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春雷  作者: まほろば
再び時は動く
2/12



『春の父は生きておらぬかもしれぬな』

『今は悟られるな』

白虎が緋龍に釘を指した。

『分かっておる。お前より春が強い』

『本宅にも誰ぞに憑いて迷い出たか』

『明日にでも我が確かめようぞ』

2体だけの会話を終えてから、緋龍は前を歩く春雷の肩に乗った。

『明日は我も行く』

「もうお前の耳に入ったのか」

春雷が驚いた顔をした。

緋龍が白虎を振り返る。

「違うのか?」

『我の気紛れよ』

「緋龍は嘘が下手だな。まあいい、俺の代わりに誰が良いか見定めてくれ」

『何の話だ』

後ろから白虎が聞いた。

「当主に妻が居ないのは対面が悪いそうだ」

春雷はさらりと言った。

『候補はおるのか』

春雷が指を折って数人の名を上げた。

どれも権力に群がる親族の子供だった。

『春は決めぬのか』

「興味ない。着飾る事しか話題の無い者は誰を選んでも大差ない」

達観した春雷の返事に2体が苦笑した。



翌朝、緋龍は春雷の肩に乗り本宅へ向かった。

仕事を始める前に、執事が面会を求める親族の1人とその娘を連れて来た。

祖母が死んでもこの家が回るのは、祖母が育てたこの執事のような男がいるからだ。

男も分かっていて、父が気の病に倒れた後、早くから自分の息子を仕込み春雷の仕事の補佐をさせていた。

それが祖父の居場所を更に狭め取り上げていた事に、祖母は最後まで気付いていなかった。

それが、祖父の当主としてのプライドを打ち砕き、外に気持ちの安らぎを求めた理由の1つだろう。

春雷がその日の仕事を終えるまで、親族からの挨拶が合間合間にあった。

それを祖父が苦々しく感じているのを知りながらも、春雷にそれをなだめる術は無い。

『懲りぬ奴らよ』

挨拶にうんざりした緋龍が言った。

目当ての者が誰なのか、肝心な事が何も分からないのも、緋龍の苛立ちを無駄に増やしていた。

「疲れた。仕事より疲れる」

春雷もうんざりしていると、執事の男が姿絵を数枚抱えて持ってきた。

「こちらはこちらに利のある候補になります」

親族が駄目そうならと祖母から言われていたらしい。

「こちらは奥さまの姪のお子さまになりますが、面影は良く似てらっしゃいます」

執事はその1枚を上にして見せながら言った。

「母に?」

春雷は思わずその束を受け取っていた。

母に似ている。

その言葉の威力は絶大だった。

「似ているのか?」

姿絵の中の女性は穏やかに微笑んでいた。

「雰囲気が良く似てらっしゃいます」

「そうか…」

春雷は母の顔を知らない。

父の顔は朧だが記憶にはあった。

なのに、母の記憶だけが全くの空白だった。

「他にご用は?」

「今日は終ろう」

執事を下がらせてから、春雷が緋龍に聞いた。

「僕は似てるかな」

春雷がおどおどと緋龍に聞いた。

『春の母はもう少しはっきりした顔付きで髪も茶ではなく黒であった』

春雷が驚いた顔で緋龍を見た。

「俺の母を知っているのかっ」

春雷の声は興奮していた。

『この屋敷にも春の館にも姿絵を見ぬな』

緋龍が今更な事を口にした。

「他の親族の姿絵はあるがな」

母だけでなく父の絵姿も無いが、父の絵姿は気の病が醜聞になるので取り去ったと祖母から聞いていた。

「母の里には母の形見になる物が残されてないかな」

春雷が寂しそうに呟いた。

何があったのか春雷は聞かされていないが、幼い頃から母の里とは疎遠になっていた。

「この人に会ったら、母の事が聞けるかな」

緋龍は答えなかった。



翌日の朝、執事に母の姪の娘に会いたいと言うと、予測していたと返ってきた。

「お前は母に似ていると言ったが、違う気がする」

「春雷さまには奥さまの記憶は無いはずですが?」

執事が疑問符を付けて聞いてきた。

春雷は逆にそれに疑問を持った。

「何故無いって知っている」

能面だった執事の顔に一瞬焦りが見えた。

「答えろ」

「いえ。奥さまがお亡くなりになった時春雷さまはお小さかったので記憶に無いかと思いましたので」

素早く立ち直った執事からはすらすらと言葉が出た。

「嘘はないか?」

「御座いません」

「肩の神獣に誓ってか」

執事が動揺して目を泳がせた。

「この屋敷には母の姿絵が1枚も無い。飾れない何かがあるとずっと思っていた。聞くには良い機会だ」

春雷が肩に手のひらを上にして近付けた。

「お待ち下さい」

執事が急いで止めようとした。

神獣に偽りを話せばどうなるか、執事は下される罰を恐れ知っている事を話すと約束した。

「春雷さまのお母さまは人には無い力を持っていたお方でした。大旦那さまはその力を欲したんです」

執事の言う大旦那は祖母の事だ。

祖父は使用人から旦那さまと呼ばれていた。

「どんな力があった?」

「春雷さまには劣りますが同じ力をお持ちでした」

「俺と同じ?」

聞いても疑問符しか無い。

春雷の力と執事が思っている物は、白虎か緋龍の物で春雷が使える物では無かったからだ。

「霊を操るお力です。神獣さまは霊が肉体を持った姿だと大旦那さまは話しておられました」

外から見れば、春雷が白虎と緋龍から貰っているとは映らず、操ってるように見えるのか。

軽いショックを受けながらもっと聞いた。

「母はどんな霊を?」

操る、とは言いたくなかった。

「地の霊、風の霊、暮らしの中の霊を」

春雷が首を傾げていたからか、執事が例を上げた。

「日照りが続けば雨を、作物の成長を促したり、自然が味方するお方でした」

「それなのに何故絵姿もない」

「…それは」

「気の病の父を見て、母も狂ったからか?」

「いえ、あ…」

執事が思わず言い掛けて、慌てて口を手で押さえた。

執事が部屋から逃げようとドアに向かったが、バタンと大きな音で閉まった。

緋龍が閉めたのは明らかで、執事はよろよろとその場にへたり込んだ。

暫く呆然としていたが、諦めたように話し出した。

「大旦那さまが坊っちゃんの結婚を決められたのは、その力を絹の収穫に欲しかったからです」

「この都の特産だな」

「結婚は形だけで、大旦那さまは奥さまを桑栽培の地に閉じ込めるおつもりでした」

信じられない話に、春雷は驚くしかなかった。

「それを知った奥さまは婚礼を拒まれました」

「当然だ」

「それを聞かされ、破談にしたくない坊っちゃんが奥さまに求婚したんです」

「え?」

信じられなくて緋龍を見たら頷いていた。

言っている事が真実か違うのかは分からないが、執事は嘘は付いていない。

「坊っちゃんの求婚を受けた事で、大旦那さまは奥さまが言いなりになると思いましたが、坊っちゃんが離れ離れになるのを拒まれ春雷さまが産まれました」

その光景が想像できる気がした。

自分にも幸せな時があったのか、と切なさが溢れる。

記憶の欠片だけでも良い、せめてその光景を覚えていたかった…、と心から思う。

「大旦那さまも春雷さまを見て考えを改めて、年に2度夫婦の旅だと偽って桑栽培の地に向かわせ地の霊を操らせるに止めました」

話に納得は出来ないが、理解は出来た。

「それが、突然坊っちゃんが気の病になって、何人も人を殺めて…」

執事が身震いして話す。

「…人を殺し…た」

信じられなかった。

信じたくなかった。

それを信じれば自分は殺人鬼の息子になる。

混乱していた春雷を更に追い討ちが襲った。

「坊っちゃんを狂わせたのは奥さまで、【呪】を掛けてるところを使用人に見られて撃ち取られて…」

春雷は、自分がいつ床にしゃがみこんだのか動揺してて覚えてなかった。

「大旦那さまは坊っちゃんを桑栽培の村に隠居させ、奥さまは密葬にして都の外れに埋めました」



『春。気を強く持て』

緋龍の言葉に我に返ると、執事は居なかった。

「緋龍…」

がくがくと膝が震えて、春雷は立ち上がれない。

『お前の母に人を操る力は無い』

「だが執事が…」

春雷が頭を抱えて叫んだ。

「俺は殺人鬼の子なのかっ」

『事実を調べれば分かる』

「しかしっ」

『春っ』

緋龍の一喝に春雷は口を閉じた

緋龍はちっ、と舌打ちをした。

白虎も緋龍もその時を見ていなかった。

その手前まで、確かに水鏡に映る姿は幸せな親子の姿で不吉な予兆など何も無かったからだ。

水鏡のざわめきに目をやれば、春雷の父は都を追われ、母は死んでいた。

『あの男は春の母が操ったと確信しておったが、お前の母にその力は無い』

「何故分かる」

話す事で、春雷は少しずつ落ち着いてきていた。

『力の有る者は我には分かる。この様にな』

春雷の周りにゆらゆらと陽炎が見えた。

春雷が驚きから身構えた。

『春の母の力は春より数段弱かった。それで人を操るなど出来るはずもない』

「しかし…」




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