元魔王、親友と雌雄を決すⅡ
「――あ、あわわわわ……!」
訓練場の入り口の傍に、レティの姿があった。
実はあの後、ロストたちの様子がどうしても気になって、こっそり後をつけてきたのだ。
「ど、どうしよう……。兄様とグレン様が、本気で喧嘩しようとしてる……。兄様が怪我をするのも嫌だけど、グレン様に何かあったら……明日の結婚式、中止になっちゃうかも……!」
「勝敗の条件は?」
「無論、あの時と同じ。一回勝負だ!」
「……分かった」
ロストとグレンがゆっくりと背を向け、互いに歩き出す。そして、一定の距離を取ったところで立ち止まり、再び対峙した。
「や、やっぱり止めなきゃ……! 兄さ――もごっ!?」
止めようと声を上げかけたレティの口を、突然、誰かの手が塞いだ。
「もご、もごご……!?(な、なに……!?)」
「しーっ……レティちゃん、静かに。勝負に水差したらあかんよぉ?」
「も、もごごごん!?(ヴィ、ヴィオ……!?)」
レティの口を塞いだのは、グレンの婚約者、ヴィオラ・フォルテだった。
「手ぇ放すから、静かに小声で話してな?」
「ぷはっ……! ヴィオラさん!? どうしてここにいるんですか?」
「ん〜……勘、かなぁ?」
ヴィオラは右目をウィンクさせて、お茶目に笑った。
「勘って……す、すごいです……」
「ふふっ、冗談やって〜。ほんまはな、明日が楽しみすぎて寝られへんかったんよ。それでぼーっと窓の外見てたら、ちょうどグレンたちが出てくとこ見かけてな。気になって、こっそりついてきたんよ」
「そうだったんですね……。でも、どうして止めないんですか? グレン様が怪我でもされたら、明日の結婚式が――」
「大丈夫。あの二人、殴り合いなんかせぇへんよ」
「えっ? でも、さっき『拳と拳の戦い』って……?」
「ふふっ、それは今から分かるさかい。しっかり見ときや」
「はぁぁぁぁぁぁぁ……!」
「ぉぉぉぉぉぉぉぉ……!」
レティとヴィオラが物陰から静かに様子を伺う中、訓練場ではロストとグレンが、気迫に満ちた気合いをぶつけ合っていた――。
「……準備はいいか? グレン!」
「ああ……! 行くぞ、ロスト!」
ロストとグレンが拳を引いて構えを取ると、二人の拳にそれぞれのオーラが凝縮されていく。集まったオーラは濃密すぎて視認できず、まるで拳に霞がかかったようだった。
「じゃん……」
「けん……」
「……え? これってまさか、じゃんけん――」
「《ぽぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉんっっ!!!》」
レティの言葉が終わるより早く、ロストとグレンが同時に正拳突きを繰り出した。その瞬間、拳に集まっていたオーラが前方へと弾け飛ぶ!
放たれたオーラは空中で急速に膨張し、直径一メートルほどの球状へと成長。そして訓練場の中央で激突したその一瞬、二つのオーラは互いの形を変え――“グー”の形となった!
数秒に渡るぶつかり合いの末、オーラの拳は炸裂し、凄まじい衝撃波を生み出してロストとグレンを直撃した。
「くぅぅっ……!」
「ぬぅぅぅぅ……!」
衝撃波に押され、二人は一歩ずつ後退する。それでもすぐに踏みとどまり、何事もなかったかのように睨み合った。
「あいこか……ふっ。思い出すな、あの時も最初はあいこだった」
「ああ……だが今はあの頃よりもお互いに成長した。そのせいか、あいこでもこの威力……想像以上だな」
「どうした、びびってやる気をなくしたか? グレン」
「まさか……むしろ燃えてきたぞ!」
「それでこそ、俺の親友だ!」
二人は再び拳を構え、再びオーラが集まっていく。
「ヴィ、ヴィオラさん……兄様たちの拳から、何かが……!」
「レティちゃん、初めて見るんやな。あれが“魔じゃんけん”や」
「魔じゃんけん……?」
魔じゃんけん――それは、自らの魔力を拳に集中させ、“グー”、“チョキ”、“パー”のいずれかの形に変えて撃ち出し、勝敗を決する特殊な勝負法。
拳に魔力が集まりきることで、外見では形が判別できず、さらに空中でぶつかるまで結果がわからないという特性から、選択と運が勝敗を分けるとされる。
太古の時代、魔族たちの間で盛んに行われていたこの競技は、ただの遊びではない。魔力の放出には膨大なエネルギーを必要とし、勝負に負ければ敵の魔力衝撃を、あいこの場合には自ら放った魔力の反動を全身で受けることになる――極めて過酷な戦いなのだ。
「行くぞ! あいこで――」
「しょぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
再び拳からオーラが撃ち出され、中央で激突する!
オーラが変形し、互いの手の形が浮かび上がる。
またもや、グー同士のあいこ!
オーラが弾け、衝撃波が二人を襲う!
「っ……! まだまだぁっ!」
「あいこで、しょぉぉぉぉぉっ!」
間髪入れずに次のオーラを拳から放つ二人。
再びオーラが変形し、手の形が現れる。
三度目のグー! またしてもあいこ!
「くぅぅっ!」
「ちぃっ……!」
三たび衝撃波が炸裂し、激しく体を揺らす。
「……お前も三連続でグーを出すとはな……」
「お前こそな……まったく、考えることが同じか……」
二度続けてグーであいこになったとき――次に相手が何を出すかを読むのが勝負の鍵だ。
単純に考えれば三度目もグー。しかし、それを読んでパーを出す者もいる。
だが、さらにそれを読んでチョキを出せばパーに勝てる。
――ならば、あえてもう一度グーで行く……!
ロストとグレンは、同じ読みと戦術を巡らせていた。
「ふぅっ……さすがに三連続のあいこはキツいな……」
「まったくだ……でも、お互い強くなった証でもある」
「……ふふっ」
「……はははっ」
「「ハハハハハハハハハハハハハハ!!」」
二人は爆笑しながら、お互いの拳を見つめ合った。
「さあ、勝負を続けようぜ! グレン!」
「応! あいこで――」
「しょぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
四度目の勝負! 二人の拳が形を成す――
チョキ! またしても、あいこ!
「うおおおおおおおっ!!」
「はあああああああっ!!」
その後もパー、チョキ、グー……
何度あいこになろうとも、ロストとグレンは魔じゃんけんを止めない!
「ヴィオラさん! 兄様たちを止めないと……!」
「それはあかんよ、レティちゃん。あの勝負だけは、止めたらあかん」
「でも……! このままじゃ、兄様もグレンさんも危険です……!」
「魔じゃんけんで魔力が枯れても、最悪は気絶するだけ。あの二人なら、あの程度の傷で済むはずや」
「それでも“万が一”があるかもしれません! グレン様が心配ではないんですか!?」
「……もちろん、心配やよ」
ヴィオラは戦うグレンをじっと見つめた。
「あの二人は仲良しやけど……どっちも負けず嫌いやろ? どうしても決着をつけたいんよ。結婚前に白黒つけたいって思っとるんやろなぁ……それが、男の矜持ってやつや」
「男の、矜持……」
「まあ、それだけが理由やないやろけどな……ふふふっ」
「?」
「グレンが勝ちたいように、うちもグレンには勝って欲しいんや……レティちゃんはどう思う?」
「わ、私は……できれば、兄様に勝って欲しいなって……」
「ふふっ。それならここで、応援しよか。――お互いの、大切な人を」
「はぁっ……はぁっ……」
「ふぅー……」
あれから三十回以上、あいこが続いた。
二人はすでに、心身ともにボロボロだった。
「……そろそろ魔力の限界、か……」
「ああ……そうだな」
グレンは右拳を握り締め、叫ぶ。
「次で最後だ……俺たちの勝負に、決着をつけるぞ、ロスト!」
「来い……グレン!」
互いに拳を構え、数秒間の沈黙。
そして――
「あい……」
「こで……」
「「しょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっ!!!」」
全身全霊の魔力を拳に込め、二人が放つ最後の一撃!
衝突する魔力、変わる形――!
――グレンは、「次で最後」と宣言し、拳を握って叫んだ。
ある説によれば、感情的な人間はグーを出しやすいという。
もし、あの叫びが本心からのものならば、グレンはグーを出す可能性が高い。
だが、あの叫びが“演技”だったとしたら?
そう、グレンは感情を演じることで、ロストに「グーを出すはず」と思わせたのだ!
その上で、彼が出したのは――チョキ!
対するロストの手は――
「――グー、だとぉっ!?」
ロストが出したのは、読みを超えたグーだった!
拳の形をした魔力の塊が、グレンのチョキを弾き飛ばす!
「ぐおおおおおおおおおおおっ!!」
吹き飛ばされたグレンは訓練場の壁に激突し、そのまま地面に崩れ落ちた。
「……俺の勝ちだ、グレン」
こうして、ロストとグレン。
二人の十数年に及ぶ長き戦いに――ついに、決着がついた。




