4、新たな協力者
鼓動が鳴り止まない。今は1時間目の真っ只中だ。席が決められているので私は前から2列目の席に座っている。前の席からプリントを送ってきてくれるのが瀬良君。
彼とは入学当初から割と話している。そんな彼がヤンデレ?オリエンテーションの場所が分からなくて困ってた時に助けてくれたそんな彼が。
彼は前世の記憶を持っているけどどこまで覚えているか分からない。もしマリアに恋愛感情を抱いたままだったら?歪んでしまったままだったら?考えているだけで具合が悪くなりそうだ。
「はーい注目。今から診察のロールプレイをしてもらいます。前後の席で組んでください。前の席の人が先に医者です。後ろの席の人は病気を選んで患者さんになってください。医者役の人は患者さんの話を親身になって聞いて診断をくだしてください。終わったら交代して二人とも終わったら皆、前を向いてください。」
どんな授業なの?ロールプレイって何?もしかしてこの世界のゲームが始まった?このタイミングで全てのイベントが恋愛に関係する季節になったのか。
気が遠くなるのを堪えて教科書を睨む。瀬良君が振り返って話すのを教科書を見ながら聞く。
腹をくくるぞ大丈夫マリアは何事にも動じない女性だった。私だって割と落ち着いている方だ。冷静にとにかく冷静に。よしもう普通に風邪にしよう。
「竹中さん今日はどうされました?」
「はい咳が出てるし喉は痛いししんどいです。」
「ふむ呼吸がしづらいとかありますか?」
「いえありません。」
その後何度かの質問で瀬良君は風邪にたどり着いた。ちょっと簡単だったかな?医学書を開きながら考える。
瀬良君はどの病気を選ぶんだろう。顔をあげると瀬良君は準備ができていて待ってくれていたようだ。笑顔で話し始める。
「先生あなたを以前から知っています。ねえ先生。」
机をはさんで瀬良君がにじりよってくる。目がなんだか色っぽくて怖い、でも目の前にいるのは患者さんだ真剣に取り組もう。もう少し話を聞いてみてそれから考える。笑顔で質問する。
「瀬良さん。その気持ちがあなたを苦しめるなら軽減できるように一緒に考えましょう。何から始めましょうか?」
「先生。好きなんです。あれ程愛をくれるのはあなただけです。先生いやマリア。私を好きなんですよね。大丈夫です私も好きですよ。」
よし瀬良君は完璧に黒だし完全に話を聞いていない。今言っている事が本心とは言わないけど私がマリアだとは絶対にバレない方がいい。力を抜いて少し困ったような表情を浮かべて話す。
「瀬良さんそのような感情はいつからあなたの中に存在していますか?」
「先生ずっと前からですよ。私はアランです。もうずっと前からあなたを。」
「妄想性障害でいいかな?」
もう答えを言ってしまおう。アラン、後輩のアラン。貪欲のアラン。彼のルートはマリアがどれ程好きだと伝えても愛を欲し続けてバッドエンドだと愛が足りないと言い監禁されてしまうのだ。
この子は割とちょろかった気がする確かこの子の気が済むまで一緒にいて機嫌をとっていればそうそうバッドエンドには行かないはず。年下キャラクターで割と可愛らしい感じだったし、何よりプリン好きでいつも選択肢に出てきてプリンを選べば正解だった。
「そうだよ。簡単だったかな。風邪も簡単だったからおあいこだよ。」
「そっかありがとう。」
アランだと分かって落ち着いてしまった。アランならそんなに無茶な事はしてこないしね。それに多分マリアだとはバレないアランはマリアの見た目に一目惚れという設定だから、そんなに中身を見ていないはず。
それにアランは愛が欲しいだけ、マリアが他のキャラクターのルートに入ったら恋人ができるし普通のゲームじゃありえないけど。
「ロールプレイありがとう瀬良君。」
「こちらこそ竹中さん。」
そう言って瀬良君は前を向いて教科書を開いている。私はこっそりと机の下でタブレットを立ち上げ瀬良君の情報を確認する。プロフィールの欄に前世のキャラクターを入力する箇所があるのでアランと入力するとアランの情報が見られるようになった。
やはりアランは貪欲のアランで、マリアに一目惚れをする危険度が最も低いキャラクターだった。後輩なので出現も少し遅くイベントの頻度も少ないキャラクターだ。もし私がマリアだと知られても多分危害を加えてこないけど、それでもばれないようにしておくべきだろう。
とにかく一難去ったな。彼の前世も分かったしマリアだとはバレなかった。さあ次はお昼の時間だし余裕余裕。授業は無事に終わりマコちゃんと食堂に向かっていたところだった。
「なあ竹中桃ってお前?」
急に話しかけられ振り返ると背が高くいかにもスポーツマンって感じの男の人だった。スポーツ科の人かな?ジャージだし細身だけどがっしりしてる気がする。髪の毛はふわふわの栗毛だけど。スポーツの時邪魔じゃないのかな?
「はいそうですけど。」
「やっぱりマリアだな。ちょっと顔貸せよ。」
一瞬心臓が止まった。思わぬ伏兵がここにいた。さっきまで余裕ぶっこいてお昼何食べるかばっかり考えていたのに。
アンちゃん瀬良君よりこの人の方がやばかったよ誰だよこの人今まで話した事ないぞ。何か答えないと!誰か助けて!とそう思った時いきなりとんでもない雨が降ってきた。
「急になにー!桃ちゃんとにかく行こう!」
「マコちゃん!分かった!」
「いやそうはいかねえよ竹中桃こっちにこい。」
ぐっと腕を掴まれるさすがにここで蹴り飛ばす訳にはいかないし、ここは人目もある瀬良君に見られたくないし素直について行こう。そして黙らせてやろう。
「ごめんマコちゃん先に行ってて。」
「すぐにすむから大人しくついてこい。」
「えっ!桃ちゃーん!」
「大丈夫!先に食べてて!」
そして無理やり連れて行かれたのはスポーツ科と栄養科の寮の部屋だった。初めて入った中は比較的新しく意外と綺麗でスポーツ用品や栄養科らしい食品系の教科書が置かれていた。
男性が掴んでいた腕を離したのはネームプレートには何も入っていない空室の部屋の前だった。中に入るとやはり誰もいないようで備え付けの家具なのだろうベッドと机しかなかった。男の人がベッドに座る。仕方なく机の椅子に座った。
「いきなりで悪いけどお前マリアだろ?」
「なんの事だか?」
「昔から嘘が上手だったもんな。正直その表情は完璧だ。でも一瞬下を向く癖はマリアと一緒だ。俺しか知らないだろ。昔、俺の弟が俺の大事な飛行機の模型を壊した時もそうやってかばっていたな。そろそろ俺が誰か分かってくれ。」
「えっと。」
「お前が初めて作った料理はクッキーで真っ黒焦げにしたろ。ああ小さい頃熊の毛糸のパンツはいてた。それに俺が帰ろうとするとビービー泣いて俺を離さなかった。」
「そんなの昔の事でしょ。エイク!」
「ああ正解だ。つっても昨日まで知らなかったんだが。変な夢を見たんだいきなり声が聞こえて竹中桃を守ってくれって言われて、君の前世の記憶を戻すからそれが君が選ばれた理由だって。何かがそう言った後とんでもない量の記憶が蘇って目が覚めた。訳が分かんねえから仕方なくお前と話してみようって。」
エイク、嫉妬のエイク。幼なじみで私に婚約者が現れた事によってヤンデレ化する。マリアの父がもっと大きな権力を持つ為に、婚約者をマリアにあてがわなければ、きっと彼と結婚していたと思う。多分愛し合っていた。
彼とのハッピーエンドは駆け落ちでバッドエンドは監禁。でもエイクだけはマリアも監禁を望むのだそれしか道がないと若い2人は思い込んでしまう。どちらを選んでも悲しい結末になる。マリアとエイクの思い出は悲しいものが多い。
「それで記憶を整理したんだ。俺達の事、俺がお前にした事。だから俺はお前を守ってやるよ。エイクはお前を愛し過ぎておかしくなった。子供だったから前が見えずにただまっすぐしか知らなかった。だけど俺は違うもう20歳だし考え方も前とは違う。だから俺は先輩としてお前を守ってやる。」
「エイク。私は前世のキャラクターにマリアだとバレないように生活すると決めたの。それに協力してくれるって事?」
「ああそうだ。詳しい事は後で話そう。後2時間あるだろう?今日はずっとこの部屋にいるようにするから。俺は柴田壮真だ。悪かったな昼、食ってこい。」
「あっうん。分かった。」
部屋を後にすると私は食堂には行かず誰も来なさそうな部屋に入ってアンちゃんに連絡する事にした。