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魔王、辞めます。  作者: 稲生景


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24/50

新魔王、再び襲来Ⅲ

「き、キス!? 私が兄様に!?」


 ゼノムの言葉を聞いたレティの顔は、見る間に真っ赤に染まった。


 その様子を見たゼノムは、勝ち誇ったように笑みを浮かべる。


「ふん、残念だったな小娘。お前が兄上にキスする機会などない。なぜなら、兄上は――この私のキスによって目覚めるのだからな!」


「……あの、ゼノム様? なぜそんなに自信満々なんですか?」


 訝しげな表情で蟻人の一人が尋ねた。


「ふっ……愚問だな。だが、答えてやろう。お前たち、私を見ていて、なにか感じないか? たとえば……心が穏やかになるとか?」


「え? ……言われてみれば、なんだかいつもより落ち着いてるような……」

「ほんとだー……ふわふわする感じ~」

「どういうことですか? 一体何をしたんです、ゼノム様」


「ふふふ……私は“性転換薬”の他に、もうひとつの薬も服用してきたのだ。その名も――《癒しの視覚触媒》。私を視認した者すべてが、心の底から癒される効果がある!」


「な、なるほど……しかし、なぜそんな効果の薬を?」

「まだわからんのか? 兄上がこの小娘に求めていたものは何だった?」

「求めていたもの……癒し、でしょうか?」

「そう! 私はついに、兄上が求めていた“癒し”を手に入れた! さらに! 女として完璧なこの肉体! 料理! 掃除! 家事全般も特訓で極めた! もはや、この小娘に勝る点など、ひとつもない!」


「……はあ、そうですか」

「ゼノム様、完全に壊れてます……」

「いや、前からじゃない?」


 蟻人たちが小声でざわつくなか、ゼノムは高らかに宣言した。


「そして――! 私のキスによって兄上が目を覚ましたその暁には……兄上と、結婚する!」


『け、結婚ぅ!?』


 レティと三人娘が、揃って悲鳴を上げた。


「ああー……ゼノム様、ついにこの領域に踏み込んでしまったか……」

「薄々わかってたけどねぇ」

「ま、待ってください! いくら女性になったとはいえ、兄妹で結婚はできないはずです!」


 慌てるレティに、蟻人のひとりが申し訳なさそうに口を開く。


「レティ様……その、ですね。ロスト様やゼノム様たちの種族では、異性であれば血の繋がった兄妹であっても、婚姻は禁じられていないのです……」

「実際、過去に兄妹での結婚も記録されてるみたいですよー」

「う、うわぁ……」

「ま、魔族ってすごい文化なんですね……」

「だね……」


 三人娘が若干引き気味に呟く中、ゼノムは声を張り上げた。


「ははははは! では早速、兄上を私の愛のキスで目覚めさせてやろうではないか!」


 そう言って、ゼノムが眠るロストのもとへと歩み寄る。


「だ、駄目です!」


 レティが立ちふさがった。


「ほう? 邪魔をするつもりか、小娘?」


 ゼノムが全身から黒いオーラを放ち、レティを威圧する。


「っ……はい! 邪魔します!」

「ふむ、ではお前が兄上にキスをするというのか?」

「そ、それは……っ」


 ゼノムの言葉に、レティの顔が再び真っ赤になる。


「ふん、兄上とのキスすら恥ずかしがるとは。やはり、兄上の妹という立場はお前には重すぎたな……私は違う! 兄上にキスできると考えるだけで私は……私はあああああああああああ!!」


 興奮の極致に達したゼノムの鼻から、噴水のように鼻血が吹き出した。


「ゼ、ゼノム様!? 鼻血が、鼻血がぁぁ!」

「あれ、普通にヤバい量じゃない?」

「ゼノム様なら……大丈夫なんじゃない?」

「ふふふ……さあ、どけ小娘! そこで私が兄上にキスするところを、指をくわえて見ているがいい!」


 ゼノムはレティを押しのけ、ロストの体を起こす。


「兄上……今、目覚めさせてあげますからね……♡」


 ゼノムがロストの顔に顔を近づけ、唇を寄せた――その時。


「だ、駄目ええええええええええええええええ!!!」


 レティが悲鳴を上げた、その直後――


 ――ゴキャリッ!!


 空から何かが飛来し、ゼノムの頭部に強烈なキックを叩き込んだ!


 首があり得ない方向に曲がったゼノムは、そのまま地面に崩れ落ちる。


「……え、え?」


 レティが呆然とする中、蟻人たちと三人娘が驚愕の声を上げた。


『ら、ラピス様!?』

『だ、誰!?』


 現れたのは、竜王国ザークの第一王女――ラピス・ザークであった。


 ラピスは倒れたゼノムの首を掴み、ポキッと音を立てて元に戻す。


 その後、懐から禍々しい液体が入った小瓶を取り出し、ゼノムの口へ流し込んだ。

 光が走り、ゼノムの体が発光。性別も元に戻っていく。


「もー、ゼノムちんったらぁ♪ 婚約者の私がいるのに、女になってロストちんにキスしようとするなんて……駄目だよぉ?」


 ラピスの笑顔はいつも通りだったが、その瞳だけは……笑っていなかった。


「あ、あの……ラピスさん……?」

「あ、レティちん。ゼノムちんが迷惑かけちゃって、ごめんねー♪ 私はこのままゼノムちん連れて帰るから、レティちんはロストちんを目覚めさせてねー♪」

「め、目覚めさせるって、つまり……」


 レティは、自分がロストにキスする光景を想像し、顔を真っ赤に染めた。


「レティちん、ファイトだよ♪」


 ラピスは親指を立てて激励し、ゼノムを抱えながら空へ飛び去っていった。


「わ、私が兄様を……は、恥ずかしいけど……でも、起こさなきゃ!」


 レティはロストのもとに歩み寄り、そっと顔を近づける。


「兄様……」


 唇が触れそうな距離になった――そのとき。


「……ん?」

「……え?」


 ロストが目を覚まし、レティと目が合った。


 その数秒後――


「ひゃあああああああああああああ!!」


 レティが情けない悲鳴を上げて、慌てて距離を取った。


「ううん……あれ? 俺、寝てしまっていたのか……?」

「ろ、ロスト様が目覚めた!?」

「何故!? キスしなきゃ目覚めないはずでは?」

「あっ、そういえば……ロスト様って、毒に強い体質だったよね?」

「なるほど……《永久の契り》も一種の毒。それならロスト様には効かず、ただの睡眠状態になっていた、というわけか?」

「……無茶苦茶だけど、ロスト様なら納得できる」


 蟻人たちが感心する中、ロストは背伸びをしながら立ち上がった。


「ん? ゼノムがいないな……何かあったのか?」

「ええ、まぁ……色々と……」


「? よく分からんが……寝てたら腹が減ったな。レティ、何か食べる物はあるか?」


「え? あ、はい。魔木苺のタルトがあります」

「それは美味そうだな。よし、食べに行こう。行くぞ、レティ」

「はい兄様。皆さんの分もあるので、ご一緒にどうぞ」

「そうですか? では、いただきますね」

「楽しみだねー」


 ロストとレティが家に戻ると、蟻人たちと三人娘も続いた。








 ――その頃、裏庭では。


「し、師匠……まだですかぁ……腕の感覚が……なくなってきたんですけどぉ……」

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