表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

スカイ・ロード

 透明の強化プラスチックで出来たスカイ・ロードの下には、緑豊かな陸と激しくうねる海岸線が透けて見えました。どうやら今日は外の風が強いようです。思えば心なしか肌寒くも感じられました。

 人類がその住まいを少しづつ空へ移し始めてからおおよそ半世紀ほど経ち、私のような一般市民でもこうして高度800メートルクラスに居を構える事が出来るようになりました。コンピュータによって作られた頑健かつ靭やかな建材は、もはやその構造や加工過程を人間がどうやっても理解し得ない領域のものでしたが、この時代において私たちとコンピュータの信頼関係は長年連れ添った夫婦よりも遥かに強固なものになっていました。

 私はどうにも行き詰まってしまい、気晴らしに外へ出ていました。私はいっぱしの絵かきなのです。筆が止まるとヴァーチャル・リアリティのムービーを見たり、オンラインチャットで友人の誰かと気を紛らすのが普通でしたが、今日はそういった気分ではありませんでした。

 少し歩くと、道の脇に、家のテレビを縦横100倍ぐらいにしたような(本当にそれほど大きいかは分かりませんでしたが、そのくらい衝撃だったのです)どでかい街頭スクリーンが中空に照射されているのに出会いました。そのスペースは少し前まで、建物同士の間にふと青い無限の空が覗かせる、昨今では少し珍しい特徴的な場所だったので私は驚きました。

 映っていたのはテクノミュージックバンドのプロモーションビデオでして、シンセサイザーの音と共に熱狂するライブハウスが俯瞰のカメラで撮影されていました。薄暗い中、ハイになって全てを開放している観客たちへ、赤や黄のレーザー光線が視覚効果となって激しく降り注いでいます。拍子にあわせて身を揺らす人々は、意思を持った波のようでした。それと対象的に壇上のミュージシャンは動きを最小限に抑えていました。あくまで無機的な動作で音楽を奏でる事によって、彼ら独自の世界観を表現しているのです。

 道の脇に四角く区切られたその空間は異様でした。魔界か地獄かが、何かの間違いでゲートを開いてその姿を覗かせているようでした。アップテンポなメロディと映像に魅せられて私もゾワゾワと鳥肌が立つのを感じました。

 ナウ・オン・セール。お決まりの言葉で広告が仕舞に差し掛かった時、私は目を見開きました。そこで宣伝されていたCDジャケットは、私がライバル師している画家によってデザインされているものだったのです。その特徴的かつ独創的なタッチは間違いなく彼のものでした。正方形の中に収まる、とても私には生み出せない前衛的なアートがスクリーンいっぱいに表示されると、胸がつまるように苦しくなりました。

 知らないうちに足を止めていた自分に気が付き、慌てて歩みを再開しました。

 彼は同世代の画家でした。もっとも私の方が少しだけデビューは早かったようですが、事あるごとに彼に対する意見を求められる機会があったので、流石に特別な気持ちを持つようになっていました。

 私が行き詰まっていたのも、もしかしたら彼の事が心のどこかにあったのかもしれないと、その時になって気が付きました。

 しばらく家に帰らず散歩を続けた方が良いなと、そう思いました。

 目的地はありませんでしたが、やがてこの空の街の端っこにある、小さめの公園にたどり着きました。日中もあってか先客はおらず、この場所が街の端であるという認識をさらに強く感じました。

 展望台のようになっている場所は乗り出せるようになっていて、そこからは180度に雲ひとつない空が大きく広がっていて、下にはかつて人々が住んでいた陸と海の境界線が見えました。

 陸においては、山々は緑に覆われ、低くなった谷には川が流れている場所もありました。太陽にさんさんと照らされるその色彩は、グラフィック・ソフトで塗りつぶしたようなものではなく、緑は多種多様の一本一本の木々から構成され、川の色は透き通った川底の砂利と水面の反射光が組み合わさって見えました。

 それらの自然から少し目を海側に向けてみると、かつての家や道路の跡が見受けられます。人家の屋根は劣化し大抵は塗装が剥げていますが、全体として少し落ち着いたカラフルとなっていました。道はコンクリートの下から植物が侵入し、全体的に緑がかっていますがなんとかその形を判別できます。

 もしかしたらこのあたりは少し栄えていたのでしょうか、海沿いに沿ってどこまでもそのような光景が続いるのです。時には港のようなものが見えたり、道路を視線で辿ると山間の集落が緑で覆われていたりしました。

 この展望台から一度に目に飛び込んだ景色が、あまりにも美しい、と。そう感じました。そして、私が一生をかけてなんとか絵を書き続けたとしても、これらの自然の美に恐らく敵わないであろうという、敗北感があったのです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ