一方その頃、魔王城Ⅱ
――数日後、魔王城・廊下
ロストの家から戻ったゼノムは、静かに執務室へと歩いていた。
「ゼノム様ーっ!」
前方から、側近のロウズが息を切らしながら駆け寄ってくる。
「どうしたのです、ロウズ? そんなに慌てて……仕事なら、出かける前に数日分は片づけておいたはずですが」
「いえ、業務の件ではなく……実は、ゼノム様にご来客がありまして」
「客? 誰です?」
「竜王国のグレン王子とラピス姫でございます」
「……ああ、あの二人ですか」
「応接室にてお待ちいただいております」
「了解しました。すぐに向かいます」
ゼノムはそのまま足を応接室へと向けた。
ゼノムが応接間の扉を開けると、そこには身の丈二メートルを超える、赤い鱗を持つ竜人が堂々と腰を下ろしていた。
「お久しぶりです、グレン殿。半年ぶりですね」
「ゼノムか。……久しいな」
彼の名はグレン・ザーク。西方に位置する竜王国ザークの王子である。
竜王国は、数多の効能を持つ温泉で知られる別名“温泉王国”。現国王とロストたちの父は旧知の仲であり、その子ども同士であるロスト、グレン、ラピスたちは、幼い頃から共に育った幼馴染である。なかでもロストとグレンは、互いの実力を認め合う良きライバル関係にある。
「話は聞いたぞ。まさかロストが魔王を辞めるとはな」
「ええ、私も最初は驚きましたよ……ロウズ、紅茶をお願いできますか?」
「かしこまりました」
ゼノムはソファに腰を下ろし、淹れられた紅茶を口にする。
「ところで、グレン殿。……あいつの姿が見えませんが?」
「ん? ああ、ラピスなら『退屈だから庭園をひとっ飛びしてくる』と出ていったが……すまない、俺にも一杯もらえるか?」
「承知しました」
ロウズが紅茶の準備を始めたそのとき、不意に何処からか声が響く。
「ゼ〜ノ〜ム〜ち〜んっ♡」
「おや、噂をすれば……」
その直後――
ドガァン!!
応接室の壁が突如として粉砕され、何者かがゼノムに向かって一直線に突撃してきた!
「ごふっ!?」
ゼノムはその勢いで吹き飛ばされ、仰向けに倒れる。
その上に馬乗りで覆いかぶさってきたのは、青い髪をポニーテールに束ねた少女だった。
「えへへ〜♪ 久しぶりだね〜♪」
彼女の背には竜の翼、尻尾、そして手足には青い鱗――まぎれもなく竜族の証。
彼女こそ、グレンの妹であり、竜王国の姫ラピス・ザークである。
竜人には大きく分けて二つのタイプが存在する。
一つはグレンのように、全身が竜の姿に近い“完全竜人型”。
もう一つはラピスのように、部分的に竜の特徴を備えた“半竜人型”である。
「……久しぶりですね、ラピス。それで……なぜ壁を壊してまで突っ込んできたのですか?」
「ゼノムちんに会いたくてに決まってるじゃん〜♡」
「……いや、だからって壁を壊す必要はあったのですか?」
「あるに決まってるよ〜」
「その理由をお聞きしましょうか」
「私のゼノムちんへの愛は……壁なんかじゃ、止められないから〜♡」
頬に手を添え、うっとりと微笑むラピス。
「……理由になっていません。取りあえず、どいていただけますか」
ゼノムは彼女を横にどかし、身を起こす。
「もぉ〜! 婚約者に冷たすぎない!?」
「どこをどう解釈したら婚約者になるのですか。私はあなたと婚約した覚えはありませんが」
「え〜? 十年前に愛を誓い合ったじゃ〜ん♡」
「……子どもの約束でしょう。それに、あれは貴女が一方的に言い出した話では?」
「もう、ゼノムちんったら照れ屋さん……でも、そこがまた素敵……♡」
「はぁ……。それで? お二人がいらした理由は何なのですか?」
「そうそう。これをお前に渡したくてな」
グレンが封筒を差し出す。
「これは……招待状?」
「ああ。実は、式の日取りが決まったのだ。お前たち兄弟にも、ぜひ来てほしくてな」
「なるほど……ですが、招待状なら使者に託してもよかったのでは?」
「大事なものは、自分の手で、親しい友に直接渡したい性分なんでな」
「……相変わらずですね」
「それと、もうひとつ理由がある」
「兄上の居場所を聞きに来た……でしょう?」
「察しが早くて助かる。ロストには一番に渡したいと思っていたんだが、居場所が分からなくてな」
「そうそう! ロストちんの話で思い出したんだけど~! ねぇゼノムち~ん!」
「なんですか?」
「ロストちんに恋人ができたって、本当〜!?」
バキィィンッ!!
「熱っちゃあああああああああ!?」
ロウズの持っているティーポットが砕け、中の紅茶が身体にかかって転げ回る。
そして、ゼノムの身体から黒いオーラが立ち上る――
「……恋人ではなく、妹です」
「あっ、そっか〜♪ 聞き間違えちゃった♡」
「……その話はもうよいとして、グレン殿。ロストの居場所ですが、こちらの地図に記してあります。これをお使いください」
「感謝する。では、俺たちはこれで行こう。さらばだ、ゼノム」
「じゃあね〜ゼノムちんっ♡ またすぐ会いに来るからね〜♡」
グレンとラピスは立ち上がり、応接室を後にした。
静まり返った室内に、ゼノムは無言のまま座っている。
「ゼノム様……新しい紅茶をお持ちしましたが……ゼノム様?」
「兄上と小娘が恋人同士……そんなこと、ありえるわけがない……だが、もし……本当にそうなったとしたら……私は……私はぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
バキィィィン!!
「熱ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああ!!?」
またしてもティーポットが割れ、ロウズの悲鳴が魔王城に響き渡った――
【簡易キャラクター紹介】
グレン・ザーク
年齢:26歳
竜王国ザークの王子。ロストとは実力を認め合う良きライバル。幼馴染でもある。
ラピス・ザーク
年齢:20歳
グレンの妹で竜王国の姫。幼い頃からゼノムに恋心を抱いており、積極的すぎるアプローチで彼をたびたび困らせる。




