第9話 チェックメイトする
広遠さんは、
条件のことに話を戻した。
「3人もの先生がさじをなげた場合や、
DQNが、
先生の指導に逆らって
イジメをやり通すと言うのであれば、
非常に分かりやすい。
『強力行使』を使って
やめさせるしか方法がなくなる。
また、
相談した教師の全員が、
世間の前でも態度を変えることなく、
イジメはいじめられるほうが悪いと
言ってくれるのならば、
それも良いだろう。
その学校では、
こちらも同じように
DQN有利の法則を使って、
さらに強い力で
イジメ返しをすればいいことになる。
また、
相手が反省して謝るのだったら、
もうそれで問題は解決したことになる」
「…………」
「しかし実際には、
そのどれでもない、
形だけのものになって、
尾を引くことが多い。
まずDQNは反省なんかしない。
道徳のないDQNがイジメをやめるときは、
それをやれば
自分の損になると思ったときだけだ。
だから、
DQNはイジメをやめずに続けてくる。
DQNからすれば、
自分のほうが強いのに、
弱者の要求に従わされることに
不満が残る上に、
教師の力に頼ったことを恨みに思うからだ」
「…………」
「それは我々が望むゴールではない。
だから、
こちらに必要なのは、
反省や謝罪よりも、
教師ら立ち会いの元でDQNに、
『次からは許しませんよ』と
はっきりと告げて、
それを確かに聞いたという
返事をもらうことと、
今後一切、
『こちらがイヤと思うこと』をしない、
という約束ができるかできないかを、
DQNに決めさせることが重要となる」
「…………」
「その約束をするかしないかは、
DQNが好きなほうを決めるとよい。
先生には、
その答えを聞いた証人になってもらう。
そのとき、
『こちらがイヤと思うこと』とは何なのかを
DQNが質問してきたら、
それこそが
『こちらがイヤと思うこと』だとして
累積されるが、
そんなことを
いちいち教えてやる義務はないから、
自分で考えさせればよい。
分からなければ、
約束をしなければいいだけの話なのだ」
「…………」
「そして教師たちは、
DQNが謝っていたら、
問題は片づいたと考えるだろうから、
教師たちにも
――できるだけのことは
やってくれたということでいいですね、
と確認しておく。
もし何かあったら
また言いに来いと言われても、
これが3回めの相談だったら、
――もう先生たちでは
手に負えないと思うので、
先にも言ったとおり、
次は自分でやりますと断っておく。
先生たちが協力してくれたことに対しては、
お礼を言っておこう。
教師を敵に回すメリットはないし、
DQNは教師を味方につけてくる」
「…………」
「そして
DQNを先に帰した後で、
先生たちには、
『こちらがイヤと思うこと』をしない、
という約束を、
DQNがしなかった場合は、
また何かしてくるということだから、
――いずれ
『強力行使』をやることは
避けられないと伝える。
約束を受け入れた場合でも、
――DQNが少しでも、
『こちらがイヤと思うこと』をしたときは、
イジメの状態は
継続中と解釈するから、
約束はウソだったということになって、
『次からは許しませんよ』と伝えた通り、
間違いなく
『強力行使』をやりますと言う」
「…………」
「そして、
『強力行使』は
隙をついて突然やるわけだから、
相手は何もしていないのに
殴られたと主張するだろうけれど、
何らかの
『こちらがイヤと思うこと』を
していることは間違いないと、
断っておかなくてはいけない。
ただ、
何をしたかは、
必ずしもうまく説明できないかも知れないと。
しかし、
何もして来ない相手に、
『強力行使』をするようなことはしない。
それができるのならば、
もっと早くにやっているんだ」
「…………」
「DQN自身が
『強力行使』をされることを、
まったく知らなくても問題はない。
大事なのは、
世間に説明できることだ。
そんなことよりも、
DQNが、
自分がやられる前に
やろうとしてくることに
警戒しておかなければいけない」
「…………」
「だから相手が、
何らかの
『こちらがイヤと思うこと』をした時は、
間違いなく
『強力行使』をやります。
ちょっとしたことでも
見逃さずにやります。
言葉通りのことが起こるので、
その時は驚かないでくださいと。
場所は
学校の中でやることも決まっています。
ただ、
いつやるかだけは決まっていません。
相手がやりたいときにやってくるように、
こちらもやりたいときに
やるとしか言えません。
今日かも知れないし、
数ヶ月後かも知れませんと」
「…………」
「こうして、今、
2つの条件がそろった。
DQNに、
『次からは許しませんよ』と伝えているから、
もし、
『こちらがイヤと思うこと』をすれば、
『強力行使』を用いても
致し方ないという、
一応の筋が通る状態になったのだ」
「…………」
「これで、
DQNをチェックメイトしたことになる。
将棋でも王を捕るまでは続けないものだが、
この場合も、
まだDQNが
『こちらがイヤと思うこと』をして
挑んでくるならば、
王を捕るまで、
すなわちDQNに
『強力行使』の鉄槌を
振り下ろすまでやらなければいけない。
今までは、
『強力行使』を使わないですむように
努力してやっていたけれど、
これからは、
強い心をもって
『強力行使』を使う方針に
切り替えるのだ」
「…………」
「もしかしたら教師は、
いじめっ子を指導するよりも、
倉打君に
我慢してもらっていたほうが
簡単に片づくから、
『強力行使』をさせないように
なだめてきたり、
ひどい場合だったら、
脅してきたりすることが
あるかも知れないけれど、
本来は、
倉打君をおさえつけるのではなくて、
いじめっ子のほうを処分して
全体を維持することが、
この人たちがやらなければいけないことだと、
私は思う。
そして倉打君は、
自分自身の肉体や精神や尊厳を守ることを、
先生の教えや規則や法律を守ることよりも
優先したとしても、
2つの条件さえあれば、
文句を言える人間は、
この世に多くはないと思う。
その先は、
倉打君自身が、
もしも自分の家族が
いじめられている立場だったら
どうしてほしいかを考えて、
自分で決めたらいい」
「…………」
「チェックメイトしてからは、
すでに負けている相手と
戦っていることになる。
DQNが偉そうにしてきたり、
挑んでくるような
直接的な態度があれば、
『強力行使』をやるのは当然だが、
ラッスンゴレライのようなことでも、
『強力行使』をしなければいけない」
「ラッスンゴレライって……?」
「仲間内でしか分からない言葉を使って、
悪口を言っていたり、
またそのようなことをしていると
こちらが思うような、
紛らわしい言動があることだ」
「…………」
「DQNは言い逃れが得意だから、
『こちらがイヤと思うこと』を、
自分が勝手に決められると思っている。
ここまでは大丈夫とか、
これは他の理由があるからいいのだと
いった具合でだ。
しかし、
それを決めるのはDQNではなく、
こちら側だ」
「…………」
「例えば、
倉打君がいる前で、
DQNが誰かと
ひそひそ話をしていただけでも、
こちらからすれば
陰で悪口を言っているのかと
思うこととなるし、
非礼に感じる言動や、
からかっているのかと思うような
態度があっただけで、
それを
『こちらがイヤと思えば』
『強力行使』ができる。
そこに、
DQNが
本当に嫌がらせをする意思があった
証拠などいらない。
そのようなことに証拠など出せないし、
いくらでも言い逃れができるから
問いただすだけ無駄なことだ。
勘違いしてはいけないことは、
DQNはもう、
こちらに対して
嫌なことをしたらダメ
なのではなく、
『こちらがイヤと思うこと』を
したらダメなのだ」
「…………」
「『こちらがイヤと思えば』
『強力行使』ができるから、
DQNに
いちいち理由を説明する必要などはない。
DQNは自然の摂理と、
見せかけの道徳で、
一見筋の通ったことを述べるが、
根底にはごまかしがある。
DQNは警察の取り調べでも、
本当のことを言わないのだ。
たとえ本当に
DQNに悪意がなかった場合でも、
原則はこちらの感情が優先される。
『強力行使』は、
問答無用で決行しなければいけない。
DQNが言いたいことは、
『強力行使』をやる前ではなく、
した後で言わせてあげることが大事だ」
「…………」
「つまり、こういうことだ。
本当に何もしていないDQNに、
いきなり
『強力行使』をしても
大丈夫だということだ。
なぜなら、
『こちらがイヤと思うこと』をしたことなど、
後からいくらでも
思いつきを言えばよいのだから」
「…………」
「チェックメイトしてからは、
倉打君がDQNに備えるのではなく、
DQNが倉打君に備えなければいけなくなる。
DQNの命運は、
もうこちらが握っているのだ」