元魔王一行、竜王城でくつろぐⅢ
ロストとグレンは浴衣姿で廊下を歩いていた。
「むぅ……結局、今回も引き分けだったな」
「ああ、まさかラケットが耐え切れず砕けてしまうとは……良い勝負だったのに」
大浴場から出たあと、二人は“魔卓球”と呼ばれる遊戯で勝負を繰り広げていた。
魔卓球とは、木製のラケットと玉を使って行う競技で、古くは上流階級の間で楽しまれていた由緒ある遊びである。
「ロスト、結婚までには必ずケリをつけてやるぞ!」
「望むところだ!」
そのとき、背後から浴衣姿のレティとラピスが現れた。
「兄様~」
「おお、レティ。風呂はどうだった?」
「はい、とっても広くて……すごかったです。ただ……ラピス様たちが、その……」
レティは大浴場での出来事を思い出し、頬を染めて俯いた。
「ん? どうした、レティ?」
「ラピス……まさかまたレティに迷惑をかけたのか」
「あ、あはは~、ちょっとやりすぎちゃって……でも一緒にいたお母さんもノリノリだったんだよ~?」
「母上まで……まったく、あの人は……」
グレンは大きくため息をついた。
「それにしても……」
ロストがレティを見つめる。
「兄様? 私、何か変ですか?」
「いや、浴衣姿だと普段よりもずっと大人びて見える。よく似合っているぞ」
「あ、兄様……ありがとうございます」
ロストに褒められて、レティは顔を赤らめながらも、嬉しそうに微笑んだ。
「ヒューヒュー! ロストちんとレティちん、ラブラブだね~♪」
「茶化すな」
「お兄ちゃんも、あんなふうにヴィオラちゃんに自然に言えたらいいのにね~?」
「よ、余計なことを言うな!」
グレンはラピスの頭に軽くチョップを落とした。
「グレン様、ラピス様。こちらにいらっしゃいましたか」
そこへ一人の使用人がやってきた。
「お食事の準備が整いましたので、お呼びに参りました」
「ご苦労。ロスト、レティさん、食事だ。行こう」
「うん」
「竜王国のお食事……一体どんな料理が出てくるのでしょうか?」
「むふふ~♪ レティちん、美味しすぎてほっぺた落ちちゃうかもよ~?」
「えっ、そんなに!? 楽しみです!」
一行はダイニングルームへと向かって歩き出した。
「とっても広いですね……うちのリビングの何倍あるんでしょうか……」
ダイニングルームに到着し、レティは部屋を見渡した。
中央には豪華なダイニングテーブルが設置されており、すでにバジュラ王とルピア王妃、ゼノム、ロウズ、そして数人の蟻人たちが着席して待っていた。
「ハハハハハハ! よく来たな。好きな席に座るといい」
バジュラ王の言葉に従い、ロストたちはそれぞれ席についた。
「レティ、俺の隣に座れ」
「はい」
ロストの隣にレティ、その隣に蟻人たちという並びとなった。
「なんだか、いつもの座り方の横並びバージョンだな」
「まぁ、それが一番安定する配置だろう」
「慣れたポジションが落ち着くってもんだよね~」
「料理、楽しみだな、レティ」
「はい、兄様」
ロストの言葉に、レティはにっこりと微笑んで応じた。
そんな二人のやりとりを、真正面から嫉妬に満ちた眼差しで見つめる男がいた。ゼノムである。
「やっぱり、恋人同士は隣に座るのが一番だよね~♪」
「……兄上とあの娘は、恋人ではありませんよ」
隣で茶化すラピスの言葉に、ゼノムの額にはピキピキと青筋が浮かぶ。
「私たちのことを言ってるんだよ、ゼノムちん♪」
「……私はあなたと恋人のつもりはありませんが」
「ごめーんごめーん、婚約者だったよね~♡」
「……はぁ……」
ゼノムは深いため息をついた。
「ハハハハハハハ! 相変わらず仲が良いようだな! ゼノム君、君さえよければ、ラピスを妻に迎えても構わんぞ」
「失礼ながら、バジュラ王。私はこの者と結婚するつもりは――」
「ありがとう、お父さん! 私たち絶対、幸せになるね~!」
笑顔で抱きつこうとするラピスの顔を、無言で手のひらで押さえるゼノム。
そして、その様子を見ながら胃を押さえるロウズの姿があった。
「お待たせいたしました。お料理をお持ちしました」
数分後、数人の使用人たちが料理を運んで来て、それぞれの席に丁寧に配膳していく。
「これは……円形の容器? 一体……?」
レティが首を傾げると、隣に座っていた蟻人のひとりが丁寧に説明をした。
「レティ様、それは“蒸籠”と申しまして、食材を蒸して調理するための容器でございます」
「蒸すんですか? なるほど……初めて見ました」
「ハハハハハハハ! これぞ我が竜王国の名物料理――『竜泉蒸し』だ!」
使用人たちが蒸籠を開けると、湯気の向こうに、彩り豊かな野菜と魚介類が、ほどよい大きさに切り分けられて盛られていた。
「うわぁ……美味しそう……!」
「このお皿に、お好きなものを取って召し上がってください」
「さあ、遠慮はいらんぞ。たんと食べてくれたまえ!」
「それでは……いただきます」
バジュラ王の言葉を合図に、ロストたちは食事を始めた。
「ん~♪ このお野菜、甘くてほんとに美味しいです♪」
「レティちんが気に入ってくれて、何よりだよー♪」
「うむ。何度食べても美味いな、竜泉蒸しは」
「温泉の地熱を活かした調理法――その土地ならではの味というのが、また良いですね」
「ほんとほんと。身体がぽかぽかしてくる感じがするよね~」
和やかに食事を進める一同。その味と香りに、自然と頬も緩んでいく。
時が流れ、全員が料理を食べ終えると、再び使用人たちが現れ、今度はデザートを運んできた。
「これって……プリンですよね?」
「ただのプリンじゃないよ、レティちん。これは温泉の蒸気で丁寧に蒸した、名物の“竜泉プリン”なんだよ~♪」
「竜泉プリン……いただきます」
レティはスプーンでひとすくいし、そっと口に運ぶ。
「……!」
その瞬間、レティの瞳が大きく見開かれ、ぱあっと輝いた。
「美味しいっ……! 上のカラメルがちょっぴりほろ苦くて、それがプリンの甘さを引き立てて……ん~……すごく幸せな気分になります~……」
「ふふ、うむ。いつにも増して、レティの笑顔が愛らしいな……」
ロストはそんなレティの表情を見つめ、ふと思いついたように微笑む。
「そうだ、レティ。ちょっとこっちを向いてくれ」
「えっ?」
不思議そうに顔を向けるレティ。するとロストは、自分のプリンをすくい、レティの目の前に差し出した。
「ほら、“あーん”」
「あ、兄様っ!?」
その意図を察したレティの顔が、みるみる真っ赤に染まる。
「レティの幸せそうな顔が、もっと見たいんだ。ほら、口を開けて」
「で、でも……み、みんな見てますし……こんな場で、はしたなくないですか……?」
そわそわと周囲を気にするレティに、朗らかな笑い声が飛んだ。
「ハハハハハッ! 本当に仲が良いな、ロスト君たちは! なあルピア、私にもプリンを食べさせてくれないか?」
「もー、しょうがないわねバジュラは~。はい、あーん♡」
バジュラ王とルピアまでもが、“あーん”を始めてしまったのを見て――
「父上……」
グレンは深いため息をついた。
「バジュラ王も気にしてないようだ。ほら、レティ、もう一度。“あーん”」
「うぅ……あ、あーん……」
レティは恥じらいながらも口を開け、スプーンを受け入れた。
「美味いか?」
「……はい、とっても美味しいです」
「そうかそうか。じゃあもう一口、あーん」
「あ、あーん……」
レティは嬉し恥ずかしの表情を浮かべながら、ロストに何口もプリンを食べさせてもらうのだった。
兄上に“あーん”するだけでなく、“あーん”してもらえるとは……
……な、なんという贅沢……ッ! 羨ましすぎるぅぅぅぅぅぅぅぅ……!
ゼノムはそう心の中で絶叫しながら、下唇を噛みしめ、周囲にどす黒いオーラを漂わせていた。
「も~、ゼノムちんも羨ましいなら言えばいいのにー。ほら、食べさせてあげるよー♪」
「……いらん」
血がにじむほど唇を噛みしめるゼノムの隣で、ロウズは胃の痛みを覚え、思わずそっと腹を押さえるのだった。




