前編
息抜きがてら数時間で書き上げました(笑)
勢いで書いたので誤字脱字、よくわからないところもあるかもしれません。
4、5話ほどで終わる予定です。
「陛下、本日もご機嫌麗しく」
「あぁ」
しゃなり、とどこからどう見ても完璧に優雅に見える礼で迎えたシャナン=エルサレムに、恐ろしく整った美貌を持つ男ーーーロイ=テオドール=アステアは尊大に頷くのみ。
そんな反応もいつものことなのか、シャナンも侍女たちも全く何の感情も出さずに受け入れ、部屋の奥のソファへと歩を進める。
早々に護衛である側近と部屋の侍女を下がらせ、2人で向かい合わせのソファに腰を下ろし用意された酒などを手早く準備する。
「今日は」
そう言われるのもいつものことで、これだけで何を聞かれたかシャナンは理解する。
「はい、天気が良かったので庭園を散歩して参りましたわ。ケシアの花が見頃ですわね。庭師がひとつ花をくれたので今宵のお酒に淹れてありますわ、どうぞ」
「そうか」
お酒に散らした花びらを眺めながら杯を傾ける姿は、疲れもあるのかさらさらの漆黒の髪が紫の瞳を翳らせ、なんだかいけないアンニュイな雰囲気を醸し出している。
「そなたは外を見る間もない私にこうして季節を届け、癒しを与え、本当に文句の付け所のない側妃だな」
「勿体無いお言葉でございます、陛下」
微笑んで軽く頭を下げるシャナンに、ロイはため息を吐く。
「しかし、お前は何も欲しがらぬな」
「既に多くをいただいておりますわ」
「他の側妃達はドレスやら宝石やら随分と欲しがるが」
「あら。では、私が着飾る分は事足りておりますのでその分を皆様にどうぞ。お心遣い感謝致します」
笑みを深くして首をかしげるシャナンの顎をテーブルの向こう側から掬い、ロイは啄むようなキスをする。
深い紫の奥に熱いものが見え隠れするのを見つめながらなんとか応える。
ロイは突然のことに少し息が乱れたシャナンをそのまま抱き上げて奥の寝室に連れて行く。
「シャナン、いいか」
「陛下の仰せのままに」
「…あぁ」
その言葉を合図に2人はひとつになった。
翌朝シャナンが目を覚ますと、ロイはもういない。早くに起きて執務室に行ったのだろう。本当に忙しい人だ。
怠い体を叱咤して身を起こし、侍女を呼ぶ。
「おはようございます。シャナン様」
「えぇ、おはようケイト。まだ貴方だけね?」
「はい」
「……………っあぁーーーー。」
起こした身を再びベッドに沈ませ、ゴロゴロ転がり回る。
優美高妙と持て囃される側妃の花とは思えぬ堕落っぷりだ。
「疲れたダルいもう今日はまだあと半日は寝てたい。やだやだ動きたくないする事もないのに何で起きるのやだやだ。」
「シャナン様、落ち着いてください」
「落ち着くわよー他の人が来たら」
シャナンは分厚い猫の皮の下はなかなか、良く言えばざっくばらんな気質の女だった。
「どうせ起きるなら鍛錬したいわ」
「またそんなことを…脱ぎ捨てた猫をかぶりなおして下さい今すぐ」
しかも公爵家とはいえ武家として有名な家系で、幼い頃から日常の一環として鍛えてきたのだが、或る日突然側妃へと召し上げられてしまった。
もちろん貴族としての務め、振舞いは叩き込まれており、むしろ武家だけにより完璧な忠誠心と自立心で国に仕えるべし、と励んでいる。
そうして一見して非の打ち所がない側妃の出来上がりである。
しかし、体を動かしたくてウズウズしてしまうのだ。それが側妃に求められていないことはわかっているので、日々こっそりと鍛錬をして息抜きをしながらなんとかかんとかやってはや1年経つ。
淡く光を返す長い銀髪を整えてもらいながら、ぼうっと外を眺める。
青みがかった銀の瞳は何を移すでもなくただただ遠くの何かを見つめ、その様子は先程までのヤンチャな雰囲気を押し殺し、酷く儚く感じられた。
「シャナン様」
「ねぇケイト。陛下はいつ正妃を娶られるのかしら。私が後宮から解放されるのはいつ?」
「シャナン様。そんなに儚げに仰られても私には通じませんよ。」
「だぁってぇー!自由に歩き回りたいわ!遠乗りしたい!!」
「そもそもお子ができたらシャナン様が正妃になられる可能性だってございますし」
「えぇーそんな責任重大なお役目嫌よ!もちろん臣下としての責務は理解してるわ。でも気持ちは別よ!」
そう、決してロイのことを嫌いなわけではないが、別段好きなわけでもない。
向こうも同じ様な感覚だと思っている。
「レイヤ様あたりご懐妊されないかしら。とっても可愛い子が生まれそう」
とても可愛らしい少女のような雰囲気がある側妃だ。特に側妃同士仲良くお話するわけではないが、仲が悪いわけでもない。
というか、他は知らないがシャナンはあまり関わらない様にしているし、他の側妃も、筆頭公爵家の娘であるシャナンに疎まれると面倒とでも思うのか、積極的には寄ってこない。
パーティーなどでは何故かキラキラした目で見られていることもあるのでどう思われてるのか正直謎だ。
そんの中で比較的話しかけてくるのが、一番年下のレイヤだった。
「シャナンお姉様!」どう呼ばれるたびなんだか嬉しい様なむず痒い気分になる。
「シャナン様、お顔がニヤニヤされてますわ。本日はいかがなさいます?」
「今日は城下にでも行こうかしら!」
「またですかぁ⁉︎つい先日も行ってきたじゃないですか!」
「いいじゃないの、減るもんじゃないし公務もないし」
「私の神経がすり減ります!」
抗議を華麗に無視して、軽装に着替えていく。
慣れたものだ。時折こっそり城を抜け出しては、城下に繰り出している。
本人曰く、「民の視察」だそうだが。
「ほらほら、ケイトっお願い!」
「はぁ…こんな事のために貴方様の護衛をかねて侍女になったわけではありませんよ?お父様がお嘆きになります。」
そうため息をつきながらも、ケイトはシャナンの望む様に手を髪に添え、口の中で言葉を紡ぐ。
ぽぅ、と一瞬の光ののち、黒髪黒目に様変わりした姿を満足気にくるりと一回転。
「相変わらず、あなたの魔法は本当に素晴らしいわね!」
「それはどうもありがとうございます。」
切れ長の翠の目に肩できっちり切りそろえた黒髪がお辞儀とともに軽やかに踊る。
ケイトは幼い頃にとある縁でシャナンの家に拾われてやってきた。
魔法が使える人間は珍しく、攫われ高い金額で売り飛ばされ奴隷にされてしまうこともある。もちろん奴隷制度なんてものは、とっくの昔に廃止されているのだが。そうならないよう小さな頃から名のある貴族のお抱え魔法士になるか、国の魔法士団に所属したりする者がいる中、公爵家で面倒をみる事になったのだ。しかし、縛り付けているわけではなく「うちで鍛えて、自分の身を守れる様になったら自由にしていいよ」と言っているのだが、本人の希望もあり長く仕えてくれている。
その国の中でも希少な魔法の力を髪や瞳の色を変えたりするためだけに使うのが大層贅沢者であるというのはシャナンも重々承知の上だ。
「それにしても、お嬢様…シャナン様からの初めてのお願いがこんな事とは最初はガッカリしましたが…」
「ごめんって言ってるじゃないの!」
長い髪をくるんとまとめフードをかぶり、城下へのお忍びスタイル完成だ。
「いいえ、のびのびしてるシャナン様を見られるのなら悪くもないな、と最近思い始めました」
「ケイト〜愛してるわ!」
「はいはい、じゃあさっさと行きましょう」
城下町。
様々な土地から来た商人や旅人で賑わうそこは、シャナンの大好きな場所だ。
もちろん森や海、自然も大好きだけれど、城下町で人々の笑顔を眺めるだけで、活力が湧いてくる気がするのだ。
しかし、人が多いからこそちょっとした諍いが起こることもままある。
2人がお気に入りの屋台のお肉に噛り付いていると、視線の少し先の通りでなにやら騒ぎが起こっているようで、人だかりが出来ていた。
ケイトに引き止められながらも野次馬根性でシャナンが近づいて見ると、明らかにガラの悪い男達が女性に絡んでいた。
「なぁいいじゃねぇかちょっとくらい!」
「こ、困ります…離してください」
「あぁン?テメェの店の花買ってやるって言ってんのに、客へのサービスもできねぇのかよ!いいからあっちでちょっとイイコトしようぜ?」
花屋の娘は明らかに迷惑そうな顔で拒絶している。
「シエル、駄目ですよ首を突っ込んでは…」
街中では名前をもじってシエルと名乗っているシャナンを即座に止めたケイトだったが、それを言った時にはすでに主は首どころか全身を持って突っ込んでいた。
「下手なナンパは他所でやってくれない?」
「あ?なんだテメェは」
「なんだっていいでしょ。とりあえずご飯が不味くなるからどこか行って」
「小娘が生意気言ってんじゃねぇ」
フードを深く被るシャナンが小娘なのかどうかもわからないだろうに、と嘆息する。
「ーーこの花、全部いただけますか?」
一触即発の場の雰囲気にそぐわない、柔らかな声が落ちた。
「そこの人、すまないけれど今日は私が店の花を買ってしまったから他を当たってくれるかな?」
さらりと栗色の髪を揺らす、綺麗な青年。
男性としては陛下にも負けず劣らずの美しさかもしれない。
にこりと微笑みながらの彼の声は大きいわけでもないのに、なせだか纏う空気は逆らい難さを感じる。
ゴロツキもそう思ったのか舌打ちをして立ち去っていった。「覚えてろよ」と小声で私に言うのが小物感が半端なくて鼻で笑ってしまった。
「あの、あ、ありがとうございます…」
ぽぉっと頬を染めて青年にお礼を言う花屋の娘。イケメンにこんなにスマートに助けられれば恋に落ちもするのかもしれない。
そんなことを考えながら踵を返し、目立つことは控えてと怒るケイトの話を聞きながしつつシャナンは再び屋台飯を食べ歩くことに没頭するのだった。
読んでくださりありがとうございます。
庭師と突然姫に行き詰まり別の話を上げてしまうという…すいません…