32、お兄ちゃん
壮真がお風呂に入った後、私もお風呂に入り居間に戻ると壮真がお母さんと話をしていたので話に混ざった。
「桃、壮真君は本当にいい人ね。昔から桃を知ってるみたいになんでも知ってるの。桃の嘘つく時の癖も知ってるって、あれは私しか知らないのにね。なんだか嬉しいわ、桃はいい子だしあまり嘘をついたりしないけど、我慢する時と自分が辛い事を隠す時に嘘をつくのよね。親としてはあれが悲しかったの。壮真君の前ではどうなのかな?」
お母さんはニヤニヤしながらこっちを見ている。
「恥ずかしいからやめてよ!」
「桃さんは優しくて強い人ですね。だから僕にたまに甘えてくれたらいいなって思います。」
壮真は笑顔で答える。嘘ではない。恥ずかしい。
「ふふ。ありがとうね。じゃあ私もお風呂に入って寝ようかな。2人はもう少しお話しすればいいわ。おやすみ。」
「おやすみ。」
「おやすみなさい。」
そう言ってお母さんは居間を出ていってしまった。
「ごめんね。皆うざくない?」
「いや、とても素敵な両親だな。素敵な人達だ。」
「よかった。記憶が戻るまでうざいと思ってたけど、あの2人の子供でよかったって今は素直に思えるの。私は恵まれてる、好きな事をさせてもらって、恋人を認めもらえて。」
「ああ、2人は認めてくれた。マリアの両親の目に俺は入ってなかった。俺はマリア以外の目に入った事が無い。どれ程、努力をしても。目に入らない人間は死んでいるのと一緒だ。」
「やめて壮真、今は違う皆認めてくれる。だって私達は自由なんだから。」
私は壮真の隣に移動し手を繋ぎ、壮真の肩に頭を預けた。壮真は私のせいで記憶を戻された。戻されなかったらこの悲しい記憶も蘇らなかったのに。
「私のせいでごめんね。記憶が戻らなければ悲しい思いをせずにすんだのにね。ごめんなさい。」
「お前のせいじゃない。お前はいつも謝ってるなこの事で。なあ俺も両親に感謝できたそれで充分だよ。それにお前に出会えたそれで良いじゃないか。」
この言葉に嘘はない。私はまた壮真を試してしまった。ごめんなさい。今は壮真の優しさに甘えてしまおう。
「さっきの話。」
「なんだ?」
「甘えてる話。いつもだよ壮真にはいつも甘えてしまう。ごめ。」
謝る前にキスをされる。
「謝るなよ。もっと甘えてくれ。俺はお前を守るんだから。全然ダメな時もあるけど頑張るから。たまにこうさせてくれ。」
そう言ってもう一度キスをされる。
「だめか?」
耳元で囁かれるので、なんだか顔を見られたくなくて顔をふせたまま首をふる。
「そうか、よかった。」
壮真がどんな顔をしているか分からないけど、声がとても優しい。そのまま頭にキスをされる。エイクってこんな人だったけ?
「エイクってそんなに素直に気持ちを伝える人だっけ?」
「その記憶があるから、失敗した過去があるから今、素直に気持ちを伝えないといけないと思えるんだ。やっぱり記憶があってよかったよ。」
「ばかだなぁ。」
「おい。人がいい事を言ったのに。」
「ふふ。実家に来て挨拶してくれてありがとう。」
「お互い様だからな。」
「ああ、本当に結婚するの?」
「お前さえよければな。どうだ?」
「えー、秘密。」
「なんだよお前は。可愛いな。」
「ただいまー!」
玄関から声がして足音が聞こえる。
「お兄ちゃんが帰ってきたのかな?バイトって言ってたから。」
「桃!久しぶりー!って誰だお前!桃から離れろ!」
お兄ちゃんに引っ張られ壮真からはがされる。大概シスコンだなぁ。
「お兄ちゃん、この人は彼氏だよ。」
「申し遅れました柴田壮真です。」
「認めない!絶対に認めない!」
どうしてそんな事を言うの。壮真の事何も知らないくせに!
「桃、泣いているのか?」
壮真が言葉にするまで気が付かなかった。気が付くととめどなく溢れてくる。
「えっ、ごめん。お兄ちゃんは。」
「…たくない。」
「え?」
「もう顔も見たくない!壮真の事何も知らないで否定するなんて!大嫌い!」
私は自分の部屋に走る。ベッドでふて寝をしているとノックされる。
「桃、お兄ちゃんだぞー。ごめんって!」
「消えて。」
「おい、桃!」
無視していると部屋の外から気配が消えた。絶対に許さない。自分は彼女ができたって紹介もせずに外泊したり両親を心配させる事ばかりしたくせに。自分の事は棚にあげて。
「桃、入っていいか?」
この声は壮真だ。
「どうぞ。」
私はタオルケットを被ったまま促す。壮真は部屋に入ってきてベッドに座っているようだ。
「あのさ桃のお兄さんと話したよ。初めて家に連れてきた恋人だからどうしていいかわからなかったんだと。それを恋人の俺に素直に言ったんだぞ。許してあげなさい。」
少し顔を出すと足元のところに座っている壮真と目が合う。
「じゃあおやすみ。」
「壮真、お兄ちゃんがごめんね。」
頭をかいて仕方ないなと言うように抱きしめられる。壮真から同じシャンプーの匂いがして、私も手をまわす。
「おやすみ。」
「うん、おやすみ。」
壮真と入れ替わりで泣きかけているお兄ちゃんが入ってくる。
「ごめんよぉ桃に泣かれるなんて。」
「明日、お父さんに言いつける。」
「ああ、それでいいから許して。ちょっとからかいたかっただけなんだよ。別に本当に反対してないよ。」
「分かった。ちゃんと壮真に謝ってよ。」
「ああ分かった。」
「じゃあ許すよ。おやすみ。」
「ありがとう、おやすみ。なあどこまでいったんだ?もしよかったらお兄ちゃんが手取り足取りおしえ。」
お兄ちゃん顔に枕を投げつける。あいつ本当にぶっ飛ばしてやろう。お兄ちゃんがのっそり起き上がり、部屋から出ていく。せっかく実家に帰ってきたのに全然ゆっくりできないよ。ブツブツと文句を言いながら眠る。それにしても何故あれくらいで泣いてしまったんだろう?




