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魔王、辞めます。  作者: 稲生景


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49/50

元魔王、相も変わらず日常を満喫す

 ――ロストたちが竜王国から帰還してから、二週間が経過した。


 ロスト家の裏庭。

 そこではロストと、その弟子である勇者ラックが、巨大な三メートルの岩を前にして対峙していた。


「――いきます!」


 ラックが両腕で岩をがっちりと抱え込む!


「おおおおおおおおおおおおおおっ!!」


 気合の咆哮とともに、彼はついに大岩を持ち上げた!


「うむ、よくやったぞ、ラック」

「ありがとうございます、師匠!」


 かつては二メートルの岩をようやく持ち上げていたラックが、日々の修練の果てに、ついに三メートルの岩を持ち上げるまでに成長したのだ。


「では、いつも通り――その状態を一時間、維持し続けるんだぞ」

「はい! 必ず成し遂げてみせます!」


 ロストがその場を離れる中、大岩を持ち続けるラック。その姿を、陰から見守るふたつの人影があった。


「ラックさん、ついに三メートルの岩まで……」

「……どんどん人間じゃなくなっていく……」


 姿を現したのは、勇者一行の仲間――ティアとシキだった。


「私たち、ここに来てもうずいぶん経つけど……ラックさん、もう魔王討伐する気なんてないんでしょうね」

「……もしかしたら、このままずっとここで暮らすことになるのかも……」

「まあ、それはそれで……悪くないかもしれないですね」

「うん……意外と過ごしやすいし」


 彼らはロストたちの元で暮らすようになってから、畑仕事に精を出し、魔野菜と呼ばれる豊かな作物を食べ、以前よりも健康的な体つきになっていた。肌つやまで良くなっている。


「それに、レティさんの作るお菓子は絶品ですしね~♪」

「……それは本当に同感……」


 レティの焼き菓子を思い浮かべて、涎を垂らすティアとシキ。


「でも、ちょっと気がかりなのは……王国のことですよね」

「……確かに。そろそろ新しい勇者の選定を始めてる頃かも」

「そういえば……リリィさんはどこに?」

「……レティと一緒に料理と……それから、おめかししてる」

「ああ……」




 ――一時間後。


「ふぅぅぅ……」


 ついに岩を地面に下ろし、ラックはその場に座り込む。

 そこへ、白いワンピースを身にまとった少女が、バスケットを手に歩いてきた。


「ラック、お疲れ様。これで汗、拭いて」

「リリィ、ありがとう」


 そう、彼女は勇者一行の仲間であり、幼馴染でもあるリリィだった。

 ラックはリリィから差し出されたタオルで額の汗をぬぐう。


「お腹空いたでしょう? サンドイッチ作ったの。食べて」

「ほんと!? 訓練の後は腹ペコだから、すっごく嬉しいよ!」


 リリィが布製のシートを広げ、バスケットからサンドイッチの入った箱を取り出す。


「じゃあ、いただきまーす! ……うん、うまい! 野菜がみずみずしくて最高だよ!」

「ふふっ、喜んでもらえてうれしい。たくさんあるからどんどん食べてね♪」


 リリィは穏やかに笑いながら、ラックの横顔を見つめる。そしてふと、彼の引き締まった腕に目をやった。


「ラック、ここに来てから本当にたくましくなったわね……」


 かつては少年らしい細身の体だったラックも、今や腹筋が割れ、腕には筋肉がつき始めている。


「まだまだだよ。俺、絶対に師匠みたいに強くなるんだ!」

「ふふっ、いい心意気ね。でも無茶だけはしないでね」

「……リリィさん、完全にラックさんを狙ってますよね」

「……うん。あれは完全に“女の顔”……普段着ないような白のワンピース着てる時点で、確定」

「でもあのワンピース……どうやって手に入れたんでしょう?」

「……蟻人さんたちに作ってもらったって……」

「蟻人さんたち、優秀すぎでは……。それにしても、リリィさんってラックさんのこと、ただの“世話が焼ける幼馴染”くらいにしか思ってなかったはずでは……?」

「……それについて、ひとつ仮説がある」

「仮説?」

「……リリィは、童顔マッチョが好み……!」

「な、なんですって!?」

「私たちが前に“マッチョなラック”を想像したとき、リリィだけ頬を赤らめてた……あれが証拠」

「た、確かに……」

「つまり、今のムキムキラックこそが、リリィの理想の男!」

「な、なんという衝撃事実ーーーーっ!?」


 シキの分析に、ティアが思わず叫ぶ!


「……リリィさんって、意外と趣味悪かったんですね」

「……うん……」

「誰が“趣味悪い”ですって?」


「「っ!?」」


 気づけば、シキとティアの背後にリリィが立っていた。


「リ、リリィさん!? ど、どうして……」

「あんな大声で騒いでたら、聞こえるに決まってるでしょ……」

「不覚……」

「まったく、あんたたち、散々言いたい放題言ってくれたわね……」

「ご、ごめんなさいリリィさん! 本当に悪気はなかったんです!」

「……ごめん……」

「別に怒ってないわ。ただ、“趣味が悪い”って部分は撤回してほしいの。だって今のラック、とっても素敵なんだもん♪」


 リリィは両手で頬を押さえ、恥じらい混じりの笑顔を浮かべる。


「リリィ? 何してるのー?」

「なんでもないわ。ただティアとシキと話してただけ」

「そっか。じゃあ、せっかくだから皆で食べようよー!」

「いいわねそれ! ティア、シキ、行きましょう」

「……やっぱり、趣味悪いですよね」

「……同感」


 リリィに聞こえないよう、ふたりはひそひそと呟き合った。




 ――その頃、庭の一角にて。

「兄様、どうぞ召し上がってください」

「おお、これはまた美味そうだな」


 ロストとレティも、穏やかな昼食を楽しんでいた。


「うむ、美味い! やはりレティの料理は絶品だな!」

「ふふ、ありがとうございます、兄様……。そういえば、グレンさんたちからお手紙が届いたんですよね?」

「ああ。竜王国の飛竜便でな。どうやら今は、新婚旅行の真っ最中らしいぞ」

「まあ、素敵ですね……。私も、また兄様と一緒に旅行に行きたいな……」

「ははは、そのうちにな。今はこうしてレティと一緒に過ごす方が、俺にとっては何より幸せだ」


「兄様……えへへっ」


 優しく頭を撫でられ、レティはうれしそうに微笑む。

 そんな彼女の笑顔に癒されながら、ロストは穏やかな日常を、ゆったりと味わっていた。

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