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春雷  作者: まほろば
幕開け
9/12



執事と祖母の話をした翌日に、数日姿が見えなかった白虎が待っていた。

「久しいな」

嫌味ではない、本心から思っていた。

『時は満ちる』

「そうか…」

父は逝くのだろう。

気持ちの整理は付けていたはずなのに、母と離れたくない気持ちが気持ちに掛けた枷を外しに来る。

自分の感情に苦く笑っていると、白虎が察したように肩が触れるほど側に並んだ。

『春。我の力を欲っせ』

春雷は向き直り、正面から白虎を見て首を振った。

「母は父と逝かせる」

『そのための我ぞ』

白虎の言葉の意味が分からず、春雷は目を細める。

『春の母の魂は留まりすぎた』

「何が言いたい」

嫌な予感がきりきりと春雷の体を締め付ける。

白虎の様子から、それは決して良い知らせではないと春雷に警戒させていた。

『肉体から離れて15年。この世に固執した春の母の魂は【転生の流れ】には戻れぬ』

「母は父と離れ離れになるのか」

春雷の声が憤りで震えていた。

祖父は何処まで両親を苦しめるつもりなのか。

初めて、人を殺したいと思う憎悪が沸き上がる。

『無に帰する』

「母が共に逝ける術は無いのか」

『我の力にて【転生の流れ】に乗せようぞ』

春雷がホッと息を吐くと、緋龍が短く言った。

『白虎の力は両刃の刃。無駄に時を掛けすぎれば【結界の岩】に白虎が飲まれる。あれは死人の怨念が長い年月を掛けて造り上げた物ゆえ。白虎が共鳴する』

「白虎が?何故だ」

疑問がそのまま口から出た。

『白虎は本来の力を封印しておる。あの【結界の岩】はその封印を解きかねぬ』

緋龍の声は今まで聞いた事が無いほど緊張している。

「解けたらどうなる」

春雷の問い返す声も緊張していた。

『本来の姿に戻る。本能が理性に(まさ)ればこの国など』

緋龍は先を続けようとしなかった。



『我が話す。白虎、今は退け』

『我が事。話すも我よ』

白虎は遠い昔の話から始めた。

『我と緋龍は主の菩薩さまを守る神獣であった』

「2人とも?」

白虎が頷く。

2体から『菩薩』の名前を度々聞いていた春雷は、納得した顔で頷いた。

『この星【永遠さま】が誕生された時、菩薩さまは幼いこの星を導くため空から使わされた』

話が突飛すぎて、春雷は返事が出来なかった。

『春。この星も空に輝く星の1つに過ぎぬ』

「嘘だろ」

無意識に言葉が出た。

『我らの主、菩薩さまはこの星の誕生に起こった争いで姿を隠された』

「死んだのか?」

春雷が言いにくそうに聞いてきた。

『【転生の流れ】に乗られた』

正確には違うが、菩薩が星として生まれ変わった場所に、2体は転生を望むと固く決めていた。

「…そうか」

頷いた春雷の胸の中に、神に近い者でさえ【転生の流れ】に乗る現実が重くのし掛かった。

その現実が、もう1つの現実を春雷に気付かせる。

15年。

父に執着して霊の姿でこの場に止まってた母の魂は、その流れに乗れないと白虎は言いたいのだ。

「母はどうなる」

それが1番の気掛かりだった。

もし一緒に逝けなかったら母はどうなるか、考えるのも嫌だった。

『本来の我の力は菩薩さまのための物。菩薩さまが居られぬ今、暴走する我を止める者はおらぬ』

白虎の言葉の裏が読めず、春雷はじっと見返した。

『我を結界に囲め』

「何故だ」

『我の力が暴走しても消えるは我のみ』

白虎の答えに、どれほど危険な事を白虎がしようとしているのか伝わってくる。

春雷は言葉を出せなかった。

俺のために。

俺のために白虎は。

そう思うと、春雷の体は細かく震えた。

「すまない…」

白虎を危険に晒すと分かっていても、母を、父を、助けたいと思う気持ちが勝ってしまう。

白虎に詫びながら、春雷も決意を胸に固めた。

どくん。

春雷の心の奥で何かが動いた。

「白虎は俺が守る」

それは春雷の硬い決意だった。

例えそれが己の願いを叶えるためでも、決して白虎を犠牲にはしない。

それを聞いた緋龍は春雷の胸を見ていた。

いや、春雷の中の【鳳來】を感じていた。

【永遠さま】が口にした『命の機微』を【鳳來】に感じさせる時は今だと、白虎も緋龍も感じていた。

春雷には決して言わないが、白虎だけでなく緋龍もこの事に命を賭けていた。

春雷の母の霊を転生の流れに戻したら自分たちの勤めは終わる、と2体は感じていて、『やっと菩薩さまの元へ逝ける』と思う気持ちが強くあった。

が、白虎にはそれだけでは無かった。

幼い春雷を懐に暖めてきた白虎には、我が子に近い感情が心の奥にあった。

春雷のために、と思う気持ちも菩薩に向かう気持ちと同じくらいにあった。

神獣に性別はない。

しかし性別を超えて、親に近い感情で白虎は春雷をずっと見守ってきた。

春雷を守るためならば、その気持ちが白虎の胸の奥底に強くあった。



その日は確実に近付いていた。

春雷の父は、3日前から水も口にしなくなった。

人の逝く姿を初めて目にする春雷を、緋龍が肩に乗って静かに見守る。

時を同じくして、白虎は都の館で緋龍が呼ぶのを静かに待っていた。

ひっそりと父に寄り添う母の横に春雷も控えていた。

そんな時、春雷の父がぽかりと目を開けた。

表情の無い顔が辺りを見回し、母の顔に止まった。

「待っていたよ…」

父は細くなった手を布団から出して、懸命に母の元へと伸ばしていた。

春雷は急いで移動すると父の手を脇から支える。

母も泣きながら父の手に頬を寄せていた。

『…やっと…やっと見付けてくれた…』

母は詰るように父に言った。

なのに、父は嬉しそうに母を見て穏やかだった。

「待たせたね…」

『…長かった』

母は父と重なるように身を横たえた。

もはや言葉もない両親に、春雷は2人だけの時間を過ごさせてやりたいと思い下の階に降りようとした。

春雷がその一撃を避けられたのは奇跡に見えた。

右の頬を掠めて飛んできた弓矢を、春雷は辛うじて体をひねり避けた。

「誰だっ」

一瞬上の両親を見て、次の瞬間下の階に飛んだ。

飛び降りた階に居たのは祖父と叔父、弓を持つあの男とボロを着た2人の祈祷師の5人だった。

祈祷師はかなりな高齢に見えた。

もしや父に『呪』を掛けた祈祷師ではと思うと、怒りが込み上げて止められなかった。

春雷は事が終わってからも知らないが、この2人の祈祷師は祖父が王都で雇った者で、詳しい事情も知らされず金で雇われただけの流れ者だった。

「やはり居たな。神獣は何処だ」

祖父は目を輝かせ春雷を見ていた。

祖父の目は肩の緋龍を素通りして、春雷の後ろに白虎を探していた。

その言葉と態度が不吉な予感を呼ぶ。

「上の2人を『呪』で縛り贄にしろ。さすればこやつも神獣を呼ぶだろう」

「させるかっ」

春雷は階段の途中まで戻り、力の限り登って来ようとした祈祷師2人を押し戻した。

しかし、祈祷師は素早く体勢を建て直すと、後ろの叔父とあの男と力を合わせて呪で春雷を縛りにくる。

実戦に慣れた祈祷師2人の動きは巧みで、1人対4人の攻防は圧倒的に春雷に不利だった。

『春!』

「呼ぶなっ」

祖父は白虎を母と同じ目的に使おうとしている。

春雷は本能でそう確信していた。

母のために、母を転生の流れに戻すために、何を犠牲にしても白虎は守らなければならなかった。

そんな『呪』でのせめぎ合いを決定的に不利にしたのは、男の放つ力を乗せた矢だった。

男は射掛けて春雷に『呪』を唱える隙を与えない。

結界で身を守りながら、上への階段を死守するのにも限界があった。

「うっ!」

僅かな隙を突いて、男の射た矢が春雷の右肩に深く突き刺さった。



『春。許せ』

緋龍の言葉が終わらぬうち、春雷を庇うように白虎の姿があった。

「来たぞ!」

祖父は子供のように歓喜する表情で白虎を見ていた。

4人は重ねるように『呪』を唱える。

春雷は祈る気持ちで傷付いた体で『呪』を唱えた。

叔父の手のひらの赤黒い石が、まるで意思を持ったように白虎に向かって弧を描いた。

緋龍が小さい体で飛び上がり石を跳ね返す。

石は床にぶつかって砕けたが、欠片は床に落ちず『負』の力を撒き散らしながら宙を舞った。

『この禍々しさは。愚か者が!禁忌を唱えたか』

白虎の声が怒りで空気を揺るがした。

「何とでも言えっ」

叔父の手からもう1つ赤黒い石が投げられた。

緋龍が必死に弾くが欠片が更に増えた。

宙に浮いていた欠片が、目標を定めたように白虎の体に食い込み黒く染める。

『白虎っ!』

緋龍の叫びが耳に届いた。

上手く説明できないが、春雷には白虎が自ら欠片を己に向けたように見えた。

「白虎っ!」

白虎は黒塗りの石膏のように固まっていた。

動けなくなった白虎を見て、祖父が高笑いを上げた。

「神獣が動けぬうちに奴を殺せっ!!」

祖父の指は真っ直ぐ春雷を指していた。

『させぬ』

白虎の声にやぐらが地響きで揺れた。

誰も立っていられず床に手を付く。

次の瞬間爆発したように空気が膨張して、裏庭に埋められていた【結界の岩】が目の前にあった。

天井を破ろうとする大岩は土から出ていた上は黒く、土に隠れていた下は血の色に変わっていた。

「わぁあ、止めろっ」

「止めてくれぇ」

岩がまとう負の強さに祈祷師2人は恐怖に目を見開き逃げようとしたが、それは叶わなかった。

【結界の岩】が光ったと思ったら、祈祷師2人が【結界の岩】に吸い込まれた。




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