元魔王、親友と雌雄を決すⅢ
「グレン、立てるか?」
「いってて……ああ、大丈夫だ……」
ロストが地面に倒れていたグレンの傍へと駆け寄り、肩を貸して起き上がらせる。
「……俺の負けか……」
「ああ、これで俺の五百五十二戦一勝、五百五十一引き分けってとこだな」
「……今それ言う必要あるか?」
「お前だって、勝ってたら絶対言ってただろ?」
「……言ってたな」
グレンを地面に座らせたロストも、隣に腰を下ろす。
「なぁ、ロスト……何で最後の手、グーにしたんだ?」
「ん? ああ、それは……」
ロストは頬をかきながら、少し照れたように答えた。
「本当はパーかチョキにするつもりだったんだけどな。……最後の勝負だと思ったら、つい力んじまって……」
「……ぷっ、ふはははははははははっ!」
グレンは一瞬ぽかんとした表情を浮かべた後、仰向けに倒れて大笑いした。
「な、何がそんなに可笑しいんだ!?」
「いや、なんか……お前らしいなって思ってさ……ふふっ……あーあ、負けちまったかー。でも、不思議と……悔しくないんだよな」
「そうか。お前が落ち込むんじゃないかって心配してたが、安心したよ」
「ああ、明日の結婚式も、胸張って迎えられそうだ」
「ふっ……グレン、改めて……結婚、おめでとう」
「ああ、ありがとう、ロスト」
ふたりはしっかりと握手を交わし、笑い合う。
「兄様ー!」
「ん? レティ?」
「レティさん? ……って、ヴィオラ!? なんでここに!?」
「あら、うちがおったらあかんの?」
レティがロストに駆け寄り、心配そうにその体を触れる。
「身体に……傷が……」
「心配いらないさ。こんなもん、一晩寝れば治る。それより……いつから見てたんだ?」
「えっと……兄様たちが“魔じゃんけん”始める前くらいから……」
「そうだったのか……」
「ご、ごめんなさい! 本当は部屋に戻ってろって言われてたのに……!」
「そんなの気にしなくていい。命令なんてした覚えはないからな」
ロストはそう言って、レティの頭をそっと撫でた。
「ヴィオラ、その……君も最初から?」
「うん、ずっとおったよ?」
「そ、それじゃあ……勝負の前に俺が言った、あのセリフも……?」
「『結婚する前に、お前との決着をつけておきたいんだ』ってやつ?」
「……聞かれてたかぁ〜……!」
グレンは頭を抱えて項垂れる。
「よりにもよって、婚約者にあんなこっ恥ずかしいセリフを聞かれてたなんて……」
「別に減るもんでもないやろ? ふふふ……」
「そういう問題じゃないんだよ……!」
ヴィオラはくすくすと笑いながら、グレンの隣にちょこんと腰を下ろす。
「なぁグレン。ロストはんに勝っときたかったのって、実はうちの昔のひと言が引っかかってたからやろ?」
「……な、何のことだ? 俺はただ、ロストと……」
「子供の頃、うちが『ロストはんに勝てなかったら、結婚してあげへん』って言ってから、グレン今まで以上にロストはんに勝負を挑むようになってなぁ」
「わあああああっ!? ヴィオラ! それは、人前で言うなって言っただろっ!」
「うふふふ……♪」
顔を真っ赤にして取り乱すグレンを見て、ヴィオラは楽しそうに笑う。
「……そういや、あの時期だけ妙に熱心だったな。なるほど、そういう理由だったのか」
「ち、違う! 俺はそんな不純な理由で勝負してたわけじゃ……!」
「グレン……うちと結婚したいって気持ちが“不純”やったん? うち、悲しいわぁ……」
「そ、そういう意味じゃなくてだな!? ああもう、頭がこんがらがってきた……!」
「うふふふふ♪ ごめんってぇ……でもね、グレン。さっきの勝負、すっごくかっこよかったよ……惚れ直したわぁ♡」
「……ありがとな、ヴィオラ」
グレンは優しく微笑むと、自分の尻尾をヴィオラの尻尾と絡ませた。
「さて、とにかく勝負も終わったし……明日も早いから、そろそろ戻るか。なぁ、レティ?」
「はい、帰りましょう、兄様」
こうして、ロストたちは夜の訓練場を後にし、それぞれの部屋へと戻っていった――
――その頃、ゼノムの自室では。
「えへへ〜♪ ゼーノームーちーん♪」
「はぁっ……はぁっ……!」
ラピスが刺激的すぎる寝間着姿でにじり寄り、ゼノムは殺気を纏いながら戦闘態勢を取っていた。
「どうして逃げるの〜?」
「……逆に聞きますが、そっちこそ何でこんな時間に来たんですか!?」
ゼノムが苛立ちを隠さず問い詰めると、ラピスは両手で頬を包み込みながら、にっこりと微笑んだ。
「だって明日、お兄ちゃんとお義姉ちゃんの結婚式でしょ〜? ワクワクしすぎて眠れなくなっちゃって……で、ゼノムちんのところに行こうかな〜って♡」
「……まぁそこまでは理解します。が! その格好はどう見ても理解できません!」
「だってぇ〜、私たち婚約者でしょ? 夜に婚約者同士が会うって言ったら……ねぇ?」
「何度言ったらわかるんだ! 私とお前は婚約者でも何でもないっつってんだろうがぁ!」
「もう、いけず〜♡ でもそんなゼノムちんが大好き♡」
「……くっ、はぁ……」
ゼノムはこめかみに青筋を浮かべ、疲れたように深いため息をついた。
「えへへぇ……ゼノムちぃん……この昂りを、鎮めさせてぇーー!!」
ラピスが翼を広げ、飛びかかってくる!
「お前なんかに奪われてたまるかぁぁぁっ!! 私の初めては……兄上に捧げるんだぁぁぁぁぁぁぁ!!」
――ロストとグレンの戦いの陰で、もう一つの“死闘”が、人知れず繰り広げられていた――




