってのはそんなに多くなくてですね‥‥近づいた時のオーラとか、一瞬見えた能力とか、そんな情報をかき集めて、スノウさんたちに認めてもらえるだけの情報を集めようと必死だったんですよ‥‥でもそれも頭打ちになってしまってね‥‥そんな時、声がかかったんです‥‥ニル・ゼントの護衛になれってね‥‥」
『!』
ロムロナとシンザは驚きの表情を見せながら顔を見合わせた。
「なんで俺たちが‥‥って思ったんですけどね‥‥チャンスだとも思ったんですよ‥‥丁度やつが最高議長になる直前だったんで、このまま最高議長になっちまうなら、その情報をゲットすれば、スノウさん達のお役に立てるんじゃないかってね‥‥。でも買われていたのは俺たちの中途半端な戦闘力だったみたいで‥‥つまり何かあれば身を挺してニル・ゼントを守る盾になるってやつですよ‥‥。それで、その盾になるために、俺とカヤクさんはひとりずつ、部屋に呼ばれたんです‥‥まずカヤクさんから部屋に入って行きました。最初は何かの面接かと思ったんですけどね、中で待っていたのは目の部分に目ん玉の刺繍の入った布を巻いた怪しい人物で頭に何本か針を刺しやがって、それで何かの魔法と呪文みたいなのを唱えてきたんです。すると‥‥頭の中がビリビリとし始めて突然ぐわんぐわんに意識が揺れ始めたんです。‥‥すぐに洗脳されているって分かりました。やべぇって思って片方の手で自分の喉を締めて、もう片方の手で太腿を相手に分からないに抓ったんです。頭への血の巡りを悪くすれば、変な影響を受けるのが遅くなるんじゃないかってのと、太腿つねって激痛感じてたら意識保てるかなって咄嗟に思ったんですね‥‥でも上手くいって俺は洗脳されずにすみました‥‥終わった後、俺にいくつか質問してきたんですよ‥‥あ、これ、洗脳されているかの確認質問だとピンときました。それで相手にとって都合の良い回答をしていったら、信じたみたいでそれで解放され部屋から出たんです」
「よくそんな回避方法思いつきましたね‥‥」
「まぁ火事場のなんたら‥ってやつですね。それで次はカヤクさんの番だったんです。俺、目で合図したんすよ。そしたらカヤクさん察してくれたみたいで瞬き1回で返してくれたんです。これ “了解” て合図ですね。‥‥でも、10分くらいして部屋から出てきたカヤクさん、全くの別人になってたんです。確かめる必要もないくらい明らかに別人で‥‥」
「あなたが洗脳に打ち勝ってどうしてカヤクボウヤが洗脳されるのよぉ‥‥」
「分かりません‥‥あの人、チャラいけど壮絶な過去背負ってる分俺よりも芯が強くて精神力も強靭なんですけどね‥‥。それからというもの、真剣な表情を見せてニル・ゼントやその側近の言う通りに動き、ニル・ゼントの護衛という名の身代わりの盾を必死に務めてきたってわけです」
「そうなんですね‥‥今カヤクさんは?」
「分かりません。どこかへ外出しているみたいなんですが、定期的にどこかへ出張するんすよ。洗脳されているから当然俺に行き先なんて教えてくれなくて。一度真相を探ろうと尾行を試みたんですが、恐ろしいオーラを放っていて近づくことも出来なかったんですよね‥‥。カヤクさんがあれ程までのオーラを出すなんて‥‥いよいよ本格的に洗脳されているんだって思いましたよ‥‥」
「カヤクボウヤ‥‥」
ルナリの黒い触手のダメージが徐々に回復しているのか、既に体の震えは止まり、話し方もいつもの流暢なものへと戻っていたが、真剣な表情で話を続けた。
「そして、これからが本題です。スノウさんたちに伝えたかったこと‥‥ニル・ゼントと三足烏のネンドウってやつには近寄らないで下さい。何なら、このまま別の世界へ越界‥‥でしたっけ‥‥別の世界へ行ってもらいたいんです!」
突然突拍子もない訴えが飛び出してきたため、ロムロナ、シンザは言葉を失ってしまった。
冗談ではなく、これまでのニトロでは見たことのない程真剣な表情だった。
いつも読んで下さって本当にありがとうございます。




