<ホド編 第2章> 102.ニトロ
<レヴルストラ以外の本話の主な登場人物>
【ニトロ】:元三足烏サンズウーカヤク隊の隊員だったが、カヤクと共に改心しレヴルストラ見習いメンバーとしてカヤクと行動を共にしている。現在はカヤクと共に蒼市に潜入している。
102.ニトロ
「ニルボウヤは引きこもりなのかしらねぇ」
大聖堂のすぐ近くの宿屋の一室を借りて張り込みを続けているロムロナが若干苛々しながら言った。
「短気は潜入調査には向きませんよロムロナさん。気長に待つのも仕事です。交代しますよ。お茶でも飲んでて下さい」
「あら、優しいじゃない。それじゃお言葉に甘えて」
シンザは見張りを交代し窓から大聖堂の様子を窺い始めた。
大聖堂の出入り口は大きく2つ。
ひとつは一般民も入ることが出来る文字通り聖堂がある場所に繋がっている出入り口だ。
最高議長や議員たちが講話などを行う場所として使われている。
その大きな出入り口の横に元老院専用の出入り口がある。
何も見張っている場所から見える位置にあった。
この2か所はセットと見做すことが出来る。
もうひとつは大聖堂の裏手側にあった。
そこはルナリが負の情念の触手の一部を放っており、そこからルナリが見張っている。
ここで張り込みを始めてから2日経過しているが、ニル・ゼントが出て来た瞬間は一度も確認できていない。
本来であれば、シンザが元老院関係者に接触し相手の懐へと巧みに入り込んで潜入するのだが、今回はそれが難しい。
カヤクとニトロに麺が割れているということと2人が洗脳されている可能性が高いためだ。
2人と接触するなら洗脳を解く必要があり、ニル・ゼントやザザナールに見つからないように彼らから離れた場所でなければならない。
しかもザザナールにはロムロナがこの場所へ来ていることが知れてしまったため、ロムロナは完全に動きを封じられた状態になっていた。
「やっぱり洗脳されている場合は2人が僕らと接点があるってバレてしまっていますかね‥‥」
「その可能性は無くはないけど、薄いわね。何故ならあの2人意外と口固いから。それにそれがバレたら真っ先に殺されるからねぇ」
「利用するとかそういう発想はないんですかね、三足烏には」
「その理解よ。でもニルボウヤがあの2人を護衛にしている時点であたしたちのことは喋っていないわ」
「洗脳された後に喋っているとか」
「鋭いわねシンザボウヤ。その可能性は無くはないわねぇ。あーーーもう分からなくなっちゃったじゃないの!」
「えええ?!」
「兎に角、張り込み続けて動きがあったら対応!これだけね!」
「‥‥‥‥」
(ワサンさんがロムロナには気をつけろと言ってた理由が分かった気がする‥‥魔法といい武術といい戦闘力は高いけど、思考が意外と単純というか気分のままっていうか‥‥)
シンザは苦笑いしなが見張りを続けた。
「シンザ」
突然部屋の隅に座っているルナリが話しかけてきた。
ルナリは今、自分の負の情念の触手を這わせて大聖堂の裏側を見張っているのだが、何か反応があったようだ。
ルナリはシンザに向かって頷いた。
シンザはそれを確認するや否や、窓から飛び降りて走っていった。
「ちょっと!ルナリちゃん、シンザボウヤはどこへ行ったの?」
「大聖堂の裏手側だ。今動きがあった。ニトロが外へ出てきたのだ。シンザはニトロと接触するために向かった」
「え?!嘘でしょ?!そんなことしたら態々あたしたちがここにいることをバラしに行くようなものじゃないのぉ!いいえ、あたしはバレているけど、2人はバレていないんだから、あたしが動くべきよ!」
「大丈夫だ。シンザは潜入調査の達人。ヘマはしない」
シンザは足音を立てずに大聖堂の裏手側へと回っていく。
出入り口直前で足を止めたシンザは背負っていたナップザックから何かを取り出した。
一方出入り口からシンザの方に向かって誰かが歩いてくる。
ニトロだった。
左の腰には剣が装備されている。
明らかに以前のニトロとは違い、険しい表情であり、三足烏に所属していた頃を思い出させる。
「あのぉすみません」
突然ニトロに老人が話しかけてきた。
「‥‥‥‥」
「道に迷ってしまいまして、薬屋はどちらですかいのう」
「‥‥‥‥」
ス‥‥ガッ!
ニトロは老人の前で背を向けて屈むと強引に老人を背負った。
「おぉ‥‥何をなさるんですかい」
「‥‥‥‥」
ニトロは老人を背負ったまま、しかも老人に振動が無いように気遣いながら走り出した。
そして1分も経たないうちに老人が希望する薬屋の前に到着した。
入り口の横に赤い板が吊るされている。
どうやらこの赤い吊るし看板は薬局を示しているらしい。
ス‥‥
ニトロは老人をゆっくりと降ろした。
「ありがとうございます。無言だから驚いたけどあんた優しいお人なんだのう。名前だけでも教えてくれんかのう」
「ニトロですよ。それと用事があるなら、ここへ」
小声でそう言うとニトロは老人に紙切れをそっと手渡した。
「‥‥‥‥」
再び険しい表情で無言になったかと思うとそのまま早歩きで立ち去った。
老人は薬屋に入ると1分も経たない内に出て来た。
そしてゆっくりと歩き出し、人気のない路地裏に入って行った。
周囲に人がいないことを確認するといきなり自身の頭皮を掴み引き上げた。
ズルル‥‥
「ふぅ‥」
頭部の皮が丸ごと外されると中からシンザの顔が出て来た。
老人の覆面を被り変装していたのだ。
覆面をナップザックにしまうと、音を立てずに上に向かって跳躍した。
シュン‥スタ‥
シンザは建物の屋根に飛び乗って、周囲からは見えないように宿へと戻って行った。
ガチャ‥
「シンザボウヤ!どこへ行っていたのぉ!」
「ニトロさんがいたんでコンタクトしてみたんです。変装してね。でも見破られてしまったようです。しかも、彼は洗脳されていない。僕にこんなメモを渡してくれましたから」
そう言ってシンザは小さなメモ紙を見せた。
"闇、外れ、赤、3回"
「どう言う意味かしら」
「おそらく今夜町外れにある赤が目印の建物に来い。そこで3回ノックしろって言う意味かと思いますよ」
「え?それって‥‥」
「そうです。ニトロさんはおそらく正気です。しかも僕の変装を見破る冷静さも持っています。変装を見破ってしかも変装しているのが僕だと分かったからこのメモをくれたんですね」
「ニトロボウヤ‥‥」
「兎に角行ってみましょう。ですが罠の可能性もある。戦闘態勢は整えて警戒しつつ行きましょう。ルナリは周囲に触手を張り巡らせて気配を探ってくれるかい?」
「勿論だ」
そうして3人は夜まで待機することにした。
・・・・・
夜更け。
月の明かりが街を照らしており、微妙に明るい。
シンザたちは人目に付かないように慎重に進んで行く。
「あれじゃないですか?」
シンザは建物の横に赤く塗られた吊るし看板が見えた。
赤い吊るし看板の意味は薬局のはずなので、昼間薬局に案内してもらったことから敢えて分かりやすく薬局を密会の場所に選んだのだと思った。
シンザhルナリとロムロナの顔を見た。
ルナリの触手では怪しいところはないらしい。
シンザは頷くと3回ノックした。
コンコンコン‥‥
コンコンコン‥‥
『!』
何故か隣の建物からノック返しがあった。
シンザは2人の顔を見ると慎重に隣の家のドアを開け始めた。
ギィィィ‥‥
中は真っ暗で何も見えない。
シンザはゆっくりと音を立てずに中へと入っていく。
ス‥‥
「!」
突如シンザの首筋に刃が突き立てられた。
「静かに。2人にも入るように合図を」
シンザは言われるままに合図をした。
ガサッ!
「しぃ‥‥」
シンザは音を立てないようにジェスチャーで示した。
ルナリはシンザに突きつけられている刃を見て怒りに震えているが、シンザの指示に従っている。
ガチャン‥‥
ドアが閉められた後、ゆっくりと家の奥へと案内された。
そしてカラクリの隠し部屋へと入っていく。
ガダァン‥‥
「ふぅ。もう喋ってもいいですよ」
慣れ親しんだ表情のニトロがそこにいた。
いつも読んで下さって本当にありがとうございます。




