元魔王、相も変わらず日常を満喫す
――ロストたちが竜王国から帰還してから、二週間が経過した。
ロスト家の裏庭。
そこではロストと、その弟子である勇者ラックが、巨大な三メートルの岩を前にして対峙していた。
「――いきます!」
ラックが両腕で岩をがっちりと抱え込む!
「おおおおおおおおおおおおおおっ!!」
気合の咆哮とともに、彼はついに大岩を持ち上げた!
「うむ、よくやったぞ、ラック」
「ありがとうございます、師匠!」
かつては二メートルの岩をようやく持ち上げていたラックが、日々の修練の果てに、ついに三メートルの岩を持ち上げるまでに成長したのだ。
「では、いつも通り――その状態を一時間、維持し続けるんだぞ」
「はい! 必ず成し遂げてみせます!」
ロストがその場を離れる中、大岩を持ち続けるラック。その姿を、陰から見守るふたつの人影があった。
「ラックさん、ついに三メートルの岩まで……」
「……どんどん人間じゃなくなっていく……」
姿を現したのは、勇者一行の仲間――ティアとシキだった。
「私たち、ここに来てもうずいぶん経つけど……ラックさん、もう魔王討伐する気なんてないんでしょうね」
「……もしかしたら、このままずっとここで暮らすことになるのかも……」
「まあ、それはそれで……悪くないかもしれないですね」
「うん……意外と過ごしやすいし」
彼らはロストたちの元で暮らすようになってから、畑仕事に精を出し、魔野菜と呼ばれる豊かな作物を食べ、以前よりも健康的な体つきになっていた。肌つやまで良くなっている。
「それに、レティさんの作るお菓子は絶品ですしね~♪」
「……それは本当に同感……」
レティの焼き菓子を思い浮かべて、涎を垂らすティアとシキ。
「でも、ちょっと気がかりなのは……王国のことですよね」
「……確かに。そろそろ新しい勇者の選定を始めてる頃かも」
「そういえば……リリィさんはどこに?」
「……レティと一緒に料理と……それから、おめかししてる」
「ああ……」
――一時間後。
「ふぅぅぅ……」
ついに岩を地面に下ろし、ラックはその場に座り込む。
そこへ、白いワンピースを身にまとった少女が、バスケットを手に歩いてきた。
「ラック、お疲れ様。これで汗、拭いて」
「リリィ、ありがとう」
そう、彼女は勇者一行の仲間であり、幼馴染でもあるリリィだった。
ラックはリリィから差し出されたタオルで額の汗をぬぐう。
「お腹空いたでしょう? サンドイッチ作ったの。食べて」
「ほんと!? 訓練の後は腹ペコだから、すっごく嬉しいよ!」
リリィが布製のシートを広げ、バスケットからサンドイッチの入った箱を取り出す。
「じゃあ、いただきまーす! ……うん、うまい! 野菜がみずみずしくて最高だよ!」
「ふふっ、喜んでもらえてうれしい。たくさんあるからどんどん食べてね♪」
リリィは穏やかに笑いながら、ラックの横顔を見つめる。そしてふと、彼の引き締まった腕に目をやった。
「ラック、ここに来てから本当にたくましくなったわね……」
かつては少年らしい細身の体だったラックも、今や腹筋が割れ、腕には筋肉がつき始めている。
「まだまだだよ。俺、絶対に師匠みたいに強くなるんだ!」
「ふふっ、いい心意気ね。でも無茶だけはしないでね」
「……リリィさん、完全にラックさんを狙ってますよね」
「……うん。あれは完全に“女の顔”……普段着ないような白のワンピース着てる時点で、確定」
「でもあのワンピース……どうやって手に入れたんでしょう?」
「……蟻人さんたちに作ってもらったって……」
「蟻人さんたち、優秀すぎでは……。それにしても、リリィさんってラックさんのこと、ただの“世話が焼ける幼馴染”くらいにしか思ってなかったはずでは……?」
「……それについて、ひとつ仮説がある」
「仮説?」
「……リリィは、童顔マッチョが好み……!」
「な、なんですって!?」
「私たちが前に“マッチョなラック”を想像したとき、リリィだけ頬を赤らめてた……あれが証拠」
「た、確かに……」
「つまり、今のムキムキラックこそが、リリィの理想の男!」
「な、なんという衝撃事実ーーーーっ!?」
シキの分析に、ティアが思わず叫ぶ!
「……リリィさんって、意外と趣味悪かったんですね」
「……うん……」
「誰が“趣味悪い”ですって?」
「「っ!?」」
気づけば、シキとティアの背後にリリィが立っていた。
「リ、リリィさん!? ど、どうして……」
「あんな大声で騒いでたら、聞こえるに決まってるでしょ……」
「不覚……」
「まったく、あんたたち、散々言いたい放題言ってくれたわね……」
「ご、ごめんなさいリリィさん! 本当に悪気はなかったんです!」
「……ごめん……」
「別に怒ってないわ。ただ、“趣味が悪い”って部分は撤回してほしいの。だって今のラック、とっても素敵なんだもん♪」
リリィは両手で頬を押さえ、恥じらい混じりの笑顔を浮かべる。
「リリィ? 何してるのー?」
「なんでもないわ。ただティアとシキと話してただけ」
「そっか。じゃあ、せっかくだから皆で食べようよー!」
「いいわねそれ! ティア、シキ、行きましょう」
「……やっぱり、趣味悪いですよね」
「……同感」
リリィに聞こえないよう、ふたりはひそひそと呟き合った。
――その頃、庭の一角にて。
「兄様、どうぞ召し上がってください」
「おお、これはまた美味そうだな」
ロストとレティも、穏やかな昼食を楽しんでいた。
「うむ、美味い! やはりレティの料理は絶品だな!」
「ふふ、ありがとうございます、兄様……。そういえば、グレンさんたちからお手紙が届いたんですよね?」
「ああ。竜王国の飛竜便でな。どうやら今は、新婚旅行の真っ最中らしいぞ」
「まあ、素敵ですね……。私も、また兄様と一緒に旅行に行きたいな……」
「ははは、そのうちにな。今はこうしてレティと一緒に過ごす方が、俺にとっては何より幸せだ」
「兄様……えへへっ」
優しく頭を撫でられ、レティはうれしそうに微笑む。
そんな彼女の笑顔に癒されながら、ロストは穏やかな日常を、ゆったりと味わっていた。




