元魔王、幼馴染と再会すⅠ
――ロストの家、厨房。
レティは蟻人たちに料理を教わっていた。
「こんな感じでいいですか?」
「バッチリです!」
「さすがレティ様。一度教えただけでできるようになるとは」
「レティ様は筋がいいから、教えるこっちも楽しいよな」
「蟻人さんたちの教え方が分かりやすいんですよ」
「そう言われると照れちゃうねー」
「それじゃあ、レティ様。仕上げに入りましょうか……」
「グルゥ♪ グルルルルゥ♪」
ちょうど仕上げに取りかかろうとしたそのとき、庭のほうからクロの鳴き声が聞こえてきた。
「クロちゃん? どうしたのかな……」
気になったレティが窓から庭を覗くと、クロが見知らぬ人物の顔をぺろぺろと舐めている光景が目に入った。
「レティ様、どうされました?」
「その……クロちゃんが、誰かの顔を舐めてます……」
「どれどれ……本当だ」
「こんな場所に、誰が……?」
「まさか、またゼノム様とか?」
「いや、いくら何でもそれはないだろう……って、ちょっと待て。あの人たちって……まさか!?」
「あーっ! グレン様とラピス様だー!」
「グレン様とラピス様?」
「ロスト様のご友人です。なぜここに……?」
「兄様のご友人なら、ご挨拶しなくちゃ!」
そう言って、レティたちは慌てて庭へ向かった。
「グルルルゥ♪」
「ははははっ、くすぐったいぞ、クロ」
「また少し大きくなったんじゃない?」
「あの……」
レティがおずおずと声をかけると、グレンが振り向いた。
「ん? 君は……」
「はじめまして。私は兄様の妹、レティと申します」
「おお、君が噂の……初めまして、グレン・ザークだ」
「キャー! 可愛い~♡」
「きゃっ!?」
ラピスが突然レティに抱きつき、頬ずりしてきた。
「私はラピス・ザーク! 気軽にラピスお姉ちゃんって呼んでね~♪」
「え、ら、ラピス……お姉ちゃん……?」
「レティちん、可愛すぎ~♡ ロストちんの妹じゃなくて、私の妹にならない~?」
「ええっ!?」
「ラピス、その子が困っているだろう。離してやれ」
「はーい」
しぶしぶとラピスがレティから離れる。
「すまない、うちの妹が迷惑をかけてしまって……」
「いえ、そんな……迷惑だなんて思ってませんから……」
「本当!? じゃあもう一回――」
「やめんか」
「うげっ!?」
グレンが無言でラピスの頭にチョップを食らわせた。
「もーっ! お兄ちゃん、何するのー!」
「このくらいしないと、お前は反省しないだろうが」
そこへ、騒がしい庭の様子に気づいたロストが家から出てきた。
「どうしたレティ? やけに騒がしいが……ん? グレンじゃないか!」
「おお、ロスト!」
二人は互いに駆け寄り、しっかりと握手を交わした。
「久しぶりだな。元気だったか?」
「ああ。お前も元気そうで何よりだ!」
「ロストちん、久しぶり~♪」
「ラピスか。相変わらずだな。……まあ立ち話も何だ。中に入ってくれ。魔茶を淹れよう」
「すまない、ではお邪魔させてもらおう」
「おじゃましま~す♪」
グレンたちはロストの家に招かれ、室内へと入っていった。
「ずず……ん、美味いな、この魔茶」
「だろう? いい魔葉が手に入ってな」
「このマフィンも美味しい~♡」
「ありがとうございます。そんなに喜んでもらえると、作った甲斐があります」
「えっ!? これ、レティちんが作ったの!? すごーい! やっぱりレティちん、私の妹になって~♡」
「やめんか」
「ぐえっ!?」
ラピスが再び抱きつこうとしたところで、グレンが彼女の首根っこを掴んで制止した。
「もー! 苦しいってば、お兄ちゃん!」
「お前がレティさんに抱きつこうとするからだろうが。申し訳ない、妹は御覧の通り、少々……馬鹿でして」
「い、いえ……別に、謝らなくても……」
「ところでグレン、よくここが分かったな」
「ゼノムに地図を貰って来たんだ」
「なるほどな。で、今日は何の用だ?」
「ああ、これを渡しに来た」
グレンは一枚の封筒を取り出して、ロストに手渡した。
「これは……招待状?」
「ああ。式の日取りが決まったんだ。渡しに来た」
「……おおっ! ということは――」
「……あ、ああ……来月、結婚するんだ」
照れくさそうに頭を掻くグレンを見て、周囲の蟻人たちが一斉に歓声を上げた。
「おおー! おめでとうございます、グレン様!」
「めでたいですねー!」
「交際&婚約10年目にして、ようやくですね」
「本当、ようやくだよねー。お兄ちゃん初心だから、手を握るのもキスも、お義姉ちゃんからだったもんねー?」
「余計なことを言うな!」
「ほげぇっ!?」
グレンは顔を真っ赤にしながら、ラピスの頭に再びチョップを入れた。
「……というか、なんでお前がそれを知ってる!?」
「え!? あっ、いや、その……」
ラピスは冷や汗を浮かべ、視線を逸らす。
「……お前、まさか覗いてたのか……?」
「いや~、たまたま近くを歩いてたら偶然というか……」
「問答無用!!」
「ギャーッ!? お、お兄ちゃん! 尻尾は、尻尾は引っ張らないで~っ!!」
「ご結婚されるんですね。おめでとうございます」
「ありがとう、レティさん。ぜひ式にも出席してくれ」
「はい、分かりました」
「……ところで、グレンよ。一ついいか?」
魔茶とマフィンを食べ終えたロストが口を開いた。
「なんだ?」
「こうして久しぶりに会ったんだ。……一勝負、どうだ?」
「ふっ……いいだろう。外に出ようか」
二人は同時に立ち上がる。
「あ、兄様? 喧嘩なさるんですか……?」
不安げなレティに、ラピスがニコニコと寄ってきた。
「安心して、レティちん。勝負っていっても、別に殴り合いじゃないから~」
「え?」
「見れば分かるから。私たちも外に行こう~」
ロストたちは庭へと移動した。
「それで、勝負の方法はどうする?」
「そうだな……今回は《魔腕相撲》でどうだ?」
「いいだろう。台を用意してくるから、少し待っていろ」
そう言うと、ロストは裏庭へと姿を消した。
《魔腕相撲》とは、台の上に右ひじを乗せ、互いの手を握り合い、相手の手の甲を台に押しつけた方が勝ちという遊戯である。
その起源は古代文明における決闘儀式だったという説もあるが、詳しいことは未だ謎に包まれている。
「待たせたな」
ロストが、大人の胴回りほどもある円柱型の台を肩に担いで戻ってきた。
「ちょうど近くに、いい感じの岩があってな。さっき、ちょっと加工してきた」
「なるほど。それなら、俺たちの力にも耐えられそうだな……よし、始めようか」
「ああ。悪いが、誰か合図を頼めるか?」
「分かりました。今行きます」
一人の蟻人が、足早にロストたちのもとへ向かう。
「それでは、お二人とも準備はよろしいですか?」
「いいぞ」
「もちろんだ」
「では――始め!」
「はあああああああああああっ!!」
「うおおおおおおおおおおおっ!!」
「ぎゃああああああああああああっ!?」
開始の合図と同時に、ロストとグレンの間から爆風のような衝撃波が放たれ、審判の蟻人が吹き飛ばされた!
「ぬうううううううううっ!」
「はああああああああっ!」
両者の力はほぼ互角。がっちりと組んだ手は微動だにせず、決着の兆しすら見えない。
「ね? 大丈夫だったでしょ? 勝負って言っても、要するに遊んでるだけだから~」
「そ、そうなんですか……? 兄様とグレン様、どう見ても命の取り合いにしか……」
「ふたりともね、遊びでも負けるのは絶対に嫌なタイプなのよ。――ところでレティちん、ちょっと聞きたいんだけど~」
「? 何でしょうか?」
「ロストちんのこと、好き~?」
「えっ!?」
ラピスの突飛な質問に、レティの顔が一瞬で真っ赤に染まった。
「す、好きって……あの、妹として、ですか?」
「ちがうちがう。女の子として、だよ~。ロストちんのどんなところが好きになったの~?」
「な、なんでそんなことを……も、もしかして、ラピス様も兄様のことを……?」
「あ、それは絶対ないから。私はただ、レティちんがどんなところに惹かれたのか知りたいだけ」
「そ、そう……なんですね……」
レティは安堵のため息をひとつ、ふぅと吐いた。
「で? どこが好きなの~?」
「え、えっと……それは……」
「それは~?」
「ぜ……全部です……」
「……全部?」
「はい。兄様の優しいところも、ちょっとだけ抜けてるところも……そして、強くて頼れるところも。兄様の“どこ”が好きじゃなくて、兄様の“全部”が好きなんです」
「……レティちんは、ほんとうに心からロストちんのことが好きなんだね」
「はい……」
レティは頬を染めたまま、恥ずかしそうに、それでもしっかりと頷いた。
「分かる! その気持ち、よ~く分かるよ~!」
「と、いうことは……ラピス様にも、好きな方が?」
「うん! その人とは相思相愛なんだけどね~。でも彼、すっごいツンデレでさ~。私に会うといっつも“ツーン”として、本心を全然言ってくれないんだよ~」
「ツ、ツンデレ……?」
――同時刻、魔王城・執務室。
「……へくしっ!」
バキィィン!
「熱っちゃあああああああっ!?」
ゼノムが大きなくしゃみをすると、ロウズが持っていたティーポットが衝撃で砕け、さらに熱湯が彼に直撃した。
「……誰か、私の噂でもしているのか?」
「……なんでいつもこうなるの……」
「でも、そういうところも、だ~いすきなんだ~♡」
「……それじゃあ、ラピス様も、その方の“全部”が好きなんですね」
「うん! レティちん、ロストちんってちょっと鈍いところあるけど、めげずに頑張ってロストちんを落としてね!」
「わ、私、兄様を“崖”から落としたりしませんよ?」
「もう~、そういう意味じゃなーい♪」
「うおおおおおおおおおおおおっ!!!」
「はああああああああああああっ!!!」
――ロストとグレンの《魔腕相撲》対決は、夜が更けても、なお終わることはなかったという――。




