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魔王、辞めます。  作者: 稲生景


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38/50

元魔王、両親と再会すⅠ

 ――翌朝。ロストたちはダイニングルームで朝食を楽しんでいた。


「兄様、この“肉竜まん”って食べ物、本当に美味しいですね!」

「うむ。中から溢れ出す肉汁が絶品だ」

「ハハハハハ! レティさんに気に入ってもらえて何よりだよ!」


 ロストたちが食べている“肉竜まん”は、竜王国で定番の朝食メニューの一つだ。魔小麦粉と数種類の食材を混ぜて発酵させた生地で、良質な肉を包み込み、蒸して仕上げる。もっちりとした皮と濃厚な肉汁のハーモニーが、老若男女に愛されている。


 そのバリエーションも豊かで、甘い餡を包んだ「餡竜まん」、魚介の旨味が詰まった「海竜まん」なども人気だ。


「はふはふ……ちょっと熱いけど、つい手が止まらなくなっちゃいますね~♪」

「レティ、美味しいのは分かるが、夢中になりすぎて口元が汚れているぞ。ほら、こちらを向いて」


 そう言ってロストはナフキンを手に取り、レティの口元を優しく拭った。


「あ、ありがとうございます、兄様……」


 レティは少し赤くなった頬を隠すように、はにかみながらお礼を言う。


「……」


 その微笑ましいやり取りを、食卓の端で黒いオーラを纏いながら見つめる影があった。――ゼノムである。


 その顔はややげっそりとしており、目の下には薄い隈が見える。


「どうしたの、ゼノムちん? 寝不足?」

「……ええ、貴女のせいでね」

「私の? もしかして……私のことが気になって眠れなかったとか~? もぉ~ゼノムちんったらぁ~、そんなに想ってくれるなら、私が……♡」

「……」


 ラピスが身をくねらせながら艶めかしく迫るが、ゼノムはそれを完全に無視し、ただ静かに魔茶を啜るのであった。


 * * *


 朝食を終え、昼を少し過ぎた頃――。


 ロストはグレンとの勝負のため訓練場へと向かっており、レティは蟻人たちと庭園で談笑していた。


「今日……兄様のお父様とお母様が来られるんですよね。うぅ……なんだか急に緊張してきました……」


 レティが手を胸元で組み、落ち着かない様子でつぶやく。


「レティ様、そこまで緊張しなくても大丈夫ですよ」

「自然体でいけば、きっと上手くいきます」

「そうそう、深呼吸、リラ~ックスですよ~」


 蟻人たちが優しい声で励まし、レティの不安を和らげようとする。


「リラックス……深呼吸、ですね……ありがとうございます。少し気が楽になりました」

「それは良かったです」

「でもやっぱり……心配です。兄様のお父様とお母様に気に入ってもらえなかったら、どうしよう……」

「いやいや、そんなこと絶対ないですよ」

「だな。むしろ間違いなく気に入られて、可愛がられるパターンだろ」

「奥方様は特に、可愛いものに目がないからね~♪」


 その言葉に、周囲の蟻人たちは声を揃えたように大きく頷いた。


「皆さん、兄様のご両親のことを話していると、本当に楽しそうですね」


 レティがそう言うと、蟻人たちは顔を見合わせて、穏やかな笑みを浮かべた。


「楽しい……そうかもしれませんね」

「私たちにとって、あの方々は命の恩人でもありますから」

「命の恩人……ですか? それって……」


 レティが首を傾げて尋ねかけたその時――


「ガルォォォォォォォォォォォ!!」

「キュルォォォォォォォォォォン!!」


 突如、空から竜の咆哮が響いた。


 見上げた空には、金色と白銀、二体の巨大な竜が優雅に飛来し、中庭へとゆっくり降下していた。


「あれは……キンとギン! ということは……」

「ああ。来たようだな」

「ってことは、あの竜たちの背に……兄様のご両親が!?」

「その通りですよ~」

「レティ様、参りましょう」


 蟻人たちに促され、レティは中庭へと向かった。






 中庭に降り立った金と銀の竜の背から、人影が二つ、優雅に地面へと舞い降りる。


 一人は銀髪を三つ編みにした気品ある女性。黒いドレスを纏い、端整な顔立ちに柔らかな微笑を浮かべている。

 もう一人は、二メートルを超える巨体を誇る黒髪の男。オールバックに鋭い眼光、強面ながら威厳に満ちた雰囲気を纏っていた。


「よくやってくれた、キン、ギン。しばらくゆっくり休むといい」


 女性の言葉に、夫婦竜であるキンとギンが満足げに鳴き声を上げる。


「ガルド様ー! グレゴリア様ー!」


 中庭に到着した蟻人たちとレティが、二人に駆け寄った。


「おお、お前たちか! 久しぶりだな。元気にしていたか?」

「はい、おかげさまで」

「お二人もお変わりなくて何よりです」

「お会いできて嬉しいです~♪」

「そうかそうか、それは良かった。私も、お前たちに会えて嬉しいぞ。ところで……ロストたちはどこに?」

「ロスト様はグレン様と勝負中です。ゼノム様は、おそらく自室で休んでおられるかと……」

「ふむ……あれは?」


 グレゴリアの視線が、レティに注がれる。


「あっ、あの……初めまして、わたし……」

「おお。この子がそうなのか?」

「はい。こちらがレティ様です」


 蟻人の紹介を受けて、グレゴリアがレティのもとに歩み寄る。


「初めまして、レティちゃん。私はロストとゼノムの母、グレゴリア・モナーク。そして、あちらの大きな男が、夫のガルド・モナークよ」


 そう言って、グレゴリアは凛とした笑みを浮かべた。



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