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魔王、辞めます。  作者: 稲生景


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29/50

元魔王、竜王国に行くⅣ

 ラピスとレティは、城の裏手に広がる静かな庭園へと足を運んでいた。


「レティちん、ここからはこの茂みに隠れて移動してね~♪」

「え? どうして隠れるんですか?」

「いいからいいから~♪ 楽しいことが見られるかもよ~♪」


 半信半疑のレティだったが、ラピスに促されるまま、ふたりは茂みに身を潜めてそろりそろりと移動していく。


「着いたよ、レティちん。あそこにお兄ちゃん達がいるよ~♪」

「えっ? “達”ってことは、他にも誰か……?」

「むふふふ~♪ 覗いてみればわかるよ~♪」


 ラピスに促され、レティはおそるおそる茂みの隙間から顔を出した。


 そこには、大きな木のそばに設置された椅子に、竜人の男女が並んで腰かけている姿があった。


 一人は、竜王国第一王子、グレン・ザーク。


 その隣には、紫色のロングヘアを揺らし、和風の着物を身に纏った竜人族の美少女がいた。彼女は体をグレンにぴったりと寄せ、どこか挑発的な笑みを浮かべている。


「ヴィ、ヴィオラ……その、胸が……あたってるんだが……」


 グレンは顔を赤らめ、視線を泳がせていた。


「ふふふ、当ててるんよ? お顔真っ赤にして、ほんまに可愛らしいわぁ」

「い、いや、その……少し離れてくれたら助かるんだが……」

「なんでぇ?」


 ヴィオラは小首をかしげ、不思議そうにグレンを見上げた。


「な、なんでって、その……女性があまり無防備にしてると、よくないというか……!」

「別にこれくらいええやないのぉ。それに――殿方の前で無防備な姿を晒したら、どうなってまうん?」

「え、いや……その……」


 言葉に詰まるグレン。頬がさらに赤くなる。


「なぁ、グレン……どうなってまうん? 教えてやぁ……」


 妖艶な笑みを浮かべたヴィオラは、さらに身体を寄せる。そしてグレンの頬にそっと触れ、顔をゆっくりと近づけて――


「だ、駄目だヴィオラっ!」


 グレンはギリギリのところで飛びのき、距離を取った。


「ああん、もう……グレンのいけずぅ~」


 ヴィオラは唇を尖らせ、残念そうに呟いた。


「ヴィオラ……俺は君のお父上と約束している。結婚するまでは、君とはプラトニックな関係でいようと……だから、そういうことは――」

「ええやない、結婚式まであと二日なんやし。それに……一年前、ここでうちとキスしたやろ?」

「う……そ、それは君が不意を突いて……!」

「それとも……うちのこと、嫌いになってしもうたん?」

「そ、そんなわけあるかっ!」

「そっか……やっぱり、うちみたいに面倒な女なんて嫌やんなぁ……本当は、結婚なんかしたくないんやろ……うぅっ……」


 ヴィオラはぽろぽろと涙をこぼしながら、両手で顔を覆った。


「君を嫌いになるわけがないだろ!」


 グレンは焦った様子で近づき、彼女の肩を両手でしっかりと掴む。


「俺は……昔から君が好きだった!」

「ぐすっ……ほんまに……?」

「ああ、本当だ! 結婚だって、今すぐにでもしたいくらいなんだ!」

「……なら、今ここで、うちにキスして」


 その一言で、グレンの顔は真っ赤に染まった。


「そ、それは……その……」

「グレン……んっ……」


 ヴィオラは瞳を閉じて唇を差し出す。グレンもまたゆっくりと顔を近づけ――




「おお~お兄ちゃん、遂に観念したみたいだね~♪」


 ラピスはウキウキとした様子でその様子を眺めていた。


「ら、ラピス様っ、こ、こういうのは見ちゃいけませんっ!」

「え~? レティちんもさ~、ロストちんの普段見られない姿とか、見たくない~?」

「うっ……み、見たいですけど……でも! これは覗き見なんです! だ、だめですっ!」

「ちょっとだけちょっとだけ~♪ さて、そろそろキスしたかな~♪ ……って、あれ?」


 ラピスが再び茂みから覗こうとしたその瞬間、目の前に全身から怒気のオーラを放つグレンの姿が立ちはだかっていた。


「……ラピス。何をしているんだ?」

「お、お兄ちゃん……これはその~……」


 ラピスは全身に冷や汗をかきながら、明後日の方向を見つめてごまかす。


「まさか……また覗いていたのか!?」

「ち、違うよぉお兄ちゃん! その、かくれんぼしてて、レティちんと一緒に隠れてたら……たまたま、お兄ちゃん達がキスしそうになってただけで!」


「――問答無用だぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


「ぎいやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」


 庭園に、ラピスの絶叫が高らかに響き渡った――。

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