新魔王、再び襲来Ⅱ
ゼノムの一言に、リリィたちは揃って驚きの声を上げた。
「せ、性転換の薬!? それって、確か秘薬の一つじゃなかったっけ!?」
「ですよね!? もう調合できる人なんて、この世にはいないって聞いてたんですけど……」
「……まさか、本当に存在したとは」
三人がそれぞれ驚愕する中、レティがふとロストに尋ねる。
「兄様……どうして、その人がゼノムさんだって分かったんですか?」
「ん? どうしてって……弟なんだから、分かって当然だろ?」
ロストの即答に、ゼノムは感激のあまり身を震わせた。
「さすが兄上……ゼノムはとても、とても嬉しいです! あの……兄上、一つだけお願いがあるのですが……」
「お願い? なんだ?」
「わ、私の頭を……撫でていただけますか?」
ロストは少しきょとんとしながらも、すぐにうなずいた。
「なんだ、そんなことか。……ほら、これでいいか?」
ロストがゼノムの頭を優しく撫でると――
「……っ!」
ゼノムは無言で小刻みに身体を震わせ、顔を真っ赤に染めた。
「ゼノム? どうした?」
ロストがのぞき込むと、ゼノムの顔には異変が。
「うわっ!? ど、どうしたんだゼノム、その鼻血は!?」
「ご、ご心配なく兄上……兄上に頭を撫でられて、少し……いえ、かなり興奮しすぎただけです……」
ゼノムは懐からハンカチを取り出し、鼻血をぬぐいながら続けた。
「と、ところで兄上、私を見て何か感じませんか?」
「感じる? 何をだ?」
「たとえば、癒されるとか……安らぐとか……」
ロストは少し考えてから答えた。
「……そう言えば、お前の頭を撫でているとき、ほんの少しだけ心が落ち着いたような気がしたな。それに、お前を見てると、なんとなく癒されるというか……」
「本当ですか!? ……ふふっ、よし。薬の効果はちゃんと出ているみたいですね!」
ゼノムは嬉しそうに拳を握り、ガッツポーズを決めた。
そのとき、声が響いた。
「ロスト様ー、ただいま戻りましたー!」
森で木の実を採っていた蟻人たちが戻ってきたようだ。
「あれ? シロがいるな」
「ってことは、またゼノム様が来てるのか?」
「……あれ? 知らない人がいるよ?」
彼らはゼノムの姿を見て、しばし戸惑い――やがて、気づいた。
「お、お久しぶりですゼノム様!?」
「ほんとだ! 見た目は違うけど、声と雰囲気がゼノム様そのものだ!」
「なんで女の人になってるんですか?」
「……また、面倒なことが始まりそうな予感しかしない……」
レティが興味深そうに尋ねた。
「皆さん、あの人がゼノムさんだって、すぐに分かるんですね?」
「まあ、長年一緒にいますから。雰囲気とか、喋り方でなんとなく分かるんですよ」
「なるほど……」
しばし和やかな空気が流れたが、ロストがふとゼノムに問いかけた。
「そういえばゼノム、今日は何の用でここに来たんだ?」
「実はですね……そこの小娘に用がありまして。あ、兄上、これどうぞ。お土産です」
ゼノムはロストに真っ赤な果実――「魔リンゴ」と呼ばれる果物を差し出した。
「おお、これは見た目からして美味そうだな。ありがとな、ゼノム……うん、うまい!」
ロストが嬉しそうに頬張るのを見届けてから、ゼノムはレティに視線を向けた。
「さて――おい、小娘」
「な、何ですか? また“妹”をやめろって言いに来たんですか?」
レティは警戒心を隠さず身構える。
「小娘、以前お前に“試練”を与えようとしたことは覚えているか?」
「……ええ、覚えてます。でも兄様が“そんな必要はない”って仰って、中止になったはず……」
「あれは兄上の言葉だから従った。だが私は――あの時の決着をつけずに終わらせる気はない!」
ゼノムがレティを指差し、きっぱりと宣言する。
「勝負だ、小娘! 今ここで、あの時の決着をつけさせてもらうぞ!」
「け、決着って……そのことと、ゼノム様が女になったことに何か関係が……?」
近くの蟻人が戸惑いながら尋ねた。
「もちろんだ。今回の“最後の試練”のためにこそ、私はこの姿になったのだからな!」
「……え? どういうこと?」
そのとき、突如として――
ドサッ
何かが地面に倒れる音が響いた。
「な、なんだ!?」
「!? ロスト様!?」
「兄様!?」
見ると、ロストがその場に倒れていた。
「兄様! 兄様、しっかりしてください!」
レティが駆け寄るが、ゼノムは落ち着いた口調で言った。
「心配はいらない。眠っているだけだ」
「眠ってるって……どういうことですか!?」
「さっき兄上に渡した魔リンゴ。あれはただの果実ではない。“永久の契り”と呼ばれる特別なものだ」
リリィの顔色が一気に青ざめた。
「えっ、“永久の契り”って……百年に一度しか実らない幻のリンゴ!? それを食べた者は“眠り病”にかかって、永遠に目覚めなくなるっていう……!」
「ゼノムさん、どうしてそんな危険なものを兄様に……!」
「落ち着け、小娘。そこの人間の話は半分正解だが――“永久の契り”には、まだ続きがある」
「……続き?」
「このリンゴを食べた者を目覚めさせる方法はただ一つ。“誰よりも深くその者を想っている者”のキス――ただ、それだけだ」
「き、キス……って、もしかして……」
ゼノムはにやりと笑った。
「そう! これこそが“最後の試練”! 兄上にキスをして、目覚めさせた方が勝ち! さあ、勝負だ、小娘!!」
その声は、堂々としていて、どこまでも本気だった。




