元魔王、竜王国に行くⅦ
「うわ〜! 本当に賑やかですね〜♪」
温泉街に着くと、レティは目を輝かせながら周囲を見渡した。
「この街には商人や観光客が毎日のように訪れるからね〜♪ 活気があるのは当然だよー♪」
「うふふふ、レティちゃんはほんま無邪気で可愛らしいなぁ♪ この道をまっすぐ行ったらうちの家やさかい、行こか〜」
ヴィオラの案内で、三人は温泉街の通りを進んでいく。
「ここの人たち、ヴィオラさんに似た格好をしている方が多いですね」
「あれは“浴衣”っていうんだよー。湯治に来る人は、たいてい浴衣を着てるの〜」
「温泉……蟻人さんたちからお話は聞きましたけど、普通のお風呂と何が違うんですか?」
「全然違うよー! 温泉にはいろんな効能があるんだから〜。肩こりや腰痛に効いたり、成長を助けたり、お肌がつるつるになる温泉もあるんだよー♪」
「なるほど……そんな効果があるんですね」
「そうそう! レティちんも美容に良い温泉に入ったら? 今よりもっとキレイになって、ロストちんが惚れ直しちゃうかもよ〜?」
「も、もうラピス様、からかわないでくださいよ……!」
「むふふ〜♪ 真っ赤になってるレティちん、可愛い〜♪」
ラピスはにっこり笑ってレティに抱きつき、頬ずりをする。
「うふふふ、二人ともほんま仲良しさんやねぇ……あ、見えてきたわ〜」
ヴィオラが前を指さすと、道の先に大きな建物が見えた。
「『竜泉饅頭フォルテ屋』……立派なおうちですね〜」
「そない大層なもんやあらへんよ〜。さ、入って入って〜」
ヴィオラは引き戸を開けて中に入り、レティとラピスもそれに続く。
「ただいまぁ」
「いらっしゃいませ……あら、お嬢様。グレン様のところへ行かれたのでは?」
「ふふふ、竜泉饅頭をご馳走したい子がおってなぁ。それで、ここへ連れてきたんよ〜」
「あら、ラピス様もご一緒で……そちらのお嬢様は?」
「うふふふ、あの子はロストはんの妹はんやぁ」
「まぁまぁ! この方があの噂の!? 噂通り、とても可愛らしい方ですねぇ!」
「あの、噂って……?」
レティが戸惑い気味に尋ねると、ラピスが楽しげに答えた。
「いや〜、実は私がね、お父さんたちやヴィオラちゃんたちにレティちんの話をしたら、結構話題になっちゃって〜」
「そ、そうだったんですか……」
「うんうん! まぁ話題になるのも当然なくらい可愛いしね♪」
「は、はぁ……」
「ほらほら、二人とも立ち話しとらんと、さっさと上がり〜」
「はーい、お邪魔しまーす♪」
「おじゃまします」
レティたちは従業員に案内されて部屋へ向かった。
通されたのは、十五畳ほどの広々とした和室だった。
「では、すぐに竜泉饅頭をお持ちしますので、ごゆっくりおくつろぎくださいませ」
そう言って、従業員は襖を閉めて退室した。
レティは興味深そうに部屋の中を見渡し、畳にそっと手を置いた。
「どうしたの、レティちん?」
「あっ、いえ……床がちょっと変わってるなって……」
「レティはん、畳を知らへんのやったな。心配せんでも、そのまま座ってええんやで」
「は、はい。では、失礼します」
「ははは、レティちん、正座しなくても普通に座ればいいって〜」
「い、いえ……この方が落ち着きますので……」
「ふふふ、まぁすぐに慣れると思うでぇ……ん?」
ヴィオラが耳をすませると、背後の襖の隙間から声が聞こえてきた。
「おい、見えるか?」
「ああ、でも後ろ姿しか……」
「ちっ、反対向いてくれてたらなぁ……」
「どんな顔してんだろな〜」
「……はぁっ、まったくもう……」
ヴィオラは立ち上がり、勢いよく襖を開け放った!
「おわぁっ!?」
「ちょっ、バランスが……!」
「うわあああっ!?」
「ぐふぅっ!?」
どさどさっと、灰色の鱗を持つ竜人の男たちが四人、見事に部屋へなだれ込んできた。
「きゃあっ!?」
「なになにー!?」
「あんたら……うちらの部屋を覗き見って、何してんのや?」
「お、お嬢っ!? こ、これは違うんです!」
「やましい気持ちは決して……その、えっと……」
ヴィオラはにっこりと笑った。
しかし、その身体からは容赦ない威圧感が滲み出ていた。
「「「「も、申し訳ございやせんでしたぁっ!!」」」」
竜人たちは勢いよく土下座した。
「まったくもう、なんでこんな真似したん?」
「いや、それが……ロストさんの妹さんが来てるって聞いて……」
「それで、噂通りなのかどうか……」
「つい、確認したくなって……」
「襖の隙間から……妹さんを見てました……」
「はぁ〜……だそうやけど、レティちゃん? こいつらの処分、どうする?」
「え、ええっ!? しょ、処分って……そんな、私は別に気にしてませんから……許してあげてください!」
「……ふふっ、レティちゃんはほんま優しい子やなぁ。ほら、レティちゃんが許してくれたんやで?」
「「「「レティさん、ありがとうございますぅ!!」」」」
「いえいえ……それより、皆さん。頭を上げてください」
レティの言葉に、竜人たちが顔を上げた瞬間——全員の動きが固まった。
「? どうかしました?」
「な、なんて可憐な方だ……!」
「噂通り、いや、それ以上だ……!」
「ええっ!?」
竜人たちの熱い視線に、レティは顔を真っ赤にして視線をそらす。
「こんな可愛らしい妹がいるなんて……ロストさんは幸せ者だな!」
「ああ、全くだ!」
「そ、そんな……い、言い過ぎですよぉ……」
次々と褒め言葉が飛び交い、レティは恥ずかしさで顔を覆った。
「お待たせしました、竜泉饅頭でございます……って、何があったんですか?」
饅頭を運んできた従業員が、騒がしい部屋の様子に困惑する。
「ちょっといろいろあってね〜。でもそれより、レティちん! 竜泉饅頭だよー! 早く食べよ〜♪」
「あっ、はい。わかりました……あの、よければ皆さんも一緒にいかがですか? みんなで食べた方がきっと美味しいですから」
「い、いいんですかい?」
「なんて優しいお方だ……!」
「罰どころか、一緒に饅頭を……」
「……天使だ……」
その言葉を聞いた瞬間、レティの動きがぴたりと止まった。
「レティちん? どうかした?」
「? 何がですか? さぁ、皆さん早く食べましょう」
いつものように微笑みながら、レティは饅頭を取り、皆で楽しく食べ始めた。
「ん〜♪ ふっくらしてて、とっても美味しいです〜♪」
「ふふふ、気に入ってくれて何よりやわぁ」
至福の表情で饅頭を口に運ぶレティに、竜人たちは再び感嘆の声を漏らす。
「食べる姿まで可愛らしい……」
「ああ……」
「見てるだけで癒される……」
「俺、惚れちまったよ……」
「言っとくけど、レティちんに手出したら、ロストちんに殺されるかもだよ〜? その覚悟あるの〜?」
「「「「……それは、ちょっと……」」」」
「……本当に美味しい……兄様と一緒に食べたいなぁ……」
そう心の中で呟きながら、レティは竜泉饅頭をゆっくりと味わっていた。
――一方その頃、竜王城の中庭。その一角にある訓練用の建物では、異様な熱気が渦巻いていた。
土俵の中央で、褌姿のロストとグレンが向かい合っている。その間には、行司の装束を纏った蟻人が緊張した面持ちで立っていた。
土俵の周囲には、城兵たちがぎっしりと詰めかけている。歓声とざわめきが建物中に満ち、観戦席の最上段には、国王バジュラ・ザークの威容もあった。
「今日こそ勝たせてもらうぞ、ロスト!」
「いや、俺が勝たせてもらう!」
にらみ合う二人。その間で、蟻人の行司が高らかに叫ぶ。
「では、参ります……はっきょい――残った!!」
「おらあああああああああああああああああああっ!!」
「どっせええええええええええええええええええええいっ!!」
「うぎゃああああああああああああああああああっ!?」
激突と同時に、爆発的な衝撃波が発生。行司の蟻人はその余波に吹き飛ばされ、悲鳴を上げながら壁に叩きつけられた。
しかし、そんな事態もおかまいなしに、土俵上では剛腕と剛脚がぶつかり合う。
「す、すごい……! さすがはグレン様とロスト様!」
「頑張れ、グレン様ーっ!」
「ロスト様ぁーっ! 負けないでくださいーっ!」
『グレン! グレン! グレン! グレン! グレン!』
『ロスト! ロスト! ロスト! ロスト! ロスト!』
交互に響くコールが建物の天井を震わせ、空気を熱狂で満たしていく。
「はははははははははっ! 二人とも素晴らしい戦いだ!」
観戦席でバジュラ・ザークが満面の笑みを浮かべ、高らかに笑った。
「見事だぞ、グレン! だが……」
「流石だな、ロスト! しかし……」
「「勝つのは、この俺だ!!」」
火花を散らすような気迫がぶつかり合う。
――この戦いは一時間が過ぎても、決着はつかなかったという……。




