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春雷  作者: まほろば
幕開け
5/12

再び



祖父の足取りは半月過ぎても分からなかった。

祈祷師に絞って足取りを追うがそれも消えていた。

「村に戻った可能性は無いのか?」

春雷は今も村の結界が気になっていた。

『なれば緋龍と共に行くがより』

白虎は気乗りのしない返事を返してきた。

「何故来ない」

『先日の屋敷といい、我は『負』を浴び過ぎた。暫し身を清めねばならぬ』

「身を清める?天界へ戻るのか?」

春雷が声を落とした。

『天界では無い天上界よ』

「どう違う」

『天上界には【永遠さま】のみ住まわれる』

春雷が首を傾げて更に聞いた。

「どう違う。例えるならばたかが1階と2階の違いではないのか?」

春雷の言い方に悪意が見えて白虎が声に出さず笑う。

『天界には神を名乗る宇宙の従者が居る』

「【永遠さま】も神ではないのか?」

『【永遠さま】はこの星そのもの』

春雷には理解出来ぬだろう、と白虎はそれ以上の言葉を重ねない。

「【永遠さま】の元へ行くのか」

『離れるのが辛いのか』

白虎が春雷をからかう。

「そうではない」

春雷は口を尖らせ横を向いた。

辛いのではない。

寂しいのだ。

そう素直に言えるほど春雷はもう幼い子供ではない。

口に出来ない自分が疎ましくもあった。

両親から引き離された春雷を、誰もが腫れ物のようにあつかった。

緋龍が現れて、春雷への周囲の態度は良い方に変わったが、寂しさは埋めようが無かった。

遅れて白虎が現れて、春雷は自分が人の温もりに飢えていた事に気付いた。

寒さに震えしがみついた白虎の体温に泣きながら眠ったあの日から、春雷にとって白虎は特別になった。

緋龍のために補足すると、龍は群れる事を嫌う。

他と距離を置くのが当然の緋龍には、春雷を懐で寝かす発想から無い。



緋龍と訪れた村で、春雷は少女に出会った。

少女の名は『(かすみ)』15、6だろう。

村の屋敷の奥に隠れていた者の中の1人だ。

屋敷の奥に隠れていた30人ほどはみな気が高い者ばかりで、結界の岩と【呪】で繋がれていた。

残念だが、村から隠し子の姿は消えていた。

祖父が消えて直ぐ来ていたら、隠し子だけでも捕まえられたかもしれない。

着いて直ぐはその思いが強かったが、祖父が消えた日には隠し子の姿も見えなくなっていたと聞いて、緋龍の話しは真実だろうと思うようになっていた。

『何故に思う』

「祈祷師が使う術の1つに風に声を乗せる術がある」

春雷が使って見せた。

これは先日この村に居ながら執事に連絡を着けた時に使ったが、その場に緋龍は居なかったので知らない。

「おそらく祖父から状況が不利だと聞いて、万一に備えて都に居たのだろう」

『出来ねば仮定のままぞ』

「結界を張るくらいだ、使えるだろう。叔父の話のように祖父も気を使えるならば会話も雑作無い」

以前叔父の言動に不審を持ったが、使えると思えば何ら不思議も無かった。

『まあ良いわ。結界の岩はどれだ』

緋龍がめんどくさそうに先を促した。

「今向かってる」

緋龍の冷たさは慣れているから春雷も動じない。

「あれだ」

裏庭に着いて、春雷が指差した。

緋龍と共鳴するのか空気がピリピリと肌を刺激する。

『これほどとは…』

緋龍が言葉を詰まらせた。

『白虎は何と?』

「この方向に何かあると」

春雷が白虎が気にした方向を指した。

『春。我より離れろ』

春雷は飛ぶように裏庭の隅に移動した。

春雷を確かめた後、緋龍は姿を戻す。

緋龍の膨張した気に空気が振動する。

キーン、キーン、と空気が音を奏でる。

もっと音が高くなって、屋敷の横に遠見のやぐらが見えてきた。

「…これを隠していたのか」

現代の灯台のような建物が屋敷の隣にあるのは、異様な光景だった。

やぐらの後ろにも平屋の屋敷があった。

「あれを調べよう」

『分からぬか。あれに居ったのよ』

緋龍の説明で見付かった30人がそこで暮らしていたんだと、やっと分かった。

『やぐらに誰ぞおる』

「やぐらに?」

春雷も警戒している緋龍から視線をやぐらに流した。

『小賢しい、眩惑を掛けておる』

「緋龍でも見えないのか?」

『この気は…』

緋龍が先を濁した。

「何だ?」

『いや、力を確かめるが先よ』

緋龍は村人を全部屋敷の前に集めた。

そこで、春雷は霞に会った。

そして、互いに、引かれ合った。

春雷はそう思えた。

『春』

春雷を緋龍に呼ばれているのにも気が付かなかった。

『春』

「…え?あ、何?」

春雷には霞の横に立つ男の存在が見えていなかった。

苦々しく睨み付けられているのにも気付かず、春雷の視線は霞だけを追っていた。

緋龍が何かを言おうとして、止めたのも気付かない。

緋龍はやぐらから視線を外し小さな龍に戻ると、春雷の肩に静かに乗った。

30人の中でも力の強いのは霞の横に立つ男だった。

霞の力はそう強くはなく男を留め置く駒なのだが、春雷には見えていなかった。



春雷はもう少し霞と話していたかったが。

都から執事の使いが来て、1度戻るしか無くなった。

正式に都の責任者の地位を国の王から授かる、公式に大切な儀式だと言われれば拒絶出来る訳は無い。

「何時お戻りになるのですか?」

霞が俯いて聞いてきた。

「俺と共に来るか?」

堪らず春雷は聞いてしまっていた。

「田舎者の私には都の暮らしは勤まりません…」

霞が悲しそうに下を向いたまま首を振った。

「心配するな、都では白虎と緋龍がお前を守る」

「神獣さまが?」

霞の顔が上がり、期待の眼差しが緋龍に向けられた。

『我らは【永遠さま】より春の庇護は引き受けたが、他の人間の庇護はせぬ』

春雷が口を開くより先に、緋龍が断りを口に出した。

「緋龍」

『守りたいなら春が守るがよい』

「俺から白虎に頼む」

春雷には白虎なら引き受けてくれる、自信があった。

『春は愚か者よ』

緋龍が呆れた空気を残して消えた。

春雷はそれでも霞を都に連れて行きたかったが、霞が怯えて村から出ようとしなかった。

「神獣さまのお怒りに触れては…」

そう言って、霞は頑なに拒んだ。

帰り道にも緋龍の姿は無く、代わりに地龍が地下から春雷を守っていた。

緋龍が霞を拒んだ苛立ちが消えないまま都に戻ると、白虎もまだ戻っていなかった。

「白虎は何時戻る」

『早くとも10日後(のち)

「そんなにか」

肩で息をして、春雷は儀式に出た。

執事が、祖父も『気の病』と国に届けたようだ。

元々祖父は形ばかりだったから、引き継ぎもスムーズで民の暮らしに支障は出なかった。

春雷は執事に霞の話をした。

執事は頷いて、家庭環境を調べると言った。

「調べる必要はない」

「静香の前例もあります。身許確認は譲れません」

執事は当然だと引かなかった。

「静香の親族の調べはどうなった」

「殆どは潰しました」

驚いたのは静香が周囲に話していた内容だ。

春雷と夫婦になれば、自分も神獣の(あるじ)になると公言していたらしい。

「そうなればこの国だけじゃなく、全部の国を手に入れられる、と話していたとか」

「白虎と緋龍にそんな力があると?」

春雷の呆れてる口調に執事も笑った。

「そう思うのは静香だけではありますまい。春雷さまに近い者は多少なりとその気持ちはあるかと」

執事に改めて言われなくても、春雷の中にもその気持ちはあった。

それを見ずに流したのは、関わる者全てにその気持ちが差はあるが見えていたからだ。

話している執事にもある。

それを表に出さないのは、祖母の命を一途に守る理性が執事にあるからだ。

もし春雷が祖母の期待に背いたら、執事は確実に敵に回るだろう。

それほどの信頼関係を自分が執事の息子と築けるか、それが春雷の課題でもあった。



白虎が戻ったのは、それから半月も後だった。

春雷の目には何も変わらずと見えたが、緋龍は白虎を見て頷いていた。

それまで春雷との会話が消えていた緋龍が、ようやく口を開いた。

『やぐらより春の母の気を感じる』

3人の間に沈黙が流れる。

それほど、緋龍の言葉は重かった。

『生き霊か、死霊か』

白虎の声が低い。

『分からぬ。負の力が強過ぎて拒まれ見えなんだ』

答える緋龍も『負』としか言わなかった。

「母は都の外れに埋葬されているはずだ」

春雷の声も硬い。

もし…、もし母が生きているのなら。

望む春雷の胸に消えない灯りが着いた。

「霊でも良い。俺は母に会いたい」

春雷の泣いてでもいるような声に2体は答えない。

知る事で春雷が傷付くと、もうこの時2体には分かっていたのかもしれない。




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