元魔王、親友と雌雄を決すⅠ
――日が落ち、食事を終えたロストが部屋でゆったりとくつろいでいると、扉がノックされ、小さく声が響いた。
「兄様、私です」
「おお、レティか……開いている。入っていいぞ」
そっと扉が開き、レティが部屋に入ってくる。そして迷いなくロストの隣へと歩み寄った。
「今日も、月を眺めておられたんですか?」
「ああ。今夜も月は、綺麗だな」
「月のウサギさんたち、今日も元気に餅つきをしてるんでしょうかね?」
「ああ。きっと今夜も楽しくぺったんぺったんやっているさ」
二人は顔を見合わせ、柔らかく笑い合った。穏やかな空気が部屋を満たす。
「明日のグレン様たちの式、どんな感じなんでしょう? 結婚式の知識はあるんですけど、実際に見るのは初めてで……でも、きっと素敵なものに違いありませんよね!」
「ああ、そうだな。とても――素敵なものだ」
「私、すごく楽しみなんです」
レティが瞳を輝かせて笑みを浮かべる。その表情に、ロストはふと目を細め、左手をそっと彼女の頬に添えた。そして、顔を近づける。
「え……?」
「……やはり、レティにはその笑顔がいちばん似合っている」
優しく微笑む兄の言葉に、レティの顔が見る間に真っ赤になっていく。頭から湯気が出そうなほどに、真っ赤に。
「あ、あに、兄様……」
――ドンドンッ! ドンドンッ!
突如、扉が強く叩かれた音が室内に響いた。
「ん? 誰だ?」
ロストはレティから離れて立ち上がり、扉の前へ向かう。
「ロスト、起きているか?」
「その声は……グレンか?」
扉を開けると、そこには夜の空気をまとったグレンの姿があった。
「グレン、こんな夜更けにどうした?」
「ああ……ちょっと、お前に話があってな」
そう言いながらグレンは室内を覗きこみ――レティの姿を認めた。その顔が赤く染まり、固まっているのを見て、グレンは何かを察したように一瞬たじろいだ。
「す、すまない……なんか邪魔したみたいだな」
「? いや、別に何も……」
「そ、そうか? なら……改めて」
グレンはひとつ咳払いをし、今度は真剣な表情で口を開いた。
「ロスト、一対一で話したいことがある。悪いが、少し付き合ってくれないか?」
「……わかった。レティ」
「は、はひっ!?」
レティはまるで弾かれたように動き出し、素っ頓狂な声を上げる。
「俺はグレンと少し話してくる。悪いが、部屋に戻っていてくれ」
「は、はい……わかりました」
「じゃあ、行こうか。グレン」
二人は並んで部屋を後にし、静かな廊下を歩いていった。
――そしてしばらく後、ロストとグレンは竜王城の一角にある訓練場のひとつへと辿り着いていた。
「それで? 話ってなんだ?」
ロストが地面に胡坐をかいて座ると、グレンも隣に腰を下ろし、ぽつりと語り始める。
「……明日、俺はヴィオラと結婚する」
「……何をいまさら。当たり前だろ? まさか……結婚したくなくなったとか?」
「まさか。それはない。ただな……今日が、独り身最後の夜だと思うと、どうにも眠れなくてな」
「ふふ、それは緊張してるだけだろう」
「ああ、それもあるな」
軽口を交わしながら、二人は微笑を浮かべる。幼い頃からの、馴染んだやり取りだった。
「……覚えているか? 俺たちが最初に勝負した、この場所を」
「もちろんだ。お互いの母親にこっぴどく叱られて、勝負は引き分けになったんだよな」
「ああ。あれから、俺たちは会うたびに勝負を重ねた。何度も、何度も……だが、いつも結果は――引き分けだった」
グレンは立ち上がり、訓練場の中心にゆっくりと歩み出る。そして、振り返りざまに拳を握りしめ、宣言した。
「だが、明日ヴィオラと夫婦になる前に……お前との決着をつけておきたいんだ!」
「グレン……!」
「勝負だ、ロスト! 最初のあの日と同じ――拳と拳で!」
その言葉にロストも立ち上がり、勢いよく上着を脱ぎ捨てた。
「……いいだろう。その勝負、受けて立つ!」
二人の男が向き合う。拳を握りしめ、言葉ではなく拳で語り合う――そんな古き誓いを果たす夜が、静かに始まろうとしていた。




