39、最悪の展開
パチッと目が覚める。見慣れた天井。ふかふかの豪華な布団。この光景は見覚えがある。戻ってきてしまったのかあの世界に。どうしても戻りたくなかったのに。机や椅子、ワードローブ全ての家具がロココ調で吐き気がする。私はシンプルなものが好きだったし。部屋に物が無い方が落ち着く。窓から見える洋風の綺麗な庭。
「戻ってきてしまった。この世界に。ああ、壮真は大丈夫だろうか?」
この世界に戻った事によって完全にマリアの記憶を完全に取り戻したようだ。桃になる時、記憶を保持する事を選ばなかったのはエイクの事を忘れたかったから。エイクも全てこの世界に置いていくと決めたからだ。まさか追いかけてくるとは思わなかったけど。
コンコンとノックの音がして執事が入ってくる。女性の執事だ、いつもかっこいいと思っていた。そして唯一この家の中の味方。
「おはようございますお嬢様。」
「おはようございます。カノン、すみません体調が優れなくて今日は休んでもいいかしら?」
「承知しました。コックにも胃に優しい朝食を作らせますね。」
「ありがとう、お願いします。」
「何かあればベルでお呼びください。では下がります。」
「はい。」
カノンが出て行った扉を見つめる。本当に戻ってきてしまった。私の体、マリアの体。手も腕も……。ブレスレット!どうしてか、あの百合のブレスレットが着いている。ああ、今このブレスレットがあって良かった。何かあの世界に繋がるものが欲しかった。
私はブレスレットごと左腕を握った。少し落ち着きを取り戻した。机の上の日記を見るとちょうどゲームは折り返し地点まできているようで2年生だ。マリアを代わってくれた人は底抜けに明るく前向きのようで先生のルートを目指しているようだ。貪食の先生はマリアと関わるうちに性格が変わったみたいだな。日記にそれらしい表記がある。とても明るい先生になったようだ。
「落ち着こう。とにかく私はあの世界に戻る。」
しっかり桃の記憶も残っている。合気道も空手も覚えているぞ。これは絶対に身を助ける。自分で自分の身を守れる。とにかく生き延びる。それに軽く医療の知識もある。前のマリアとは違う。前のマリアの知識はマナーと家事や料理という嫁ぐ事に特化したものだ。色んな知識を武器になんとか帰ろう。
そうと決まれば二度寝でもしよう。とりあえず学園に行くのは明日にして、それに何か盛られたせいなのか本当に具合が悪い。悔しいけど布団がふかふかですぐに眠りに落ちた。
「おーい。おーい!」
「はい?」
「あなたが本来のマリアさんですね。」
「えっ。」
そこにいたのは黒髪でボブの銀縁メガネをかけたOLさんぽい女性だった。スレンダーで綺麗な人だ。
「私が今、マリアの中にいた新見朱里です。あかりんでいいですよ。」
「はあ、どうも。」
「でも、あなたも姿がマリアではないんですね。」
「えっ。」
確かに肌の色がマリアとは違うし、胸があるし重い服も着ていない。というか桃だ。
「ふむ、まだ何も分からない感じですね。」
「私はここの世界に無理やり戻されてしまったんです。私はマリアに戻りたくありません。もし朱里さんがよければマリアを続けていただけませんか?」
「よかったーいいんですね?私、ヤンデレがヨダレが出るほど好きなんです。でも私の性格のせいで前の世界では皆、病まないんです。彼氏が何人かいたんですが全員、私と居ると明るくなってしまうんです。いやー皆俯いてたのが前を向いちゃうんですねー。それで人気が出てもてはやされるんです。それで私が浮気をされて別れるんです。私の事を一生愛してくれるヤンデレなんていないんです。」
うわぁ、急に闇が深い。しかもずっとぶつぶつと話している。
「と、とにかく朱里さんありがとうございます!」
「へっ、ああいいんですよ。でも、今もみんな結構、ヤンデレだったんですけど、その、私、先生が1番好きで。勿論ゲームもやり込んだんで、どうなるか知った上でヤンデレバッドエンドルートに行きたかったんですが。先生が優しくマリアさん、何があっても私が守ります。学校を卒業したら一緒に暮らしましょうって。両親も説得してしまって。いいんですよ幸せだからでも、また病んでない……。」
何故急にしどろもどろに?またぶつぶつと話している。こんなに綺麗なお姉さんなのにだいぶ残念な女性らしい。
「じゃあ早く戻れるようにしなくちゃですね!」
「ええ、まあそうですね。」
なんという気のない返事。駄目だこいつだいぶこじらせていやがる。
「朱里さん先生はいい人ですよ。ぜひ一緒になってくださいね。」
「ええ、優しくて賢い人です。素敵ですよこの前も……。」
一応惚気話ができる程は好きなんだな。
「分かりました。申し遅れました。私は竹中桃です。」
「はい、桃ちゃんかよろしくね。でね多分夢でだけお話ができて起きると、やっぱり本物のマリアに負けちゃうみたいで私の自己を保てないの。ただ見えてはいるから寝てる間は一緒に頑張りましょう。私も起きてる時にせめてあなたには話せるようにするから。」
「はい、よろしくお願いします。」
目が覚めてもやはりあの世界で私は深くため息をついた。




