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春雷  作者: まほろば
幕開け
7/12



「旦那は…やぐらの霊に何をさせたいの?」

「この国を潰せる力を、あの『結界の岩』に込めさせているのさ」

「…まさか、15年も?」

霞の声が恐怖に震える。

祖父の異常な執着に怯えている顔だった。

「霊を呼べたのは7、8年前だ。その頃はまだお前居なかったから知らないだろ」

霞がこくこく頷いた。

「俺も叔父に呼ばれてここへ来たばかりだったから、正直逃げ出そうとしたくらいだ」

男はその頃の話を数分した。

「最初は兄の方の嫁を一緒にここへ連れてくるつもりだったらしいが、死んじまったからな」

「坊やのお母さんだよね。その頃って坊や幾つ?」

「俺の2つ下だから11か12だな」

「そんな歳で…」

霞の沈んだ声を出した。

「普通『気の病』の奴は1年もすればみんな死んじまうのにあいつは死なねぇで生きてやがる」

男は癇癪を起こしたように舌打ちをした。

次の瞬間男に殺意が沸いた。

「旦那は弟の方を使って霊を呼び寄せやぐらに縛るように『呪』を掛けた。やぐらじゃねえな。奴にだ」

「『気の病』の夫に?」

「そうだ。話はここまでだ。お前も聞いてスッキリしただろ。俺たちは霊が息子に漏らさないよう結界に閉じ込めとくのが仕事だ。これで良く分かっただろ」



そこからどうやって都に帰ってきたのか、春雷にはまるでその記憶が無かった。

ただ1つ分かっているのは、己の憎しみの心だ。

祖父のせいで両親は。

そう思うだけで殺意が膨らんだ。

その反面。

復讐しても両親は帰らない。

両方の気持ちに翻弄されて、春雷は一晩中苦しんだ。

「…俺はどうすれば良い」

胸に燃える憎しみに何かが共鳴する。

悪意、殺意、憎しみ。

自分の中の感情が増幅される気さえした。

『春』

白虎の呼び掛けに答える余裕も無かった。

『春』

「緋龍。父は治せるのか」

一晩考え、春雷の気持ちは固まった。

その問いは、春雷の先の道を決める大事な事だった。

『戻らぬ』

緋龍は冷たい一言を返す。

「ならば、村はひっそりと存続させる。父が死んだ時、母はどうなる」

春雷が緊張を隠して聞いた。

『お前の父の魂に寄り添うであろう』

「一緒に逝けるんだな」

緋龍は黙して答えない。

沈黙が答えだ。

「祖父を見付け出す」

『隠し子を追わせれば良い』

「緋龍に頼めるかな」

『良かろう』

「俺は本家に行って祖父が何をしようとしてるのか、を執事に探らせる」

淡々と決めて、春雷は動く。

じっとしていたら、叫び出しそうだった。

執事も思う事があるのか、直ぐに行動を起こした。

これで、都の事は執事に任せられる。

残る春雷がすべき事は、両親を穏やかに暮らさせるよう手を尽くす事だ。

「俺には両親の記憶が朧にしかない」

幼い頃は公務で忙しい両親に会える機会も少なかったから、両親の温もりも記憶にない。

その心の飢えを白虎に助けられた。

春雷は今でもそう思っている。



『会いに行くが良い』

村から戻って1ヶ月が過ぎた頃、白虎が春雷の背中を静かに押した。

『霊でも、春には親ぞ』

「…俺が分からなかったら?」

『それでも会わねば、春の時は止まったままよ』

頭では分かっていても心は不安で、春雷の中に会いに行く勇気が生まれなかった。

『時が満ちる』

ビクリと体を揺らした春雷が、ギリギリと顔を白虎の方へ向けようとして失敗する。

その動作が、白虎と緋龍の哀れを誘った。

「…考えさせてくれ」

そう言った春雷が会うと言ったのは、それから10日ほど過ぎた夜だった。

「やぐらには結界が張られている」

『容易き事、我に任せよ』

緋龍は春雷を乗せ村に飛び、屋敷ではなくやぐらの頂上に降り立った。

「緋龍何を…」

目を見張る春雷の視界が一瞬で変わった。

何も無い10畳ほどの板の間の中央に春雷は居た。

家具すら無い板の間の端には下への階段があった。

「やぐらの中か?」

肩の緋龍に小声で聞いた。

しんとした空気が春雷に声を落とさせる。

見上げると天井があった。

警戒しながら下に降りる。

どこであの男や霞と鉢合わせるか分からない。

春雷は慎重だった。

下の階も板張りだった。

母は何処に居るのだろうか。

この時になって、ここに叔父も居るかもしれない可能性に気付く。

深呼吸して、春雷はもう1段降りた。

下も板の間で更に階段があった。

これ以上降りるのは危険に思えて、足を止める。

すると、まるで待っていたかのように霧が春雷の体を包み込んだ。

『お前は誰。あの人と同じ気がする』

母だ!

姿は見えなくても、春雷は確信していた。

母の『誰?』に傷付きながら春雷は返した。

「春雷です。お母さん」

春雷の期待は沈黙に打ち砕かれた。

『…聞き覚えがある』

少しづつ霧は晴れ、先に向こうが透けて見える女性の姿があった。

これが母、か…?

必死に幼い頃の記憶を手繰る。

来る前は親子なんだから会えば一目で分かる、そう信じていた自分を笑いたくなった。

『良く似てる…』

母は半透明な手で春雷の左の頬を撫でた。

撫でられた感触は少しもないのに、春雷は嬉しさで涙が止まらなかった。

ああ、母だ、母なんだ…。

嬉しさと憎さ、感情の波が春雷を翻弄した。

透ける母の顔を懸命に覗き込む。

どれだけ真剣に見ても、春雷の中に母の記憶は呼び覚まされなかった。

夢にまで見た母なのに…。

春雷は母に向けて震える手を伸ばした。

当然その姿は春雷の指先に触れる事もない。

「…母さん」

母はぼやけた笑顔を向けて消えていった。



春雷にとって大切な親子の対面はあっさり終わった。

ジクジク疼く胸を手で庇い、春雷は目を瞑る。

母の記憶に自分が居ない事実が春雷を押し潰す。

ここにいる自分を否定された事が何より辛かった。

「…はは」

泣きたいのに笑いしか出ない。

『道は開けておく。日が満ちるまで来るが良い』

「…何で今さら…」

消える日が迫ってると分かってるなら会わせないで、教えないで欲しかった。

口に出来ない叫びは春雷を黒く染める。

前とは違う何かが春雷の心に共鳴する。

前より熱い感情が、春雷の体を駆け巡った。

【…いとおしい】

春雷の心にそんな言葉が浮かんで消えた。

「…ああ、母さんは父さんがそんなに好きなんだ」

春雷の中に諦めの感情が生まれて、剥がれた。

子供は忘れても愛する人は忘れない。

忘れ去られた自分を認めるには、母への思いが強すぎて身動きできなかった。

残酷な現実が春雷を傷付ける。

…それでも。

自分は毎夜ここへ来ずにはいられないのだろう。

絶望の自貶に笑いすら出た。

今日は行かない。

今日こそは行かない。

そう思っても、夜が更けると来てしまう。

それほどに母をこうる自分が哀れで憎かった。

そんな春雷を弄ぶように、母に会えるのは毎日ではなく気紛れだった。

10日目に男の姿をやぐらに見た。

無意識に隠れる自分に苛立ちながら、春雷は母の姿を毎日追い求めた。



春雷の自傷行為にも似た行動を止めたのは、霞からの心の無い手紙だった。

「どうなさいますか」

執事は能面を付けて聞いてくる。

「いや、行く気持ちは無い」

「それが宜しいかと」

執事は霞が元は娼婦で少々力があるから祖父が買った所まで調べていた。

「私の方で処理しましょう。床は」

執事はそこで言葉を切った。

「無い」

「承知しました」

それから1週間が過ぎた頃、都に霞が出てきた。

「おいで下されないので、不安で堪らなくなって」

「執事から連絡をやったはずだが」

春雷は応接間の入口に立ったままだった。

霞は春雷に近付いて来ようとしたが、使用人がそれをさせまいと動く。

その攻防の最中に、遅れて執事も来た。

「用件は?」

にべもない執事の言い方に霞は涙を浮かべ、すがるように春雷を見てくるが、春雷の気持ちは動かない。

「春雷さま…私のお腹には…」

執事がチラリと見てきた。

「あの祈祷師の甥の子か」

「…そんな…酷い」

霞は泣き崩れた。

顔に焦りが見えるのは見間違いか?

「真実と言い張るなら、神獣に誓うんだな」

横から見える霞の伏せた顔が、引き釣っていた。

「…はい」

「緋龍」

春雷は静かに呼んだ。

「万が一、神獣さまを偽ればお前の命はない」

横から執事が能面の顔で付け足した。

「…え…」

霞が震えた声を出して、すがるように見つめてきた。

「お前たちが村の俺の部屋で何をしていたか、神獣の力を使えば行かずとも分かる」

一瞬で、霞の顔が白くなった。

「俺の子に仕立てようとしたらしいが。無駄だ」




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