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魔王、辞めます。  作者: 稲生景


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32/50

元魔王、竜王国に行くⅦ

「うわ〜! 本当に賑やかですね〜♪」


 温泉街に着くと、レティは目を輝かせながら周囲を見渡した。


「この街には商人や観光客が毎日のように訪れるからね〜♪ 活気があるのは当然だよー♪」

「うふふふ、レティちゃんはほんま無邪気で可愛らしいなぁ♪ この道をまっすぐ行ったらうちの家やさかい、行こか〜」


 ヴィオラの案内で、三人は温泉街の通りを進んでいく。


「ここの人たち、ヴィオラさんに似た格好をしている方が多いですね」

「あれは“浴衣”っていうんだよー。湯治に来る人は、たいてい浴衣を着てるの〜」

「温泉……蟻人さんたちからお話は聞きましたけど、普通のお風呂と何が違うんですか?」

「全然違うよー! 温泉にはいろんな効能があるんだから〜。肩こりや腰痛に効いたり、成長を助けたり、お肌がつるつるになる温泉もあるんだよー♪」

「なるほど……そんな効果があるんですね」

「そうそう! レティちんも美容に良い温泉に入ったら? 今よりもっとキレイになって、ロストちんが惚れ直しちゃうかもよ〜?」

「も、もうラピス様、からかわないでくださいよ……!」

「むふふ〜♪ 真っ赤になってるレティちん、可愛い〜♪」


 ラピスはにっこり笑ってレティに抱きつき、頬ずりをする。


「うふふふ、二人ともほんま仲良しさんやねぇ……あ、見えてきたわ〜」


 ヴィオラが前を指さすと、道の先に大きな建物が見えた。


「『竜泉饅頭フォルテ屋』……立派なおうちですね〜」

「そない大層なもんやあらへんよ〜。さ、入って入って〜」


 ヴィオラは引き戸を開けて中に入り、レティとラピスもそれに続く。


「ただいまぁ」

「いらっしゃいませ……あら、お嬢様。グレン様のところへ行かれたのでは?」

「ふふふ、竜泉饅頭をご馳走したい子がおってなぁ。それで、ここへ連れてきたんよ〜」

「あら、ラピス様もご一緒で……そちらのお嬢様は?」

「うふふふ、あの子はロストはんの妹はんやぁ」

「まぁまぁ! この方があの噂の!? 噂通り、とても可愛らしい方ですねぇ!」

「あの、噂って……?」


 レティが戸惑い気味に尋ねると、ラピスが楽しげに答えた。


「いや〜、実は私がね、お父さんたちやヴィオラちゃんたちにレティちんの話をしたら、結構話題になっちゃって〜」

「そ、そうだったんですか……」

「うんうん! まぁ話題になるのも当然なくらい可愛いしね♪」

「は、はぁ……」

「ほらほら、二人とも立ち話しとらんと、さっさと上がり〜」

「はーい、お邪魔しまーす♪」

「おじゃまします」


 レティたちは従業員に案内されて部屋へ向かった。


 通されたのは、十五畳ほどの広々とした和室だった。


「では、すぐに竜泉饅頭をお持ちしますので、ごゆっくりおくつろぎくださいませ」


 そう言って、従業員は襖を閉めて退室した。


 レティは興味深そうに部屋の中を見渡し、畳にそっと手を置いた。


「どうしたの、レティちん?」

「あっ、いえ……床がちょっと変わってるなって……」


「レティはん、畳を知らへんのやったな。心配せんでも、そのまま座ってええんやで」


「は、はい。では、失礼します」

「ははは、レティちん、正座しなくても普通に座ればいいって〜」

「い、いえ……この方が落ち着きますので……」

「ふふふ、まぁすぐに慣れると思うでぇ……ん?」


 ヴィオラが耳をすませると、背後の襖の隙間から声が聞こえてきた。


「おい、見えるか?」

「ああ、でも後ろ姿しか……」

「ちっ、反対向いてくれてたらなぁ……」

「どんな顔してんだろな〜」

「……はぁっ、まったくもう……」


 ヴィオラは立ち上がり、勢いよく襖を開け放った!


「おわぁっ!?」

「ちょっ、バランスが……!」

「うわあああっ!?」

「ぐふぅっ!?」


 どさどさっと、灰色の鱗を持つ竜人の男たちが四人、見事に部屋へなだれ込んできた。


「きゃあっ!?」

「なになにー!?」

「あんたら……うちらの部屋を覗き見って、何してんのや?」

「お、お嬢っ!? こ、これは違うんです!」

「やましい気持ちは決して……その、えっと……」


 ヴィオラはにっこりと笑った。


 しかし、その身体からは容赦ない威圧感が滲み出ていた。


「「「「も、申し訳ございやせんでしたぁっ!!」」」」


 竜人たちは勢いよく土下座した。


「まったくもう、なんでこんな真似したん?」

「いや、それが……ロストさんの妹さんが来てるって聞いて……」

「それで、噂通りなのかどうか……」

「つい、確認したくなって……」

「襖の隙間から……妹さんを見てました……」

「はぁ〜……だそうやけど、レティちゃん? こいつらの処分、どうする?」

「え、ええっ!? しょ、処分って……そんな、私は別に気にしてませんから……許してあげてください!」

「……ふふっ、レティちゃんはほんま優しい子やなぁ。ほら、レティちゃんが許してくれたんやで?」


「「「「レティさん、ありがとうございますぅ!!」」」」


「いえいえ……それより、皆さん。頭を上げてください」


 レティの言葉に、竜人たちが顔を上げた瞬間——全員の動きが固まった。


「? どうかしました?」

「な、なんて可憐な方だ……!」

「噂通り、いや、それ以上だ……!」

「ええっ!?」


 竜人たちの熱い視線に、レティは顔を真っ赤にして視線をそらす。


「こんな可愛らしい妹がいるなんて……ロストさんは幸せ者だな!」

「ああ、全くだ!」

「そ、そんな……い、言い過ぎですよぉ……」


 次々と褒め言葉が飛び交い、レティは恥ずかしさで顔を覆った。


「お待たせしました、竜泉饅頭でございます……って、何があったんですか?」


 饅頭を運んできた従業員が、騒がしい部屋の様子に困惑する。


「ちょっといろいろあってね〜。でもそれより、レティちん! 竜泉饅頭だよー! 早く食べよ〜♪」

「あっ、はい。わかりました……あの、よければ皆さんも一緒にいかがですか? みんなで食べた方がきっと美味しいですから」

「い、いいんですかい?」

「なんて優しいお方だ……!」

「罰どころか、一緒に饅頭を……」

「……天使だ……」


 その言葉を聞いた瞬間、レティの動きがぴたりと止まった。


「レティちん? どうかした?」

「? 何がですか? さぁ、皆さん早く食べましょう」


 いつものように微笑みながら、レティは饅頭を取り、皆で楽しく食べ始めた。


「ん〜♪ ふっくらしてて、とっても美味しいです〜♪」

「ふふふ、気に入ってくれて何よりやわぁ」


 至福の表情で饅頭を口に運ぶレティに、竜人たちは再び感嘆の声を漏らす。


「食べる姿まで可愛らしい……」

「ああ……」

「見てるだけで癒される……」

「俺、惚れちまったよ……」

「言っとくけど、レティちんに手出したら、ロストちんに殺されるかもだよ〜? その覚悟あるの〜?」


「「「「……それは、ちょっと……」」」」


「……本当に美味しい……兄様と一緒に食べたいなぁ……」


 そう心の中で呟きながら、レティは竜泉饅頭をゆっくりと味わっていた。




 ――一方その頃、竜王城の中庭。その一角にある訓練用の建物では、異様な熱気が渦巻いていた。


 土俵の中央で、褌姿のロストとグレンが向かい合っている。その間には、行司の装束を纏った蟻人ありびとが緊張した面持ちで立っていた。


 土俵の周囲には、城兵たちがぎっしりと詰めかけている。歓声とざわめきが建物中に満ち、観戦席の最上段には、国王バジュラ・ザークの威容もあった。


「今日こそ勝たせてもらうぞ、ロスト!」

「いや、俺が勝たせてもらう!」


 にらみ合う二人。その間で、蟻人の行司が高らかに叫ぶ。


「では、参ります……はっきょい――残った!!」


「おらあああああああああああああああああああっ!!」

「どっせええええええええええええええええええええいっ!!」

「うぎゃああああああああああああああああああっ!?」


 激突と同時に、爆発的な衝撃波が発生。行司の蟻人はその余波に吹き飛ばされ、悲鳴を上げながら壁に叩きつけられた。


 しかし、そんな事態もおかまいなしに、土俵上では剛腕と剛脚がぶつかり合う。


「す、すごい……! さすがはグレン様とロスト様!」

「頑張れ、グレン様ーっ!」

「ロスト様ぁーっ! 負けないでくださいーっ!」


『グレン! グレン! グレン! グレン! グレン!』

『ロスト! ロスト! ロスト! ロスト! ロスト!』


 交互に響くコールが建物の天井を震わせ、空気を熱狂で満たしていく。


「はははははははははっ! 二人とも素晴らしい戦いだ!」


 観戦席でバジュラ・ザークが満面の笑みを浮かべ、高らかに笑った。


「見事だぞ、グレン! だが……」

「流石だな、ロスト! しかし……」


「「勝つのは、この俺だ!!」」


 火花を散らすような気迫がぶつかり合う。


 ――この戦いは一時間が過ぎても、決着はつかなかったという……。

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