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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

おおかみとうさぎ

作者: 蝋燭さん。

私の好み前回の鬱です。救いなんて無いです。

むかしむかし、ある大きな森に、1匹の狼がいました。


狼は、それはそれは美しい銀の毛皮を持っていました。普通の狼の群れの中、ただ一匹その毛皮を持って生まれた狼はしかし、その見た目を疎んだ仲間たちによって、幼くして追放されました。母親の狼も父親の狼も庇ってはくれませんでした。

しかしその狼は、ほかの狼とは比べ物にならないほど強い力を持っていたのです。おかげで彼は一人でも生きていくことが出来ました。


彼は一匹狼でした。彼は馴れ合いというのが嫌いだったので、彼の力を目の当たりにしたほかの狼から群れに入ってくれないか、と打診されても、直ぐに追い返しました。今更、ほかの狼と一緒になんていたくはありませんでした。

そうして彼は、時に狩りを行い、それ以外は寝て、と言うのを繰り返して、ずっと一匹で生きてきたのです。いつしか彼は森の生き物達から「銀狼」と呼ばれ、畏怖されるようになりました。それすらも、彼、銀狼にとってはどうでもいいことでした。


ある日のこと。穏やかな春の日に、銀狼は寝床で眠っていました。そこそこ大きな木の樹洞を利用したその寝床は、彼にとってとても居心地のいいものでした。こんなに暖かい日で、特にお腹もすいていなかったので、ゆっくり寝ようと思っていたのです。

その時、何かが走ってくる気配を感じ取り、銀狼は気だるげに外を見遣りました。すると、そこには自分の寝床に向かって一直線に向かってくる、一匹の白うさぎの姿がありました。その後ろには、それを追いかける狼の姿も。

それはいつもの事なのです。草食動物が肉食動物の糧となるのはこの世の常なのですから。なので銀狼は無視して寝ようと思い、寝床の奥に戻ろうとした、その時。


ごつん、と音を立てて、何かが顔にぶつかりました。

質量は大したものではありませんでしたが、いかんせん凄まじい勢いだったので、結構痛いです。ガウッ、と銀狼は声を上げ、歯ぎしりしながらぶつかってきたものを見ました。

それはうさぎでした。先程走っていた真っ白なウサギ。どうやら必死に逃げて自分にぶつかってしまったようでした。疲労か衝撃ゆえか、ウサギはそこで伸びていました。


ウサギを追いかけていた狼が、抗議するように吠えました。これは俺の獲物だ、と主張しています。……煩わしい、としか思いませんでした。銀狼は安眠が邪魔されたことでたいそう機嫌が悪かったのです。

去れ、と銀狼は吠えました。狼は一瞬食ってかかろうとしたものの、銀狼が強く睨みつけると、苛立たしげに地面をかいた後、走り去っていきました。

めんどくさいのがいなくなったことでスッキリした銀狼は、寝床に戻り寝ようとしました。が、ふと足元に伸びているウサギをどうしようか、と悩みます。ここにほっといてもいいのですが、そうしたらまたうるさいのが来そうな気がします。気絶した草食動物など、格好の餌なのですから。


いっそ、自分が食べてしまおうか、と思ったその時、ウサギが目を覚ました。そのウサギは不思議なことに、一般的な白うさぎと違い、金色の目を持っていました。……満月のようだ、と銀狼は思いました。

ウサギは少し困惑していましたが、目の前の銀狼を認識すると、びっくりした様子で固まってしまいました。

がう、と銀狼が吠えると、ウサギはびくっと震えて丸まってしまいます。プルプルと白い丸いものが震えているのは、なんだか少し面白く思えました。銀狼はなんだかアホらしくなってしまって、ウサギを食べずに寝床にのっそりと戻りました。


ウサギは不思議そうに銀狼を見ましたが、銀狼がこちらを害する気がないのを理解するとしばし寝床を見つめた後、ぴょこぴょこと逃げていきました。これで眠れる、と思った銀狼は、そのまま目を瞑りました。


その翌日。 例のごとく寝ていた銀狼は、ふと何かの気配を感じて起き上がりました。昨日のウサギがまた追われているのかとも思いましたが、慌ただしいような感じではありません。めんどくさかったですが、一応確認はしなければならないでしょう。苛立ちながら寝床の外を見てみると、そこには昨日のウサギが、咥えている花をよいさよいさと並べているのが見えました。

一瞬何をしているのか分からなかった銀狼ですが、とりあえず話しかけることにしました。がう、と吠えると、先程まで花を並べるのに集中していたウサギは顔を上げ、そして飛び上がりました。起きているとは思わなかったのでしょう。

ここは肉食動物であり、この森の頂点と言ってもいい銀狼の寝床です。そこに堂々と2日連続でやってくるそのメンタルは感心に値するでしょう。昨日と同じく丸くうずくまってプルプル震えるウサギを見て、銀狼はため息をつきました。


なぜ来た、と吠えて問うと、ウサギはびくっと震えて怯えながらも答えました。お礼がしたいのだと。でも自分では大したお礼は出来ないから、せめてお花で飾ってあげるくらいは、も思ったのだそう。その返答を聞いて、銀狼は心底呆れました。よもや、狼の寝床を飾り立てるウサギがいるとは……。

ウサギはそんな銀狼の様子を伺って不安そうにしていました。こんなアホなウサギを食べると自分までアホになりそうな気がした銀狼は、お前を食べるつもりは無い、と伝えます。こんなウサギ以外にも食べ物は沢山いるのですから。

その返答に、ウサギは嬉しそうにピン、と耳を立てました。そして何を勘違いしたのやら、ぴょこぴょこと銀狼に近寄ってきました。

なんだ、と銀狼が思った矢先に、ウサギの柔らかな毛皮がすり、と擦り寄ってくるのを感じました。見ればウサギが恐る恐るといった様子ながらも、彼の体にスリスリしているではありませんか。なんという肝っ玉。改めてこのウサギのアホさを実感し、銀狼は空を見上げます。


ああもう、好きにしろ。投げやりにそう伝えると、銀狼は寝床に引っ込みました。アホと話すのは存外疲れるのです。ウサギはさすがに寝床まで入ってくるような様子はなく、その日は日が沈むまで、何か作業をしていたようでした。

翌日、銀狼が目の当たりにしたのは、樹洞周りを華やかに飾る幾多の花でした。そう言えばこの近くに花畑がある、とは聞いていましたが、そこから運んできたのでしょうか。


その日もウサギはやってきました。口に花を数本咥えて。寝床の外に立っていた銀狼を見てびくっと身体を揺らしたものの、危害を加えないと思っているウサギはぴょこぴょこ駆け寄ってきます。昨日と同じようにもふもふの毛皮をすり寄せるウサギを見て、銀狼はもうどうにでもなれ、と思いました。別に実害がある訳では無いのですから。

その後またせっせと花を並べるウサギをしばらく眺めた銀狼は、もはやウサギに警戒など欠けらも無いことを理解しました。改めて呆れつつ、銀狼は狩りに出かけることにしました。ウサギは寝床を離れる銀狼に慌ててついてきましたが、狩りだ、と伝えると大人しく引き下がりました。そして行ってらっしゃい、と言いました。


銀狼は一瞬、胸の内に何か暖かなものが満ちるのを感じました。行ってらっしゃいなんて、言われるのは初めてです。銀狼はそれに返答せず、走って狩りをしに行きました。


夕方、戻ってきた時、ウサギの姿はもうありませんでしたが、飾りはさらに豪華になっていました。そして驚くべきことに、樹洞の中までも花で飾り始めていました。銀狼はなんとも言えない気分になりながらも、何となくこの飾りを蹴散らすのは気が引けて、そのままにしておきました。花の香りに包まれて寝るのも、存外悪くはありませんでした。


それからウサギは何度も何度も、銀狼のもとへやって来ました。もはや遠慮はなく、寝床までズケズケと入り込んできます。銀狼もそれを見つめながら寝るのが日課になりつつありました。時にウサギは、銀狼のそばで一緒に寝ることもありました。ぷぅぷぅと寝息を立てて眠るウサギを見ると、なんだか穏やかな気持ちになれるので、銀狼はこの時間が嫌いではありませんでした。次第に一匹と一匹は共に暮らすようになりました。ウサギがそばに居ると、銀狼はよく寝れました。


ある日、銀狼は自分もウサギにお礼をすべきなんじゃないか、と思いました。こんなに良くしてもらいっぱなしなのは、なんだか申し訳なくなってきたのです。何をすればいいか、と銀狼は考えました。ウサギはお肉は食べないでしょうから、獲物を与えても意味は無いです。むしろ怯えられるかもしれません。少し考えて、銀狼は思いつきました。以前襲った草食動物が、森の奥には満月の時にだけ咲く、とても綺麗な花があるらしい、と話していたのを思い出したのです。満月は明日の夜。急いで行かないと間に合いません。銀狼はウサギに数日出かける、と伝えました。ウサギは少し寂しそうでしたが、すぐに行ってらっしゃい、と返してくれました。胸の内の温もりを感じながら、銀狼は走りました。

あの草食動物が話していたとおり、森の奥の奥の方に、一輪の花が咲いていました。ウサギの毛皮のように真っ白で、ほんのり光を放つ美しい花です。銀狼は慎重にそれを咥えると、落とさないようにしながら寝床へ戻ります。心は沸き立っていました。これをあげたらどんな反応をするか、想像するだけで、いつも無気力だった彼の心が期待にふくらむのです。


そうして悠々と帰宅したのは、寝床を出て三日後のこと。しかしそこに、留守を任せたはずのウサギの姿はありませんでした。どころか、ウサギが一生懸命飾っていた花は無残に蹴散らされて、寝床から点々と、血の跡が続いていました。

とても嫌な予感がしました。銀狼はなりふり構わず、血の跡を追ってかけていきます。少し走ったところに、大小二つの影がありました。 一つは、血まみれで倒れているウサギの姿。もうひとつは、そのウサギに今まさにとどめを刺さんとしている、あの時ウサギを追っていた狼の姿でした。

銀狼は一瞬で狼に飛びかかりました。狼は銀狼が現れたことに驚き、抵抗しようとしましたが、並の狼が銀狼に勝てるはずもありません。喉を食いちぎられて、狼は呆気なく絶命しました。


銀狼は焦った様子でウサギに駆け寄りました。ウサギはかろうじて生きてはいましたが、腹部に深い傷があり、もう虫の息です。銀狼に気づいたウサギはゆっくりと顔を上げました。きゅう、と力なく鳴いたウサギは、心の底から安堵していました。

よかった、よかった、無事だった、よかった。そんなふうに鳴いて、鳴いて、そしてそのまま、動かなくなりました。


世界が真っ赤になりました。銀狼はどうすることも出来ませんでした。ウサギの亡骸を、銀狼は咥えて寝床に戻りました。無残にちっている花を見るだけで、暴れたいような、沈みたいような気持ちに駆られました。

血に濡れたウサギの毛皮を、銀狼ぺろぺろと舐めました。今綺麗にしてやるならな、と語りかけて。返事はありません。ただ銀狼は、ウサギの身体を舐めて綺麗にすることだけに集中しました。

夜になり、銀狼はウサギを包むように丸まって眠りました。ウサギは、冷たいままでした。


ずっとずっと、銀狼はウサギを舐めて、もうとっくに無くなっている血を舐めて綺麗にしてやろうとしていました。ウサギの肉が腐り、骨だけになってもずっと、舐め続けて、夜は共に眠りました。だってウサギは、寂しがり屋でしたから。


銀狼はただの狼ではなかったので、何十年何百年と生き続けました。何十年何百年と、ウサギを舐めて、共に眠りました。いつしか食事もしなくなり、ただただウサギと共に居ました。






森の王たる銀狼は、狂っているのだと、金の目をしたウサギの群れが、ヒソヒソ話していました。

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