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魔王、辞めます。  作者: 稲生景


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勇者、現るⅠ

 グレンたちが帰ってから一週間が経った。

 ロストとレティは、穏やかな日差しの降り注ぐ庭で、のんびりと日向ぼっこをしていた。


「今日も良いお天気ですね、兄様」

「うむ。こんな日は、陽の光を浴びながらの茶が一番だな……ずずっ。うむ、今日も魔茶が旨い」


 ロストが湯呑を手に満足げに頷くと、レティが籠を手に近づいた。


「兄様、今日はお煎餅を作ってみました」

「お、これはうまそうだな。どれどれ……」


 ロストは一枚手に取り、口に運ぶ。


「……うむ、美味い! やはりお前の作る菓子は格別だな」

「ありがとうございます、兄様」


 ロストはふっと微笑むと、そっとレティの頭に手を置き、優しく撫でた。


「こんな良い天気の中で、魔茶をすすりながらレティの菓子を食べられる――まったく、俺は今、とても幸せだ」

「私も……兄様とこうして一緒にいられて、幸せです」


 撫でられたレティは、頬をほんのりと赤らめ、恥ずかしそうに、けれどとても嬉しそうに微笑んだ。


 その後も二人は、昼時まで穏やかな時間を楽しんだ。


 ――お昼過ぎ。

 レティは蟻人たちとともに、森の中で木の実を摘んでいた。


「おっ、こっちに魔木苺がいっぱいあるぞ!」

「ここにも見つけたー!」

「わあ、すごい実りですね!」


 木陰に広がる魔木苺の群生を見て、蟻人たちは嬉しそうに声をあげる。


「どうやら、今日は当たりの場所だったようですね」

「とっても美味しそう……この魔木苺でジャムを作ったら、兄様喜んでくれるかな……ふふっ」


 レティは摘んだ苺を籠に収めながら、ロストの笑顔を思い浮かべていた。


「これだけあれば、十分ですね」

「では、そろそろ戻りましょうか、レティ様」

「はい、分かりました。――きゃっ!」


 レティが足元の小石につまずき、前のめりに倒れてしまった。籠からあふれた魔木苺が地面に散らばる。


「レティ様、大丈夫ですか!?」

「怪我はないー!?」

「だ、大丈夫です。ちょっと膝をすりむいただけですから……」

「いや、それでも傷口から菌が入る可能性があります。すぐに手当てを――」


「待てッ!!」


 その時、茂みの向こうから鋭い声が飛んだ。

 警戒する蟻人たちが振り向くと、そこから金髪の少年が飛び出してきた!


「うおおおおおおおっ!」


 叫び声と共に、少年が剣を振るいながら突進してくる!

 蟻人たちはとっさに身を引き、間一髪でその剣を避けた。


「君、大丈夫か!? 今助ける!」

「え? あ、あの……」


 状況が飲み込めず、戸惑うレティ。すると後ろの茂みからさらに三人の少女が姿を現す。


「ちょっと、ラック! 一人で突っ走らないでよ!」

「だけどリリィ、人が魔物に襲われてたんだぞ!?」

「で、でも……あの魔物達、すっごく強そう……」

「……あれは蟲人系の魔物、“蟻人”。そう簡単には倒せないよ……どうするの、ラック?」

「ここは撤退だ! 逃げるぞ、皆!」


「え? あ、あの、私は――きゃっ!?」


 戸惑うレティの手を金髪の少年――ラックが強引に引き、少女たちと共に森の奥へと駆け出した。


「レティ様!?」

「待て、貴様らッ!」

「レティ様を攫うとはいい度胸だ!」


 激昂した蟻人たちが追おうとした瞬間、黒髪の少女が懐から小さな玉を取り出し、地面に叩きつけた。


 ――ボンッ!


 瞬間、白煙が立ち込め、視界を奪う。


「ぬぅっ!?」

「前が見えないー!」


 しばらくして煙が晴れた時、そこにレティの姿はもうなかった。


「なんてことだ……レティ様が攫われてしまった……」

「それにしても、人間がこの森に……? もしかして、森のどこかに人間たちが住み始めたのか?」

「今はそんなことより、レティ様を探すのが先だ!」

「私はロスト様に報告してくるー!」

「レティ様……どうかご無事で……」


 蟻人たちはそれぞれ役割を決めて、森の中に散っていった。

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