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魔王、辞めます。  作者: 稲生景


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36/50

元魔王一行、竜王城でくつろぐⅢ

 ロストとグレンは浴衣姿で廊下を歩いていた。


「むぅ……結局、今回も引き分けだったな」

「ああ、まさかラケットが耐え切れず砕けてしまうとは……良い勝負だったのに」


 大浴場から出たあと、二人は“魔卓球”と呼ばれる遊戯で勝負を繰り広げていた。

 魔卓球とは、木製のラケットと玉を使って行う競技で、古くは上流階級の間で楽しまれていた由緒ある遊びである。


「ロスト、結婚までには必ずケリをつけてやるぞ!」

「望むところだ!」


 そのとき、背後から浴衣姿のレティとラピスが現れた。


「兄様~」


「おお、レティ。風呂はどうだった?」

「はい、とっても広くて……すごかったです。ただ……ラピス様たちが、その……」


 レティは大浴場での出来事を思い出し、頬を染めて俯いた。


「ん? どうした、レティ?」

「ラピス……まさかまたレティに迷惑をかけたのか」

「あ、あはは~、ちょっとやりすぎちゃって……でも一緒にいたお母さんもノリノリだったんだよ~?」

「母上まで……まったく、あの人は……」


 グレンは大きくため息をついた。


「それにしても……」


 ロストがレティを見つめる。


「兄様? 私、何か変ですか?」

「いや、浴衣姿だと普段よりもずっと大人びて見える。よく似合っているぞ」

「あ、兄様……ありがとうございます」


 ロストに褒められて、レティは顔を赤らめながらも、嬉しそうに微笑んだ。


「ヒューヒュー! ロストちんとレティちん、ラブラブだね~♪」

「茶化すな」

「お兄ちゃんも、あんなふうにヴィオラちゃんに自然に言えたらいいのにね~?」

「よ、余計なことを言うな!」


 グレンはラピスの頭に軽くチョップを落とした。


「グレン様、ラピス様。こちらにいらっしゃいましたか」


 そこへ一人の使用人がやってきた。


「お食事の準備が整いましたので、お呼びに参りました」

「ご苦労。ロスト、レティさん、食事だ。行こう」

「うん」

「竜王国のお食事……一体どんな料理が出てくるのでしょうか?」

「むふふ~♪ レティちん、美味しすぎてほっぺた落ちちゃうかもよ~?」

「えっ、そんなに!? 楽しみです!」


 一行はダイニングルームへと向かって歩き出した。


「とっても広いですね……うちのリビングの何倍あるんでしょうか……」


 ダイニングルームに到着し、レティは部屋を見渡した。

 中央には豪華なダイニングテーブルが設置されており、すでにバジュラ王とルピア王妃、ゼノム、ロウズ、そして数人の蟻人たちが着席して待っていた。


「ハハハハハハ! よく来たな。好きな席に座るといい」


 バジュラ王の言葉に従い、ロストたちはそれぞれ席についた。


「レティ、俺の隣に座れ」

「はい」


 ロストの隣にレティ、その隣に蟻人たちという並びとなった。


「なんだか、いつもの座り方の横並びバージョンだな」

「まぁ、それが一番安定する配置だろう」

「慣れたポジションが落ち着くってもんだよね~」

「料理、楽しみだな、レティ」

「はい、兄様」


 ロストの言葉に、レティはにっこりと微笑んで応じた。


 そんな二人のやりとりを、真正面から嫉妬に満ちた眼差しで見つめる男がいた。ゼノムである。


「やっぱり、恋人同士は隣に座るのが一番だよね~♪」

「……兄上とあの娘は、恋人ではありませんよ」


 隣で茶化すラピスの言葉に、ゼノムの額にはピキピキと青筋が浮かぶ。


「私たちのことを言ってるんだよ、ゼノムちん♪」

「……私はあなたと恋人のつもりはありませんが」

「ごめーんごめーん、婚約者だったよね~♡」

「……はぁ……」


 ゼノムは深いため息をついた。


「ハハハハハハハ! 相変わらず仲が良いようだな! ゼノム君、君さえよければ、ラピスを妻に迎えても構わんぞ」

「失礼ながら、バジュラ王。私はこの者と結婚するつもりは――」

「ありがとう、お父さん! 私たち絶対、幸せになるね~!」


 笑顔で抱きつこうとするラピスの顔を、無言で手のひらで押さえるゼノム。

 そして、その様子を見ながら胃を押さえるロウズの姿があった。


「お待たせいたしました。お料理をお持ちしました」


 数分後、数人の使用人たちが料理を運んで来て、それぞれの席に丁寧に配膳していく。


「これは……円形の容器? 一体……?」


 レティが首を傾げると、隣に座っていた蟻人のひとりが丁寧に説明をした。


「レティ様、それは“蒸籠せいろ”と申しまして、食材を蒸して調理するための容器でございます」

「蒸すんですか? なるほど……初めて見ました」


「ハハハハハハハ! これぞ我が竜王国の名物料理――『竜泉蒸し』だ!」


 使用人たちが蒸籠せいろを開けると、湯気の向こうに、彩り豊かな野菜と魚介類が、ほどよい大きさに切り分けられて盛られていた。


「うわぁ……美味しそう……!」

「このお皿に、お好きなものを取って召し上がってください」

「さあ、遠慮はいらんぞ。たんと食べてくれたまえ!」

「それでは……いただきます」


 バジュラ王の言葉を合図に、ロストたちは食事を始めた。


「ん~♪ このお野菜、甘くてほんとに美味しいです♪」

「レティちんが気に入ってくれて、何よりだよー♪」

「うむ。何度食べても美味いな、竜泉蒸しは」

「温泉の地熱を活かした調理法――その土地ならではの味というのが、また良いですね」

「ほんとほんと。身体がぽかぽかしてくる感じがするよね~」


 和やかに食事を進める一同。その味と香りに、自然と頬も緩んでいく。


 時が流れ、全員が料理を食べ終えると、再び使用人たちが現れ、今度はデザートを運んできた。


「これって……プリンですよね?」

「ただのプリンじゃないよ、レティちん。これは温泉の蒸気で丁寧に蒸した、名物の“竜泉プリン”なんだよ~♪」

「竜泉プリン……いただきます」


 レティはスプーンでひとすくいし、そっと口に運ぶ。


「……!」


 その瞬間、レティの瞳が大きく見開かれ、ぱあっと輝いた。


「美味しいっ……! 上のカラメルがちょっぴりほろ苦くて、それがプリンの甘さを引き立てて……ん~……すごく幸せな気分になります~……」

「ふふ、うむ。いつにも増して、レティの笑顔が愛らしいな……」


 ロストはそんなレティの表情を見つめ、ふと思いついたように微笑む。


「そうだ、レティ。ちょっとこっちを向いてくれ」

「えっ?」


 不思議そうに顔を向けるレティ。するとロストは、自分のプリンをすくい、レティの目の前に差し出した。


「ほら、“あーん”」

「あ、兄様っ!?」


 その意図を察したレティの顔が、みるみる真っ赤に染まる。


「レティの幸せそうな顔が、もっと見たいんだ。ほら、口を開けて」

「で、でも……み、みんな見てますし……こんな場で、はしたなくないですか……?」


 そわそわと周囲を気にするレティに、朗らかな笑い声が飛んだ。


「ハハハハハッ! 本当に仲が良いな、ロスト君たちは! なあルピア、私にもプリンを食べさせてくれないか?」

「もー、しょうがないわねバジュラは~。はい、あーん♡」


 バジュラ王とルピアまでもが、“あーん”を始めてしまったのを見て――


「父上……」


 グレンは深いため息をついた。


「バジュラ王も気にしてないようだ。ほら、レティ、もう一度。“あーん”」

「うぅ……あ、あーん……」


 レティは恥じらいながらも口を開け、スプーンを受け入れた。


「美味いか?」

「……はい、とっても美味しいです」

「そうかそうか。じゃあもう一口、あーん」

「あ、あーん……」


 レティは嬉し恥ずかしの表情を浮かべながら、ロストに何口もプリンを食べさせてもらうのだった。





 兄上に“あーん”するだけでなく、“あーん”してもらえるとは……

 ……な、なんという贅沢……ッ! 羨ましすぎるぅぅぅぅぅぅぅぅ……!


 ゼノムはそう心の中で絶叫しながら、下唇を噛みしめ、周囲にどす黒いオーラを漂わせていた。


「も~、ゼノムちんも羨ましいなら言えばいいのにー。ほら、食べさせてあげるよー♪」

「……いらん」


 血がにじむほど唇を噛みしめるゼノムの隣で、ロウズは胃の痛みを覚え、思わずそっと腹を押さえるのだった。

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