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魔王、辞めます。  作者: 稲生景


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12/50

新魔王、襲来Ⅳ

「美味しい!」

「さすがレティ様、毎日料理の勉強をしていた成果が出ていますね」

「蟻人さんたちの教え方が上手だったおかげです」

「そう言われると、照れちゃうよね~」

「うむ、レティの料理は最高だな」

「あ、兄様……」


 ロストに褒められたレティは、顔を真っ赤にして照れ笑いを浮かべた。


「どうだゼノム、レティの料理の味は?」

「お、美味しいです……」

「そうか! お前も気に入ったか!」

「……はい」


 ――なぜロストたちがレティの料理を食べているのか。

 話は一時間前にさかのぼる。


 厨房にやってきたゼノムは、レティに「第二の試練」について説明を始めた。


「いいか小娘、第二の試練は――料理だ!」

「料理、ですか?」

「そうだ! 兄上の“妹”たる者、兄上のために絶品の手料理を作れねばならん! かく言う私も、幼き頃から兄上に料理を振る舞っていたからな!」


「思い出した……ゼノム様、昔は毎日のようにロスト様に手料理を届けてましたよね」

「ロスト様は嬉しそうに食べてたけど……一時期、食べ過ぎで太ったことがあったような」

「それで奥様がゼノム様に“料理禁止令”を出されて、我々はロスト様のダイエットに付き合わされましたね」

「うむ、私も覚えておる。あの頃は毎日、近くの山を三往復しておった」

「痩せるどころか、私たちが先に痩せましたけどね……」


「さて、話を戻そう。今から料理を作り、全員に『美味い』と言わせれば、第二の試練は合格と認めよう。よいな?」

「……はい、分かりました!」

「よし、始めろ!」 


 ゼノムの号令で、レティは真剣な表情で調理を始めた――。


 ――そして現在。


 レティが作った魔野菜のスープを一口飲んだゼノムは、自分の料理より美味いと認めざるを得ず、内心で大きなショックを受けていた。


「レティの料理は……最高だな。毎日でも食べたいくらいだ」

「あ、兄様……褒めすぎですよ……でも、すごく嬉しいです」


 ロストに笑顔で褒められ、レティも自然と笑みを浮かべる。


(畜生ぉぉぉ……また兄上に撫でられていやがる! 羨ましすぎる!)


 ゼノムは、内心で嫉妬の炎を燃やしながら、手にしていたスプーンをぐにゃりとへし曲げた。


「……」


 その様子を隣で見てしまった蟻人は、何も見なかったことにして、黙ってスープをすすった。


 ――二〇分後。


「小娘、二つの試練をクリアしたことは褒めてやろう。次の試練を突破できれば、仕方なく貴様を“兄上の妹”として認めてやる。第三の試練は――」


「ゼノム、ちょっといいか?」


 ゼノムが三つ目の試練を言いかけたその時、ロストが口を挟んだ。


「何ですか、兄上」

「さっきから考えていたんだが……この“試練”って、そもそも必要なのか?」

「もちろんです! これは、この子娘が兄上の傍にいる資格があるかどうかを見極めるための――」

「それだよ」

「……それ?」


 戸惑うゼノムに、ロストは静かに言葉を続けた。


「俺の傍にいるのに、資格なんて必要ないだろ? 俺が“傍にいてほしい”と思っていれば、それで十分なんじゃないか?」

「兄様……」


 その言葉に、レティの頬が再び紅潮する。


「だからもう、こんな面倒な試練はやめよう」

「……そうですか。兄上がそうおっしゃるのなら、私は何も言いません。試練は中止といたします。それでは、私は城へ戻ります……シロ!」


「クルルゥ♪」


 ゼノムは、呼び出したシロの背にひらりと飛び乗る。


「兄上、私はこれで失礼します。――そして小娘! 私は貴様を認めたわけではないからな! そのことだけは忘れるなよ! シロ、飛べ!」


「クルルルルゥ!」


 シロの巨大な翼が空を舞い、ゼノムはそのまま空へと飛び去っていった。


「……なんか嵐のように帰っていきましたね」

「ああ、でも……久しぶりに会えて嬉しかったな」


 ロストとレティの後ろでは、蟻人たちがひそひそと話していた。


「見たか? ゼノム様の手」

「見た見た。めっちゃ血出てたよね」

「よく我慢したよ、あれ」 


 そう、ゼノムが帰る時――


 彼の拳はあまりに強く握りしめられすぎて、皮膚が裂け、血がにじんでいたのだった。




 ――そして空の上。


「畜生ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」


 シロの背の上、ゼノムは天に向かって咆哮する。


「“ずっと傍にいてほしい”だと……!? そんなこと、私ですら言われたことがないのにぃぃぃぃぃ!! 羨ましすぎるんだよあの小娘ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」


 怒りと嫉妬の感情を爆発させ、ゼノムはどす黒いオーラをまき散らしながら、魔王城へと帰っていった。

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