元魔王、竜王国に行くⅣ
ラピスとレティは、城の裏手に広がる静かな庭園へと足を運んでいた。
「レティちん、ここからはこの茂みに隠れて移動してね~♪」
「え? どうして隠れるんですか?」
「いいからいいから~♪ 楽しいことが見られるかもよ~♪」
半信半疑のレティだったが、ラピスに促されるまま、ふたりは茂みに身を潜めてそろりそろりと移動していく。
「着いたよ、レティちん。あそこにお兄ちゃん達がいるよ~♪」
「えっ? “達”ってことは、他にも誰か……?」
「むふふふ~♪ 覗いてみればわかるよ~♪」
ラピスに促され、レティはおそるおそる茂みの隙間から顔を出した。
そこには、大きな木のそばに設置された椅子に、竜人の男女が並んで腰かけている姿があった。
一人は、竜王国第一王子、グレン・ザーク。
その隣には、紫色のロングヘアを揺らし、和風の着物を身に纏った竜人族の美少女がいた。彼女は体をグレンにぴったりと寄せ、どこか挑発的な笑みを浮かべている。
「ヴィ、ヴィオラ……その、胸が……あたってるんだが……」
グレンは顔を赤らめ、視線を泳がせていた。
「ふふふ、当ててるんよ? お顔真っ赤にして、ほんまに可愛らしいわぁ」
「い、いや、その……少し離れてくれたら助かるんだが……」
「なんでぇ?」
ヴィオラは小首をかしげ、不思議そうにグレンを見上げた。
「な、なんでって、その……女性があまり無防備にしてると、よくないというか……!」
「別にこれくらいええやないのぉ。それに――殿方の前で無防備な姿を晒したら、どうなってまうん?」
「え、いや……その……」
言葉に詰まるグレン。頬がさらに赤くなる。
「なぁ、グレン……どうなってまうん? 教えてやぁ……」
妖艶な笑みを浮かべたヴィオラは、さらに身体を寄せる。そしてグレンの頬にそっと触れ、顔をゆっくりと近づけて――
「だ、駄目だヴィオラっ!」
グレンはギリギリのところで飛びのき、距離を取った。
「ああん、もう……グレンのいけずぅ~」
ヴィオラは唇を尖らせ、残念そうに呟いた。
「ヴィオラ……俺は君のお父上と約束している。結婚するまでは、君とはプラトニックな関係でいようと……だから、そういうことは――」
「ええやない、結婚式まであと二日なんやし。それに……一年前、ここでうちとキスしたやろ?」
「う……そ、それは君が不意を突いて……!」
「それとも……うちのこと、嫌いになってしもうたん?」
「そ、そんなわけあるかっ!」
「そっか……やっぱり、うちみたいに面倒な女なんて嫌やんなぁ……本当は、結婚なんかしたくないんやろ……うぅっ……」
ヴィオラはぽろぽろと涙をこぼしながら、両手で顔を覆った。
「君を嫌いになるわけがないだろ!」
グレンは焦った様子で近づき、彼女の肩を両手でしっかりと掴む。
「俺は……昔から君が好きだった!」
「ぐすっ……ほんまに……?」
「ああ、本当だ! 結婚だって、今すぐにでもしたいくらいなんだ!」
「……なら、今ここで、うちにキスして」
その一言で、グレンの顔は真っ赤に染まった。
「そ、それは……その……」
「グレン……んっ……」
ヴィオラは瞳を閉じて唇を差し出す。グレンもまたゆっくりと顔を近づけ――
「おお~お兄ちゃん、遂に観念したみたいだね~♪」
ラピスはウキウキとした様子でその様子を眺めていた。
「ら、ラピス様っ、こ、こういうのは見ちゃいけませんっ!」
「え~? レティちんもさ~、ロストちんの普段見られない姿とか、見たくない~?」
「うっ……み、見たいですけど……でも! これは覗き見なんです! だ、だめですっ!」
「ちょっとだけちょっとだけ~♪ さて、そろそろキスしたかな~♪ ……って、あれ?」
ラピスが再び茂みから覗こうとしたその瞬間、目の前に全身から怒気のオーラを放つグレンの姿が立ちはだかっていた。
「……ラピス。何をしているんだ?」
「お、お兄ちゃん……これはその~……」
ラピスは全身に冷や汗をかきながら、明後日の方向を見つめてごまかす。
「まさか……また覗いていたのか!?」
「ち、違うよぉお兄ちゃん! その、かくれんぼしてて、レティちんと一緒に隠れてたら……たまたま、お兄ちゃん達がキスしそうになってただけで!」
「――問答無用だぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「ぎいやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
庭園に、ラピスの絶叫が高らかに響き渡った――。




