<ホド編 第2章> 88.神の土地
<レヴルストラ以外の本話の登場人物>
【メタトロン】:神衣を纏い仮面を被った騎士の姿の守護天使長。ケテルを守護している。スノウと友であった記憶を持っている。
【カマエル】:痴呆の老人姿の守護天使で神を見る者と言われている。ゲブラーを守護している。銀狼の頭部であったワサンにニンゲンの頭部を与えた。
【ミカエル】:少年の姿の守護天使。ティフェレトを守護している。スノウの仲間であったレンに憑依していた。ベルフェゴールを冥府へと還している。
【ラツィエル】:Tシャツにジャケットを着てメガネをかけたの姿の守護天使。コクマを守護している。神の神秘と言われている不思議なオーラを放つ天使。
【ザフキエル】:青いスーツを着た黒人の姿の守護天使。ビナーを守護している。気性が荒いが、守護天使の責務を最も重要視している責任感ある天使。
【サンダルフォン】:最高級のスーツに身を包んだ紳士の姿の守護天使。メタトロンと兄弟でマルクトを守護している。罪を犯した天使たちを永遠に閉じ込めておく幽閉所の支配者と言われている。
【エルティエル】:美しい金色の髪の女性の姿の守護天使。ネツァクを守護しているが消滅してしまった本来の守護天使のハニエルから守護天使の任を引き継いだ。スノウがネツァクにいた頃に行動を共にしていた。
88.神の土地
「今何と言ったか?」
「神の土地と聞こえたぞ!ホドは今どうなっているのだ?!」
「待てザフキエル。まずは話を聞くべきだ」
「ちっ!」
メタトロンの言葉にザフキエルは無表情のまま舌打ちした。
「海に沈んでいたはずの神の土地アヴァロンがふたたび姿を現したのです」
『!!』
ダン!
「何たる失態ですかラファエル!アヴァロンが露出したとなっては貴方の守護だけでは守りきれませんよ!」
「アヴァロンの出現は瑜伽変容を完全に止められなかった時点で想定できたはずでは?」
「やはり越界の法の限定許可を出してでもカナロアをホドへ移すべきであったな」
「くだらんぞカマエル!カナロアごときに何が出来る?!それよりも我らが今考えるべきはこのラファエルの処分とアヴァロンをどうやって海に沈めるかだ!」
「アヴァロンを海に沈める?!正気ですかザフキエル!半端な状態で瑜伽変容している状態ではロン・ギボールなしにはアヴァロンを沈めることなど不可能ですよ!」
「これは餼伽変換を実行出来なかったファラエルの失態だ!」
議論の場は険悪になっている。
方々で討論になり始めた。
コングレッションとしては初めての状況であった。
「静粛にせよ!」
メタトロンは鎮静のオーラを放ちながら言った。
「神に仕える身の天使が過去を責めても意味があるまい。この後の対応を決めるべく議論をするのだ」
「アヴァロンをふたたび沈めることなど出来なかろうて。となれば、守り続けるしかあるまい」
「守るといってもラファエル一人では不可能でしょう。ニンゲンだけなら殲滅は容易い。だが、オルダマトラが現れないとも限りません。あちらにはザドキエルがいます。こちらの動きを読むことなど容易いでしょう」
「我ら守護天使が総力をあけて対応すると言っているのかミカエル?そんなことをすればハノキアの各世界の守護が手薄になる。それこそオルダマトラの策かもしれんぞ?その際の責任を取れるのか?」
「神の滅祇怒を使うのですよ。ケテルにあるデヴァリエをホドへ移しオルダマトラに放つのです」
『!!』
全員が沈黙した。
思いもつかなかった案が出て来たことで皆思案を巡らせていたのだ。
それを見ていたメタトロンが発言し始めた。
「我は今実体を持たない。現在は我の思念によってケテルを守護していることと、ケテル千年平和宣言によって調和が保たれている状態だ。そしてその調和の前提のひとつにデヴァリエの神の滅祇怒がある。それを越界させるとなると、ケテルの均衡が崩れてしまう可能性がある。容易に賛同はできんぞ」
「百も承知ですよメタトロン。本当はティフェレトに隕石が落下した際にも神の滅祇怒の力を使いたかったのです。ですが、その時のケテルでは不可能であることも分かっていました。それに私はニンゲンたちを信じた。彼らは見事に応えてくれましたが」
「くだらんなミカエル。ホドではそのニンゲンどもがアヴァロンに土足で踏み入っているのだぞ?そんな者たちの何を信じるのだ?」
「それは彼らがあの土地がアヴァロンであることを知らないからですよザフキエル。彼は長きに渡り陸地のない生活を強いられてきました。陸地は彼らにとって永劫の地、生きる望みそのものだったのです。そんな彼らにアヴァロンへの侵入の罪を与えたところで彼らの信仰心を奪うだけです」
「ではどうすればよいのだ?策も無しに発言しているわけではあるまいな」
「ニンゲンたちにきちんと神託として伝えるのです。出現した土地は神の土地であり、ニンゲンが足を踏み入れて良い場所ではないということを。その上でもし歯向かう者がいたならば、その時は見せしめとして神の滅祇怒を放つのです」
「ミカエル、それは流石に強引すぎませんか?確かにハノキアの世界ひとつ一つが主のお創りになったものですが、そこに住むことを許したのも主です。それにニンゲンはその歴史を知りません」
「それはその通り、エルティエルの言うのも一理あるのう」
「それは違いますねカマエル、エルティエル。我ら天使はニンゲンに伝えておりますよ。天啓、神託、奇跡、さまざまな手段で世界の始まりを伝えて来ました。そしてそれを聖書として書き記すべく、憑依し自動書記として残しています。それを権力欲しさに捻じ曲げてしまったのは他でもないニンゲンたちです。そして今やハノキアは自分たちの所有物だと思い込んでいる。まぁニンゲンの一生は一瞬です。語り継ぐことも難しいことは承知しておりますから、今一度知らしめることには賛成です」
サンダルフォンが立ち上がり腕を組みながら言った。
「それではこういうのはいかがでしょうか?」
今度はラツィエルが立ち上がり、身振り手振りを交えて説明し始めた。
「ラファエルよりホド全土に神託を施すのです。それに賛同しアヴァロンから去った者たちは神の赦しを与え、去らなかった者には神の滅祇怒を放つ。それも神の滅祇怒を放つ瞬間だけ、デヴァリエを越界させるのです。その際の越界魔法陣の形成はこの場の決議のひとつとして決めてしまえばよいのです。デヴァリエほどの越界となれば守護天使3人以上の発動が条件になりましょうが、それはさほど問題ではありませんね。そうすればケテルへの影響も、他の世界の危機となるリスクもほぼないでしょう。いかがでしょうか?」
ラツィエルの提案に異議を唱える者はいなかった。
「ではラツィエルの提案で決定とする。決議の実行はラファエルの判断で速やかに始められることとし、各自適宜連携とする。以上、解散」
天使たちは教会から消え去った。
・・・・・
数日後。
ホドの空が突如暗雲に包まれた。
日中にも関わらず空が陽の光を遮り、夜のようになった。
ホド全域が混乱し始めた。
占有した領土に建物を建設している者たちは皆空を見上げ、ホドカンにいる者たちも手を止めて不気味に蠢く黒雲を見て不安を募らせた。
漁船は進むことが困難になったためその場に停泊し、天候の回復を待った。
ファァァァァァン‥‥‥
突如、黒雲の中にいくつかの空間が出来、陽の光が筋となって地上に差し込んだ。
その光の筋が落ちた場所に天使が降臨した。
その天使はラファエルだった。
だが、いつもの姿ではなく、薄青いトーガに身を包み、美しい翼を広げた天使の神々しい姿であった。
ラファエルの降り立った場所は複数あり、元老院勢力の三足烏が本拠地を置いている場所、ガルガンチュアが領土としている場所の中心となっている広場、レヴルストラが素市と連携して建設を進めている街の中心、蒼市の大聖堂の最高議長への謁見の間、緋市の中央広場、素市のダンジョン51階層にある広場の計6箇所だった。
ラファエルは両手をゆっくりと広げて話を始めた。
「ホドに住む全ての生きとし生けるものたちよ。私は天使ラファエル。この地を守護している天使です」
6箇所にいる者たちは突然の天使ラファエルの降臨に戸惑っただけではなく、語りかけてきたことにも驚愕した。
そもそも天使などは宗教偶像か、御伽噺の登場人物だと思っていたこともあり、空を黒雲に覆い光の筋と共に降臨する自然を操る力を見せつけられたことで夢現なのではないかと自分を疑ったほどであった。
だが周りの者たちが同じくラファエルを見て声を聞いていることから、現実であると受け止め始めたのだ。
「瑜伽変容‥‥ロン・ギボールの変容によってホドは大きく変わってしまいました。海に沈んでいた永劫の地はその姿を露わにし皆さんに新たな生活の場として希望を与えたことでしょう。ですが、現れた土地はあなた方のものではありません。神が創り、神の所有する地として長年誰も立ち入ることのないように海に沈められていたものです。神の土地‥‥その名はアヴァロン。そして今、そのアヴァロンに無断で足を踏み入れ自らの領土と主張しているニンゲンたちがいます。ですがその罪は問いません。無知は罪ですが、我ら天使も慈悲の心はあります。そこで皆さんに猶予を与えます。これより6日以内にアヴァロンから立ち去るのです。さすれば無断で足を踏み入れたことも赦しましょう。ですが、もし神のご意志に背き、立ち去らない場合は神の裁きが下されることでしょう。水は尊き命の源。ホドに生きる者はその命の源と共に生き生を終える宿命にあります。それこそが、神のご意志であり、幸福なのです。神のご加護があらんことを」
そう告げるとラファエルは静かに消えた。
その直後、空を覆っていた黒雲は一瞬のうちに流れて消え、陽の光がいつも通り世界を照らし始めた。
まるで狐に摘まれたような感覚となったが、人々は天使を信じた。
スノウ、フランシア、シルゼヴァ、ヘラクレスの4名は領土拡大のための調査で少し離れた場所にいたが、ラファエルが降臨しているオーラを感じ取っていた。
「メッセージは聞き取れなかったが、間違いなくラファエルが降りて来たな。天使が降りてくるということは余程のことが起こると見た方がいい」
「一旦神殿へ戻るか?」
スノウは思案を巡らせた。
「いや、このまま進もう。向こうにはソニックたちもいる。判断は適切に行われるはずだ。おれ達はこのまま調査を続ける。天使の降臨は光の筋だけあったと見た方がいい。少なくとも4〜5本は見えた。それはガルガンチュアの拠点や元老院の手の者たちの居場所だとも言える。ホドカンの方向にも光の筋が降り立っている。いずれにせよ、領土を確保する上で他者の位置関係を知る重要な情報になったわけだ。だがそれは向こうも同じ。特に三足烏が動いているとすれば、当然ガルガンチュアやおれ達の本拠地を攻めてくる可能性であったある。それを叩き潰しながらおれ達は領土を拡大し、この地で争いが起こらないようにする。それでいいか?」
「もちろん大賛成です」
「俺もそれで構わん」
「俺もだ。とっとと元老院とか三足烏とかボッコボコに殴って蹴散らしてしまおうぜ!」
「よし、それじゃぁまずは西へ向かおう。光の筋から言えば、元老院勢力はおそらく蒼市とその近くに上陸したということになるだろう。迎え撃ってそれこそボコボコにしてやろう」
3人はスノウの言葉に頷いた。
「よし、出発‥え?」
振り向いたスノウの視界に突如人影舞い込んできた。
冒険者の姿をした金髪の女性だったのだが、スノウが驚いたのはその顔がよく見知った人物だったからだ。
「エル!」
現れたのはエルティエルだった。
いつも読んで下さって本当にありがとうございます。




