魔王の生まれ変わりの少女と、側近だった執事の青年
リリス・ティーネは《魔王》の生まれ変わりである――いつか、そんな噂が学園内に広まっていた。
白銀の髪に、青色の瞳。容姿端麗で、《魔力》は常人の十倍以上。学力も高く、何を取っても完璧と評される彼女を、揶揄するかのようにそう呼ばれる。
リリスはそれを気にしたことはなかった。
何故なら、そんな自分よりもヤバイ人間を、リリスは知っている。
それも、リリスの身近にいる人間で、だ。
「遅くなりました、お嬢様」
黒を基調とした執事服に身を包んだ、黒髪の青年――レドリー・バートンはそんな風に言って頭を下げる。
真紅の瞳は宝石のよう。整った顔立ちで、少しだけ笑みを浮かべた表情は、女性なら誰でも虜にしてしまうだろう。
だが、リリスはふいっと顔を逸らして機嫌が悪そうに答える。
「本当に、遅いのだけれど」
「申し訳ありません。思ったよりも、『敵』の数が多かったもので」
レドリーが、リリスに手を差し伸べながらそう言った。
リリスを含めた貴族が集まる船上パーティ――そこで事件は起こった。
貴族を狙っての犯罪というのは珍しい話ではなく、もちろん護衛の者達は多く配置されている。
それでも、大規模な犯罪組織が絡んでくればその範疇にはないだろう。
今回の事件も、それだけ大がかりなものだった――そうなるはずだった。
だが、一人の青年によってこの事件は大きくなる前に終息を迎えてしまう。
ティーネ家の執事である、レドリーの手によって、だ。
魔法の天才であるリリスよりも魔法の実力があり、剣術や体術も全てリリスを上回る。
全てにおいて完璧だと言われるリリスを、全てにおいて完璧に上回る男――それが、レドリー・バートンという青年だ。
だから、リリスは少し不機嫌になる。
自分の活躍できる場などここにはなく、人質の役目を買って出た意味も、結局彼に本気を出させる羽目になるだけだからだ。
「どうかなさいましたか? お嬢様」
「……何も。誰も怪我はしていない?」
「もちろん、犯罪者以外には傷一つ。私が単独で動ける状況だったので助かりました」
「そう、なら……次こそは私が一人で解決して見せようかしら」
「お嬢様」
ふとリリスの言い放った言葉に、釘をさすようにレドリーが言う。
「そのようないじわるを言わないでください。私にとってリリス様は全て……この命に代えても守るべき存在なのです。そのリリス様が自ら戦場に赴く必要などありません。この私が、お嬢様の敵になるものを排除致します。たとえそれが国であったとしてもです」
「……一応、私も魔法の実力だけならこの国では一、二を争う実力なのだけれど?」
「一つ訂正を。一は私なのでお嬢様は二、三です」
「うるさいっ! この完璧執事!」
「お褒めに預かり光栄です」
「褒めてないっての――って、褒めてるじゃないの! ああ、もうっ……いいわ。帰る!」
「仰せのままに」
リリスの言葉に従って、レドリーが続く。
いつもそうだ――何か事件が起こっても、レドリーが解決してしまう。
それはそれで、安心してしまう自分が嫌なリリスであった。
***
かつて、《魔王》と呼ばれる存在がいた。魔族頂点の頂点であり、支配者。
圧倒的な力を持って、大陸を治めた一人の女性がいた。
その女性は力を持っていても、誰よりも優しく、気高く――そして、美しい。
故に、他人から嫉まれることもあった。
現に、支配者である彼女をよく思わずに、彼女の優しさに付け込んで争いを起こす者までいたからだ。
やがて、彼女の支配の日々が終わりを告げる――新たな時代の幕開けに際しても、彼女はとても穏やかな表情を浮かべていた。
「私には無理であったが、いつか世界が平和になるといいな。お前も、そう思わないか?」
「はい、魔王様が望むのであれば」
魔王の言葉に、側近――レドリー・バートンは答える。
彼女の死後、レドリーもまた後を追った。
彼女に殉じたはずなのに、レドリーは再びこの世界に生を受けてしまった。
以前よりも平和になって、けれども争いのある世界に。
だからこそ、レドリー・バートンは誓う。
この世界で、もう一度彼女を見つけ出そう、と。
今度は彼女のためだけに、自らの全てを賭けることにしよう――と。
レドリーはレドリー・バートンを名乗り、世界を回る。
とある国の貴族の娘、完璧すぎる令嬢と呼ばれたリリス・ティーネ。
彼女に出会って、レドリーの旅は終わりを告げて、新しい生活が始まった。
リリスには魔王の頃の記憶はない……けれど、彼女の魂が魔王そのものであることを、レドリーは理解している。それだけ分かれば、十分だった。
リリスという、魔王の生まれ変わりを守る――最強の執事として、彼は人生を生きるのだ。
完璧お嬢様×最強執事をコンセプトにした転生バディ物のプロローグ的なあれです!