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春雷  作者: まほろば
幕開け
6/12



「白虎。頼みがある」

『我らは【永遠さま】より春雷の庇護を頼まれた。我らを利用せんと企む者の庇護はせぬ』

春雷が言う前に白虎が先手を取った。

「白虎を利用?」

春雷は言いながら鼻で笑った。

「霞はそんな子じゃない」

『なれば春が守るが良い』

白虎は取り合わない。

「俺に仕事がある時はどうする」

霞との事を公表すれば、春雷は自分より霞の方が危険だと思っていた。

今でさえ、しつこいほど権力に群がる者たちの姿を見てきている。

もし俺の相手が霞だと知れれば、そいつらがどんな手に出るかは分かりきってた。

『春は愚か者よ』

緋龍から村の時と同じ言葉を繰り返し言われ、流石にムッとする。

『己の目で見定めるが良い』

緋龍が背中に春雷を乗せ村へと飛んだ。

竜と違い、龍は乗る者に器量がなければ見抜かれて振り落とされる。

緋龍は春雷を村の入口に降ろし消えた。

村はしんと静まり返っていた。

緋龍がやぐらを見えるようにしたのか、力を使わなくても肉眼で見えた。

屋敷に入ると、警備する兵の顔付きが固かった。

「ご苦労」

兵は一礼もしない。

不思議に思っていると、緋龍が肩に乗った。

『春。お前の姿は誰にも見えぬ。声を出すな』

「え?」

驚いて足が止まった。

「何をさせたい」

警戒が低い声になった。

『真実を見るが良い』

緋龍は言うとフワッと消えた。

まず霞の居そうな台所に向かった。

「『霞さま』が酒持って来いってさ」

奥から来た女が吐き捨てるように言った。

「春雷さまも女の見る目が無い。あんなあばずれ」

「止しなよ。下手に『霞さま』の耳に入ったらあんたもあの男に殺されるよ」

こいつらは何を言ってる?

『あの男』とは誰だ?

理解できなくて、春雷はその場に立ち尽くす。

「長話はいいよ。遅いとかこっちまでとばっちりは嫌だから、兎に角これ早く持って行きなよ」

女が奥から来た女に酒の瓶を渡した。

「行ってくれば良いんだろ」

文句を言いながらも、女は小走りで奥に急いだ。

春雷もその女の跡を追った。



村に居た時春雷が使っていた部屋に女が入っていく。

ドアを開けたまま女が酒を置こうとしたので、その隙に部屋へ入った。

入口で春雷が硬直する。

部屋には酒の匂いと生臭い匂いがこもっていて、奥には霞と見知らぬ男が寝床に横たわっていた。

猛烈な吐き気に、春雷は咄嗟に自分の口を押さえた。

娼婦のように男にしなだれかかる霞には、あの春雷に見せた清楚な顔は無かった。

「今度あの坊やが来たらこの体の虜にしてやれ」

「勿論よ。この前も誘ったのに『正式に結納を交わすまでは清いままで』とか言うから仕留め損ねたし」

霞は膨れた顔を窓の外に向けた。

「兎に角、早く既成事実を作れ。餓鬼が出来りゃ一生安泰に暮らせる」

「あんなの落とすの簡単よ。ねぇ、あんたの子を産みたいよ。そいで、あいつの子として育てんの」

春雷は滑稽な自分に苦笑いした。

しかし、男に見覚えはない。

こんな2人に、良いように踊らされ掛けた自分が殴りたいほど腹立たしい。

もう男の身許を探る気も失せていた。

酒を届けた女はドアを閉めて出ていった。

出そびれた春雷が舌打ちする。

「何か音がしたな」

「気のせいよ。私は聞こえなかったよ」

「いや。しかし」

「それより、これから先を話してよ」

霞はねだる仕草で男に抱き付いた。

見ていたくもなくて、春雷はドアまで戻ろうとした。

「先に旦那の息子を逃がすのが先さ」

旦那?

それは祖父の事か?

男の旦那と、祖父の呼び名の『旦那さま』が重なる。

「旦那が居る王都まで?あんたも行くの?」

叔父がやぐらに隠れている?

2人の話からそう感じとれた。

なら祖父を逃がしたのは誰だ?

疑問の1つの答えが消えて振り出しに戻った。

2つを繋ぎ合わせると、祖父は王都に居て叔父を呼び寄せようとしている、と言う事か?

祖父は王都で何をしようとしているのか。

探るのは適任の執事に任せるべきだろう。

兎に角、今はこっちだ。

嫌々をする霞を男が宥めた。

その動作が、どう見ても、体の関係のある男女にしか見えない。

春雷も男だ。

後腐れの無い娼婦を買うこともたまにある。

だからこの空気で察しが付いた。

こうなると、見ない振りをしていた現実を認めざるを得ず、春雷の顔が怒りに歪んだ。

「俺は行かない。やぐらの奴の見張りがあるからな」

「そっか」

霞は機嫌が直ったのか笑顔になっていた。

見張り?

やぐらに誰かを閉じ込めているのか?

春雷は一瞬父かと思った。

普段はやぐらに閉じ込めているのかと思っていた。

「狂った男を死んでも追い掛けてくる女の執念。みっともなくて笑っちゃう」

霞が耳障りな笑い声を立てた。

死んでも、生き霊、死霊か?

「『呪』で狂わせたのに誰も気付かないの」

春雷の体に緊張が走る。

霞の言葉と『気の病』の父が春雷の脳裏で重なる。

体がカッと熱くなり、憎悪が渦になって春雷の内から噴き出した。

怒りから視界が歪む。

壁に手を付いて体を支えながら、爆発寸前の感情を押さえ付けようとする。

そんな春雷を知らず、霞がケタケタと笑った。

「お前、軽口が過ぎるぞ」

男の声が変わった。

「え?あ、ごめんなさい」

霞が慌てて謝った。

「屋敷の者に立ち聞きされて坊やにちくられでもしたら、お前殺すぞ」

「わ、分かった。もう言わないから、怒らないで」

霞が必死に男の機嫌を取ろうとするのを見て。

春雷の中に欠片でも残っていた愛情が砂なった。



「俺も言い過ぎた」

男の目には打算が見えた。

将来金の成る木になる霞を、男も簡単には手離したくないのだろう。

「ううん」

霞がぎこちなく笑った。

「1つ訂正するが、『呪』を掛けたのは俺じゃない」

「え?」

霞が男の顔を下から見上げる。

「『呪』を掛けたのは3年前に死んだ祈祷師だ」

「あの気持ち悪いお爺さん?」

霞も懲りたのか深くは聞く素振りはなかった。

「あれでも俺の叔父だ。話は15年から昔だ」

「叔父さんだったの?あ、ごめん」

霞が口を手で押さえた。

やはり父か。

深く息を吸い込んで、どんな話が飛び出しても聞こうと春雷は気持ちを固める。

「旦那は都の息子に隠し子を使って『呪』を掛けた」

「何故?」

「婿に入ったのに権力は全部嫁だったからだろ」

「旦那の奥さんて2年前に亡くなった、都の?」

「そうだ。旦那は種馬でしかなかったのよ。血筋は良かったからな」

春雷の知っている話を裏打ちするように、男の話は進んでいった。

「全部を息子に譲ると知った旦那は、自分の子を殺してもその地位に着こうとした」

「それが…あの」

「そうだ。あの狂った兄の方だ」

父に違いなかった。

「旦那の画策は失敗して、息子を2人ともこの村に閉じ込めるしか無くなった」

「…そうなんだ」

まだ警戒してるのか、霞は口数が少ない。

多分それが、霞のご機嫌を取りたい男にベラベラと喋らせているのだろう。

「旦那は兄の『呪』を解いて駒に使おうとしたが、妻の死を知って本当に狂った」

「それが坊やの父親?…もしかしてやぐらに居る霊って坊やの…母親?」

霞が震えながら男を見上げる。

!!

その衝撃は言葉にならなかった。

まるで地球が反転したような、噴火してる火山の噴火口に突き落とされたような威力で春雷の時が止まる。

「そうだ」

「…切ないね。狂った夫がそんなに好きなんだ…」

「その女の死が苦しくて狂ったんだからな」

息が苦しい。

吐く事も吸う事も出来なくて、春雷はきつき目を閉じて壁に掴まった。

霞の『…切ないね』が春雷の頭の中をぐるぐる回る。

両親を哀れむ気持ちが感情を噴き上がらせる。

胸に詰まる溶岩に焼かれながら、春雷の憎しみが祖父に向くのは誰にも止められないだろう。




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