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魔王、辞めます。  作者: 稲生景


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新魔王、襲来Ⅲ

 ――ロストの自室


「いいか、小娘。これからお前には三つの試練を与える。それをすべて乗り越えたなら、仕方なくではあるが、お前を兄上の“妹”として認めてやろう……だが、一つでも失敗したら、そのときは――わかっているな?」

「はいっ! 絶対に全部クリアしてみせます!」

「……ロスト様、これ一体なんですか?」

「さっぱりわからん」

「ですよね……。っていうか、ゼノム様、いつの間にここに来たんですか?」

「さっき木の実採りから戻ってきたら、庭にシロがいてさ、びっくりしちゃったよねー」

「つい先ほど突然現れて、なんだかよく分からないうちにこんな流れになってしまってな」


 ロストと蟻人たちが困惑しながらも会話を交わしている間、ゼノムはそのまま「試練」の説明を続ける。


「まず第一の試練は『掃除』だ。兄上の妹を名乗る以上、兄上の部屋を常に清潔に保つのは当然の務め! 実際、私も幼少の頃は兄上の部屋をよく片付けていたものだ」

「ああー……そう言えばゼノム様、昔は私たちがロスト様の部屋を掃除しようとすると、『自分がやる!』って言って、毎日のように隅々まで掃除してましたよね」

「そーそー。それで奥様がそれを知って、ゼノム様に“掃除禁止令”を出してから、やらなくなったんだよねー」

「ちょっと待て、俺はそんな話初耳だが?」

「魔王城じゃ、けっこう有名な話なんですよー?」

「……そうなのか?」


 ロストが不思議そうに首を傾げる。


「……ロスト様って、ほんと妙なところで鈍いよねー……」

「ああ……何故かロスト様だけ、ゼノム様がブラコンだってことを知らないんだよな……」

「お前たち、何をコソコソ話している? 少し気になるのだが……」

「いえいえ、たわいない話なので、お気になさらず!」

「? そうか?」

「では、今から一時間以内に兄上の部屋を完璧に掃除してみせろ。当然、それくらいはできるのであろうな?」

「もちろんです! やってみせます!」

「ふん、では始めよ。兄上、我々はその間リビングに移動しましょう」

「ん? わかった」


 ロストたちはゼノムに連れられてリビングへと向かった。


「よしっ、頑張るぞっ!」


 ロストたちが部屋を出てすぐに、レティは意気込んで掃除を開始した。




 ―一時間後。


「兄上、この魔茶、美味しいですね」

「だろう? この辺りには良い魔葉が採れる場所があるんだ」

「なるほど……これは城に持ち帰りたいですね」


 ロストは久しぶりに再会したゼノムとともに、リビングで魔茶を啜りながら他愛もない会話を楽しんでいた。


「ゼノム、父上と母上は元気にしているか?」

「はい、二人とも相変わらずラブラブですよ」

「そうか……。だがゼノムよ、正直言って、よく分からんのだが……こんな試練、やる必要があったのか?」

「当然です。兄上の妹を名乗るなら、これくらいはこなせて当然。資格の問題です」

「……資格、か」


 ロストは首を傾げ、茶器を傾けた。


「――おや、一時間経ちましたね」


 ゼノムは懐から魔時計を取り出して確認する。


 ちなみに魔時計とは、持ち主の魔力によって動作する時計である。魔力を持たぬ者が持っても、ただの止まった機械に過ぎない。


「では、様子を見に行きましょう、兄上」

「ああ」


 二人は再びレティのいる部屋へと足を運ぶ。


「さて、どれほどやれているか……まぁ、せいぜい半分終わっていれば良い方でしょうね」

「レティ様なら、きっと大丈夫ですよ」

「ん? どういう意味だ?」

「レティ様なら、もう掃除は完了していると思うので」


 ゼノムがロストの部屋の扉を開いた瞬間、目を見開いた。


「こ、これは……」


 部屋は、完璧に清掃されていた。


 窓ガラスは光を反射してきらめき、床には塵ひとつ落ちていない。全体が磨き上げられ、整然と整っていた。


 ――恐らく、自分が掃除してもここまで綺麗にはできないだろう。


 そう、ゼノムは思わずにいられなかった。


「どうですか? 完璧に掃除しましたよ!」


 レティが得意げに胸を張り、ゼノムに微笑む。


 それを見ていた蟻人たちが拍手を送った。


「レティ様、お見事です!」

「さすが、俺たちの掃除テクニックを全部吸収しただけのことはあるな!」

「うんうん! 数週間で私たちと同じくらい上手くなったもんねー!」

「これはもう文句なしの出来だよ!」

「そ、そんなに褒めないでください……照れます……。兄様、どうですか?」

「うむ、見事だ。俺の部屋をこんなに綺麗にしてくれて、ありがとうな、レティ」


 ロストは優しくレティの頭を撫でる。


「えへへっ……」


「ほら、ゼノム様。私の言ったとおりでしたでしょ――……!? 」


 蟻人の一人がゼノムの表情を見て、思わず言葉を詰まらせた。


 ゼノムの顔は――まるで般若のごとく歪んでいたのだ。


 《な、なんだと……!? 兄上に褒められて……撫でられて……!? 羨ましい……! なんて破廉恥なぁぁぁぁぁぁ!!!》


 ――と、心の中で絶叫するゼノムであった。

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