観察者たち、見守る。
――のどかな昼下がり。
今日もロストたちは、変わらぬ日常をのんびりと満喫していた。
「兄様、あーん」
「あむ……うむ! やはりレティの作ったプリンは、いつ食べても絶品だな」
「ありがとうございます、兄様♪」
庭のベンチで仲睦まじくおやつの時間を過ごすふたり。その微笑ましい光景を、少し離れた大樹の上からじっと見つめる影があった。
「――今日も相変わらず、魔王様は妹君の手作りプリンを幸せそうに食べてるな……いいなぁ、俺も食べたい……」
「仕事中だ。感情に流されず、監視に集中しろ、ドバ」
枝の上に身を潜めていたのは、鳥のような頭部と背に立派な翼を持つふたりの男――ドバとポウポである。
彼らは魔王の側近・ロウズに仕える密偵であり、ロストの行動を陰から見守り、日々の様子を詳細な報告書にまとめて提出する任務を担っていた。
「でもさぁ、あの笑顔見てると、なんかもう“平和”って感じがして……報告書に書くことなくないか?」
「それでも書くんだよ。『本日の魔王様、プリンを三口で完食。笑顔が実に素敵だった』――こんなふうにな」
「そんなの誰が読むんだよ……」
枝葉の影で小声のやり取りを続けるふたりの翼人。しかしその目は真剣に、魔王とその“妹”の穏やかな日常を見つめ続けていた。
「それは当然、現魔王であられるゼノム様に決まっているだろう」
「でもさぁ、ゼノム様って、本当に筋金入りのブラコンだよな……今までロスト様の“兄弟愛”を独り占めしてたのに、急にあんな可愛い子が“妹”として現れたからって、諜報部隊まで使ってふたりの関係を調べさせるとか……。男の嫉妬ほど見苦しいもんはねぇっての」
「……口を慎め。それがゼノム様の耳にでも入ったら、お前の運命はローストチキンだぞ」
「わかってるよ。でもさ、一番気の毒なのはロウズ様だよな……知ってる? 報告書を執務室に届けに行くたびに、疲れ切った顔で戻ってくるの」
「ああ、あれか。城では“魔王様のストレス直撃コース”って呼ばれてるらしいぞ」
ぼやきながらも、ふたりの視線は再び庭へと戻る。
そこでは、ロストが空になったプリンの器をそっと置き、レティの頭を優しく撫でていた。レティは嬉しそうに笑い、そのままロストの肩にもたれかかる。
「くそ~っ、羨ましい……」
「また感情に流されてるぞ、ドバ。……しかし――」
ポウポがふと目を逸らし、庭の奥――ロストたちとは反対側の一角に視線を移す。
そこでは筋肉質な少年――勇者ラックが、巨大な岩を気合とともに天高く持ち上げていた。
「……あの人間も、よくロスト様の無茶な特訓に付き合っていられるものだな」
「だよなー。さすが“選ばれし勇者”ってことか……」
「うん、馬鹿だけど、ラックはやるやつだ」
「一応、あの勇者の行動も報告書に記載しておこう。ロスト様の“周辺人物”としては重要だからな。……今、誰か近くにいなかったか?」
ポウポが辺りを見回す。風が木々を揺らす音のほか、特に変わった気配は感じられなかった。
「気のせいじゃね? それより見ろよ、ロスト様たち。今度はバスケット片手にピクニックに出発するみたいだぜ」
「よし、気取られないように付いていくぞ」
ポウポの合図で、ふたりの翼人は木々の枝を伝って静かに移動を開始する。
一方、地上ではロストとレティ、そして蟻人たちと勇者一行が仲睦まじく歩みを進め、ピクニックの目的地を目指していた。
目的地に到着した一行は、さっそくレジャーシートを広げて、ティータイムの準備を始めた。
バスケットの中には手作りのサンドイッチ、彩り豊かな果物、そして香り高いスイーツがぎっしりと詰まっている。そのどれもが美しく、見ているだけで甘やかな香りが漂ってくるようだった。
「……ロスト様、マジで料理上手くなったなぁ」
「いや、あれは妹君の手作りだろう」
「いいなぁ……俺も、あのお茶飲みてぇ」
枝の上から地上を見下ろしながら、ドバがぽつりと呟いた、その時――
「……ん?」
ふと視線を逸らした隙に、二人の目の前に――湯気の立つ湯飲みと、上品に盛られた茶菓子の皿が、いつの間にか置かれていた。
「……え、なにこれ」
「……見たか?」
「見てない。お前は?」
「俺もだ。気配も音も、何ひとつ……なかった」
一瞬で空気が張り詰める。二人は背中の羽を震わせ、わずかに身構える。
もしどちらかが仕掛けたのならともかく、完全に気づかれずに接近されたという事実――それが、何よりも危険を物語っていた。
「……間違いない。誰かに、見られてる……!」
「どこだ。どこから見てやがる」
すぐさま周囲を索敵しはじめるドバとポウポ。
枝の上から林の広がりを見渡し、風の流れ、草葉のざわめき、陽の傾きすらも見逃すまいと目を光らせる。
次の瞬間――二人の視線がぴたりと同じ方向を捉えた。
「――あそこだ!」
「いくぞッ!」
翼を広げ、枝から勢いよく急降下。葉を巻き上げながら、気配の元へ一直線に飛び込む!
「動くなッ!」
「……きゃっ!?」
飛び込んだ先にいたのは――小さなカゴを手にした、レティだった。
「え、えっと……あなたたちは……?」
驚いた様子で戸惑うレティ。その姿を目にした瞬間、ドバとポウポは心の中で叫び声をあげた。
(い、い、妹君ィィィィッ!? なんでここにぃぃぃー!? さっきまでロスト様たちと一緒にいたはずじゃあ!?)
(やっべえ……これはマズい……このままじゃ、監視してたのがバレちまうぅぅぅ!)
息を呑む緊張の中、レティが穏やかに口を開いた。
「もしかして……この森で暮らしている方たちですか?」
「え? ……あー、そうなんだよー! 俺たち、森で暮らしてるドバとポウポって言うんだよ! なんか楽しそうな声が聞こえたから、つい気になって来ちゃってさ!」
ドバが慌てて笑顔を作りながら言う。ポウポも無理やり笑みを浮かべて話を続けた。
「ああ、でもこんなところで人間に会うとは思わなかったなー! 本当にビックリだ!」
「そうだったんですね。初めまして、私はレティです」
レティは優雅に頭を下げて自己紹介した。
「実は今、森の中でピクニックをしていたんです。よかったら、ドバさんたちも一緒にいかがですか?」
「え゛!? いやー……ご一緒したいんだけど、その……」
(どうする、ポウポ!? 一緒に行ったら絶対バレるだろ!?)
(当たり前だ! ロスト様が俺たちの顔を覚えてなくても、同行してる蟻人たちは諜報部隊の存在を知ってる。下手すりゃ即バレだぞ!)
(じゃ、じゃあどうすんだ!?)
(誤魔化す! とにかく、誤魔化すしかない!)
「……あの、何か困ったことでも?」
首をかしげるレティに、ふたりはぎこちない笑みを浮かべて必死に取り繕う。
「いや~、実はこのポウポ、人見知りがひどくて……初対面の人がたくさんいると、極度に緊張しちゃうんですよね!」
「そ、そうそう。だからまたの機会にってことで……!」
「そうなんですね。じゃあ、せめてこれを――」
レティはカゴから二切れのサンドイッチを取り出し、そっと差し出した。
「私が作ったサンドイッチです。よかったら、どうぞ」
「え、ああ……ありがとう」
「レティー! どこだー?」
遠くからロストの声が響く。レティがぱっと顔を上げる。
「兄様の声」
その声に反応し、ドバとポウポはあたふたと翼を広げた。
「そ、それじゃあ俺たちはこれで!」
「また今度会おうなー!」
ふたりは慌てて空へ飛び去っていった。
その直後、ロストがレティのもとへやってくる。
「レティ、ここにいたのか。何かあったのか?」
「兄様、実はさっき、この森に住んでいる方たちに会ったんです」
「なに? この森には誰も住んでいないはずだったが……」
「今度、一緒にピクニックをする約束をしたんですよ」
「ほう、それは楽しみだな。では、その時に俺も挨拶させてもらおうか」
微笑むロストにうなずきながら、レティは再び皆が待つ場所へと歩き出した。
「……あっぶなかったぁぁぁ……」
「まさか妹君が来るとは……心臓が止まるかと思ったぞ……」
「でも、なんとか切り抜けたな……」
ドバは手に持っていたサンドイッチを口に運んだ。
「……うっま! ポウポ、これ、食ってみろよ!」
「ああ……うん。確かに、美味いな」
「なんかさ、このサンドイッチ食べたら、また頑張ろうって気になってきたわ~!」
「お前はほんと、能天気だな……しかし――」
ポウポはふと空を見上げながら、呟いた。
「結局、あの茶と茶菓子を置いたのは……誰だったんだ?」
「そういえば、シキさん。さっき、ふっといなくなってましたけど……どこに行ってたんですか?」
「んー? 暇つぶし」
勇者一行の一人、シキはほとんど変わらぬ表情のまま、悪戯っぽく笑って右手でピースサインを作った。




