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第8話 DQNを知る

「イジメの意味は広いために、

誰もがイジメの加害者にもなりうる。

しかし普通の人間なら、

イジメをしても自分から嫌気がさして、

長続きせずに自然にやらなくなる。

もしやめなかった場合でも、

人から注意されたりすれば

楽しくなくなってやめる。

人間には道徳が備わっているから、

普通のイジメならば、

二つの方法を試している間で終わるのだ」


「…………」


「しかし周囲がどう言おうが、

人を虐げて喜び続けたい欲求を

押し通す者がいる。

そういう人間は、

どれだけ人から人気があろうが、

どれだけ優れた能力を持っていようが、

どれだけ見栄えがよかろうが、

DQNドキュンだ」


「……ドキュン……?」


「そういう者たちのことを、

もう面倒だからDQNと呼ぼう。

DQNとは、

デリンクエント【DelinQueNt=不良】の

略として使われているネットスラングらしい。

決して不良タイプの者だけが

イジメをするというわけではないけれど、

いじめっ子のことを

DQNと呼ぶことは便利だ。

だから、

私がここで言うDQNとは、

イジメをやめない者のことだ」


「…………」


「DQNも我々と同じ姿をしているから、

外見では見分けがつかない。

DQNなら誰もが、

品のない格好をしているわけではない。

DQNと我々とを分けるものは、

道徳が身についているかいないかだ。

DQNは道徳を持っていない。

道徳とは、

人として守るべき行いのことだ。

特に、

道徳のない者は、

じわじわと人を痛めつけることができる」


「…………」


「道徳がある者と、

道徳のない者とがケンカをすれば、

道徳のない者のほうが断然有利になる。

単に相手を倒すだけならば、

反則をすれば勝てるからだ。

だから、

争いごとが起こったときは、

道徳のない者が

道徳のある者を

いつでも上回ることとなる。

ケンカは人を殺せる者が強い。

この世には、

悪いことができる人間のほうが

強くなるという法則があるのだ。

それを自分の強さにしている人間は、

人から恐れられることで、

日常のあらゆる交渉で

優位に立ち回ることができるため、

自信を持つようになり、

道徳のある人間を下に見ることができる」


「…………」


「さらにDQNは、

弱肉強食の思想を持っている。

これは弱肉強食は自然の摂理だから、

弱い者が強い者に従うのは

当然だというものだ。

昔、知り合ったDQNが言っていた。

カギを付けたまま置いてある自転車は、

盗んでくれと言っているようなものだ、と。

これは弱肉強食の思想をうまく言い表している。

これをイジメに置き換えると、

弱い者はいじめてくれと

言っているようなものだということになる。

つまりイジメは、

いじめられるほうが悪い。

これこそが

DQNのモノの見方であり、

考え方であり、

DQNそのものなのだ」


「…………」


「一方でDQNは、

人からよく見られたいという願望を、

人一倍に強く持っている。

だがこれは、

DQN有利の法則や

弱肉強食の思想と、

しばしば衝突する。

悪事を働きたいけれど、

悪者呼ばわりされたくはない。

法律に背きたいけれど、

犯罪者になりたくはない。

イジメをしたいけれど、

悪く言われたくはないのだ。

道徳を持たないDQNは、

DQN有利の法則によって

一般の社会では強者となり、

さらに、

弱肉強食の思想を実践することで

思い通りに行動して、

自分の立場を優位にしながらも、

人からはよく見られたいと考えている。

この矛盾した要素を

並び立たせるためには

どうすればよいのだろうかという、

ごまかしの考え方が、

DQNの行動の根幹にある。

泥棒の場合ならば、

人が見ていないところで

物を盗めばいいという答えをだした」


「…………」


「DQNには

道徳がないからと言って、

道徳というものを理解できないわけではない。

むしろ厄介なことに、

道徳が

我々の心を動かせるものだと言うことを、

経験から非常によく学習している。

我々以上に

道徳をよく知っているのだ。

完成されたDQNは、

大勢の前では、

いかにも立派な道徳がある人間のごとく

振る舞っていることだろう。

DQNは道徳を、

人の心理や行動を

コントロールするための道具として

利用することができる。

道徳は、

普通の人々にとっては、

血や肉と同じで

身体の一部となっているから、

切り離すことができない。

しかし、

DQNにとっての道徳は

知識でしかないから、

衣服のように

必要に応じて

着たり脱いだりできるのだ。

DQNが、

DQN有利の法則を使って優位に立ち、

弱肉強食の思想を実践しながらも、

同時に、

人からの尊敬を得るという

離れ業を実現するために

見いだした解答は、

すなわち、

人が持つ道徳を

利用するというものである」


「…………」


「道徳を

どのように利用するかは、

主に2種類ある。

1つは、

さっきも言ったように、

自分に道徳があるように

発言するということだ。

これは

シンプルに人々に対して

説得力を持つことができ、

信頼を得て、

尊敬されることさえできる。

人々はDQNの

言行一致を判定するよりも、

とりあえずは

その言葉に納得してしまうためだ」


「…………」


「もう1つは、

他人に

道徳を守るように要求するということだ。

DQNは、

ほとんどの人間を

道徳で縛りつけることができる。

例えば、

ケンカのとき、

相手を卑怯者とののしったりして、

相手には

ルールを守って戦わせようとしておきながら、

自分が負けそうになったら

卑怯なことをしてくる。

相手にはルールを守らせた上で

DQN有利の法則を使えば、

よりたやすく勝利を収めることができる。

そして、

もしこの方法を、

道徳のある者がマネをして使おうものならば、

DQNは

相手の道徳違反を声高に非難して、

精神的にダメージを負わせることができる。

これはDQNが、

巧みに道徳を利用して

人間を操作するほんの一例に過ぎないが、

このようにして、

DQNは人をだますことで、

利益を奪い取ることができる術を

心得ているのだ」


「質問があります……」


「何かな」


「もし本当に、

DQNに道徳がないんだったら、

ひとつの疑問が思い当たります。

DQNが

困っている老人を助けてあげたり、

小さい子供を

守ってあげたりしているのを

見かけることがあります。

芝居をしているのではありません。

それはどうしてですか?」


「その疑問にはこう答えよう。

DQNは、

喜怒哀楽や愛情や優しさや

恐怖や正義感といったような感情は、

我々と全く同じものを持っているのだ。

だから、

そのような行動は、

感情に素直になればできることで、

道徳があって行動しているわけではない。

道徳と感情とは、

つながってはいるが、

それぞれ別のものなのだ」


「…………」


「怒りに震えて

人を殴りたいと思うことは

誰にでもおこりうる感情だから、

とてもよく共感できるだろう。

一方で、

実際に用いられた暴力に対しては、

あまり共感することができない。

それは道徳と感情を、

2つとも持っているからだ。

自分より弱い相手が、

どれほど理不尽なことを言って

自分を怒らせようとも、

簡単に暴力を使わない理由は、

半分は、

それが人から悪とされて、

自分の立場が悪くなることがイヤだからという

損得計算が働いているからだが、

もう半分は、

人をそれほどまでに痛めつけること自体に

抵抗があるためだ。

つまり我々の場合は、

暴力を使いたいという感情に対して、

損得計算の他に、

道徳がブレーキをかけているのだ。

もし

我々にも道徳が欠けていれば、

暴力や悪事に駆られる感情を、

自分で押さえ込む力は

今よりも貧弱になる」


「…………」


「私たちは、

普段、

自分に道徳が備わっていることを

意識していない。

いや、

道徳が何かさえもよく知らない。

あって当たり前だからだ。

しかしDQNにとって道徳は、

便利に利用できるメカニズムとして映っている。

それだからDQNは、

道徳的に優れたようなことを言って、

人を誘導することもできるし、

道徳を説いて、

人の行動に制限を加えることもできる。

また、

道徳を盾に人を非難して

罰を与えることもできるし、

自分の不正が明るみにでた場合は、

人の道徳心に訴えて

許してもらえるように

操作することもできる。

このようにして、

DQNが目的を達成した――、

すなわち、

結果を出した、という事実は、

人々が、

物事の結果だけを見て

評価をするという風潮によって、

意志と行動力との研鑽によってなされた偉業と

同等に扱われて、

賞賛されることもある。

そのためにDQNは、

誰よりも優れた人間のように

そこにいることがあるのだ。

DQNは、

道徳を持っていないが道徳は知っている。

人の行いを道徳で非難して、

自分は非道徳を行う者、

それがDQNだ」








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