2
気落ちした春雷は15年前の話を聞いて回った。
耳に入ってくるのは父の温厚な人柄と母の父に尽くす姿と、幸せな夫婦だったと言う話ばかりで、その時何が起こったのか、春雷が本当に知りたい事は何も分からず仕舞いだった。
「危険だけど、祖父の側近にも聞いてみよう」
実際そのうちの1人に話を聞けたのは半月も先だったが、手掛かりになる物は1つも無かった。
春雷が諦め掛けた時、都の外れに夜な夜な人魂が出ると噂になった。
神獣を従えているのだからと、春雷も探索に駆り出される事になる。
15人の兵と隊長、春雷と白虎と緋龍で向かった。
そこは古い屋敷跡で、姿の無い敵意に満ちていた。
『春』
白虎が兵たちが屋敷に入るのを止めた。
『ここは負の気が強過ぎる』
「誰の屋敷か調べてあるのか?」
「10年ほど前まで大旦那さまの護衛をしていた者の屋敷と聞いております」
「お婆さまの?」
春雷は頷いてから白虎と屋敷跡に入って行った。
体にまとい付く感じが攻撃的で怨みしか感じない。
余程誰かを憎んで死んだのだろうか。
白虎の体がぼうっと光始めた。
白虎の気に呼ばれたのか人魂がゆらゆらと現れ、白虎の周りを頼り無さそうに飛んだ。
『告げよ』
人魂が揺れて老人の姿になった。
『…怨めしい』
老人は祖父に裏切られた怨みを細切れに口にした。
『…大旦那さまに隠し子を伝えようとして、言う前に旦那さまから無実の罪を…』
人魂がぼっ、と熱を吹き出し明るくなった。
『釈明すら聞いて貰えず…』
老人は都に入る前に捕らえられ、祖母に釈明する機会さえ与えられなかったと震えた。
「祖父の隠し子の話は15年前にもあったはずだ。それを10年前に蒸し返して何を怒る」
春雷は考えを口にした。
『…隠し子は坊っちゃんを』
春雷の喉が鳴った。
老人の言う坊っちゃんは春雷の父の事だ。
気の病の父を兄弟の隠し子が折檻している?
思ってもいない話に春雷の顔が般若に変わった。
「父は無事なのか」
春雷は老人の腕を掴もうとして幻影だと気付く。
そして、10年も前だと。
居ても立っても居られない気持ちが苛立ちを呼ぶ。
『春』
「分かってる。分かってる、でも10年も知らずに」
春雷は苛立ちで地団駄を踏んだ。
「お前が村に行った理由を言え」
『…食糧の運搬、それと…』
老人は、祖母から頼まれて父の様子を伝えるのが役目だったと言った。
『年に1度…』
老人が知る10年前までは、年に1度祖母の手の者が父の様子を見に行っていたと聞いて胸が苦しかった。
父に対して、何時も冷たい事しか言わなかった祖母が、陰でひっそり父を気遣う。
冷血な祖母だと思っていた事を、今度墓参りに行って謝ろうと思った。
『旦那さまは大旦那さまから権力を取り上げようと、流れの祈祷師を雇って…』
話を切り上げようとした所に思わぬ話が出た。
「流れの祈祷師?」
春雷は人魂と白虎を交互に見た。
声にした後、ハッと気が付いた顔をした。
「まさか…、しかし」
浮かび上がった可能性に動揺しつつ、春雷が決心した顔で白虎に聞いた。
「人も操れる?」
『安易に口にするな』
白虎は冷たく否定した。
なのに、人魂の声がそれを砕いた。
『屋敷の奥庭には力を封じ込める結界の岩が』
結界の岩?
直ぐに村に張られてる結界と重なる。
それほどまでに知られたくない秘密があの村に?
答えの出ない疑問が膨らんでいく。
「祈祷師の話をしてくれ」
『村に2人の祈祷師…』
「2人?」
頭に描いていたのと違う可能性が出て来て、警戒する気持ちが生まれていた。
「今もその2人が居るのか」
春雷が白虎に聞いた。
白虎なら見えるかもしれないと思う期待が聞かせた。
『分からぬ』
白虎は言ってから『冷静になれ』と言い足した。
「祖母が亡くなってから、村を探る者は行っていないはずだ。執事に言ったら行かせられないか」
『警戒して聞き入れぬだろう』
確かに祖父は聞き入れないだろう。
何か手立てはないかと思いながら、春雷の視線は村の方向を見ていた。
『力を隠し子に…』
「力を?岩に込めた力か?村を囲む結界にその力を使っているのではないのか」
人魂の話は切れ切れで、話している時は姿が薄くなって中の人魂が透けて見えていた。
『隠し子の力を使って…旦那さまは国をその手に…』
驚きの内容に、春雷は思わず白虎を見た。
『国を操るほどの力を何処から得る』
人魂に問い掛ける白虎は冷静だった。
『村に集めた者から…』
春雷の脳に浮かんだのは『呪』を掛けられた女子供の働く姿だった。
『余程力を持つ者があの中に居るのだろう』
春雷もその言葉に頷いた。
『…旦那さまは坊っちゃんを…嫌われて…』
「え?」
春雷には人魂の言ってる事が理解できなかった。
人魂の時間が掛かる話を苛々しながら聞いて分かった事は、祖父の祖母への強い憎しみだった。
婿に来て、ないがしろにされ、春雷の父が産まれたら形だけの閑職に追いやられた。
祖母にとって子をもうけるための祖父であって、念願の子が出来たらもう用済みの存在だった。
平凡な男だったらその待遇に甘んじただろう。
それほどに祖母の都での権力は絶大だった。
不幸な事に、祖父には国も治められる、と自分の力に自負があった。
祖母は祖父を己の使える駒にせず潰しに掛かった。
子を成せば祖父は用済みだったが離婚は外聞が悪い。
一生飼い殺しにするための水面下の駆け引きは、当然祖母の勝ちだった。
それが祖父に祖母を憎ませる結果になった。
祖父は父の代わりになる駒を求め外に子を作ったが、それが間違いだった、と祖父は隠し子を公表した時に思い知らされる。
祖母の子だから後継ぎなのであって、婿養子の祖父の不義の子など誰も認めない。
その時の祖父にとって、周りからの圧力から自分の身を守る術は1つしか無かった。
それが、隠し子を勘当して村に隠す結果になった。
夜明け、春雷は重い気持ちで館に戻った。
国1つを自由に出来る力など人には無い、と外で待っていた緋龍が言った。
『白虎ですら不可能』
緋龍が笑い飛ばす。
『しかし、村は探らねばならぬな』
緋龍が真面目に言った。
『執事を使い春の祖父を王都に行かせ、その間に村を探るしかあるまい』
「そんな事が可能なのか?」
春雷が驚いて聞き返した。
『我が負の気配がすると言えば容易き事』
「それなら祖父が居ても出来そうだが」
春雷が納得できないのか首を傾げた。
『春が関わっておらぬように事を運ばねば、恨みは更に春に向くぞ』
「今さら」
春雷は苦く笑った。
昔から祖父には疎まれている。
本当に今更だった。
「祖父にすれば、俺は自分の孫より憎い祖母の分身だったんだな」
『恨むな。怨みは魂を歪める』
「白虎も緋龍も昔からそう諭すが」
春雷は後に続けたい『それが難しい』を飲み込む。
この感情を口にしても、神獣の2体には分からない。
心の奥底でそう感じていた。
徹夜の春雷が眠ってる間に緋龍は執事の元へ向かい、予言の形で村を調べるよう命令した。
春雷は『今さら』と笑っていたが、災いの目は撒かないのが得策だ。
「何故に今更村を?」
『易にてその方向に『負』が見えた。昨夜、春雷と白虎が居らぬ間に見に行けばその村であった』
「なんと」
執事は驚きの声を上げた。
『村には幾重にも結界が張られておって、我でも中は見通せなんだ』
声も無い執事を緋龍が更に押す。
『絹はこの都の命綱。それを疎かにすればこの都が滅ぶやもしれぬな』
「如何にすれば」
執事の緊張した声に、緋龍は1拍おいて答えた。
『あの結界を調べよ。邪魔する者がおれば、その者が首謀者やもしれぬ』
「早速に」
執事の行動は速かった。
その日の内に役人と都が抱える今の陰陽師のような者を村に行かせたが、祖父の息が掛かる者に追い返され何も掴めず帰って来た。
ただ、結界の存在は確認され執事に報告された。
そこからは執事と祖父の間の駆け引きで、春雷の耳には入ってこなかった。
緋龍の申し出で、この件は春雷の知らぬ事として扱われ祖父にも伝えられた。
祖父は春雷を疑ったが、その晩朽ちた屋敷に出向いていた事を知らされ、口を閉じた。
その間何も出来ず苛立っていた春雷の元に、母の姪、従姉妹との見合いの話が届けられた。
従姉妹の名は『静香』。
自分が言っていた事も忘れ、正直春雷は焦った。
静香とは見合いではなく本宅で顔合わせになった。
改めて調べてみると本妻にするにはあれこれ不都合があると執事が言ってきたので、正式な見合いではなく顔合わせになった。
「不都合?」
「税金を着服している節が御座います」
執事は何故書類の段階で分からなかったのか、と何度も首を捻っていた。
「念入りに調べてくれ」
「承知いたしました。調べが付くまでは軽はずみなまねはお控え下さい。お約束はなさいませぬよう」
「分かっている」
念のため、執事もその場に同席した。
会ってみると、静香は控え目な女性に見えた。
でも白虎も緋龍も静香を見ると姿を消した。
「神獣さまに嫌われてしまったのでしょうか…」
静香は寂しそうに目を伏せた。
「後で聞いておこう」
「どうぞ良しなにおっしゃって下さいませ」