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影の波

いつもありがとうございます。

「中に入りましょう」

 カウスは俺たちを窓から引き離す。

「……しかし」

「この中には入ってはきません」

 自信たっぷりにカウスはそう言った。神殿の結界は絶対らしい。魔物に対する防御力は王宮よりも強力なのだそうだ。

「ねえ、リュウは魔法を使わないの?」

「そんなの使えないよ。知らないし」

 ベネトナシュの言葉に、俺が答えると、カウスが目を丸くして驚いた。

「初耳です。そうだったのですか?」

「だって、俺の住んでいた世界じゃ、魔法も魔物もいないし、たぶん神サマだっていない」

 俺の言葉にカウスは絶句した。

「神がいない?」

 いないは、言い過ぎかな、とは思う。少なくとも、信じているひとはたくさんいたはずだ。

「少なくとも、神サマがひとに積極的に手を貸すってことは、ない。神サマを信じている人だっていたけれど、声とかお告げとか聞けるひとなんて、ほぼいないと思う」

 ベネトナシュが眉を寄せた。そして俺を窓際に連れていく。

「リュウ、剣を抜いて。」

「え?」俺は腰に下げた剣の柄に手をかけた。

「剣を奴に向けて、目を閉じて」

俺は言われるがまま剣を抜き、目を閉じる。どくん、と急に、腕の血流が激しくなったような気がした。

「気配が、『そこ』にあることを感じられる?」

 のばした腕から伸びる剣の先から伝わる、小刻みな振動。

気配、というよりは、空気の流れのような微妙は感覚がそこにある。

「あるような、ないような……」

戸惑いを含んだ俺の言葉に、ベネトナシュは伸ばしていない反対の俺の手に手を重ねた。彼女の手から『体温』以外の何かが脈々と俺の身体に流れ込んでくるのがわかった。

「剣の先に意識を集中して、私の言葉の後を追って」

 ベネトナシュは静かにそう言った。

「ゴメイザの名において」「ゴメイザの名において」

 俺は彼女の言葉を復唱する。

「闇よ、立ち去れ」「闇よ、立ち去れ」

 俺の言葉が終わると同時に、持っていた剣から光が弾けた。身体の中を何かが濁流のように流れたのがわかった。そして、目を閉じていたにもかかわらず、あまりにも眩しい。

光ったのは、一瞬だったがとてつもなく長く感じた。網膜が焼かれるようなそんな激しい光だった。

「今のは、いったい?」

 目を開けたオレに、ベネトナシュが外を指さす。先ほど飛来したカラスの姿はどこにもない。

「ブランクル王国のゴメイザの神官さんは、職務怠慢と言われても仕方ないのではないかしら?」

 呆れた声でそう呟くベネトナシュに、カウスが首をすくめた。

「……まさか、リュウヘイが魔法を知らないとは思わなかったので」

「女神の神託以外、リュウ本人に何も興味がなかったのね。呆れるわ」

 ベネトナシュはそう言って、軽く首を振った。

「リュウには、強い魔力がある。剣を取られたくらいで兵士に後れを取るのはおかしいとずっと思っていたわ」

「魔力?」

「勇者に相応しい魔力があります。そもそもその剣は、魔力がないと使えないものです。リュウヘイは剣を手にした瞬間から、実にうまく取り扱っておりました」

 そう言えば。剣の立ち回りの心得などない俺なのに、身体が信じられないほど動いた。俺は女神の力ってやつだろうとぐらいしか思っていなかった。もっとも最初の数日はひどい筋肉痛に襲われはしたのであったが。

「……でも、魔法が使えたとしても、魔を滅ぼしたり封じたりは出来ないのだろう?」

 俺の言葉にベネトナシュが苦く笑った。

「私は知らない……でも、ゴメイザの神官様はどうかしら?」

 カウスは困ったように首をすくめ、首を振る。

「意図的に隠していることは何もありません……ただ、私が知らないだけで、ヒントはどこかにあるのかもしれません」

 カウスはふうっと息を吐いた。

「地下の書庫へとご案内します。リュウ本人ならば、何か見つけられるのかもしれません」

 開いていた窓の鎧戸をぱたんと閉じて、カウスはランプを手にする。

 塔のらせん階段は、下に伸びながら闇に溶けていた。


 埃っぽい地下の図書館。背表紙に書かれた文字は、俺には何のことだかさっぱりわからないただの記号である。

「召喚の術はここにあります」

 カウスは分厚い表紙の本を指さした。

 俺は見てもわからないだろうな、と思いつつ、本を受け取る。おそらく、印刷というものがないのであろう。本は手書きだ。紙ではない。思った以上に重みがあって、ずっしりとした。

 表紙には、見たこともない記号がならんでいた。アルファベットでも、当然日本語でもない。

「なんて書いてあるの?」

「『異界の門を開く』よ。見せて」

 ベネトナシュは俺から本を受け取った。そもそも文字が読めない俺が、本を持っていたところで、何の意味もない。彼女は真剣に本を読み始めた。

「なあ、カウス。俺の私物が『ゲミンガ』なら、ひょっとして、俺も妖魔と同じ『ゲミンガ』ってこと?」

 本の背表紙に並ぶ見たこともない記号。それを見ると自分がこの世界の異物であると感じる。こうして、言葉を交わし、意志の疎通は出来るけれど、本当はこの会話も異なる言語のものなのかもしれない。そう考えが至った時、俺の心はひどく孤独に震えた。

「大きな意味ではそうです」

 カウスはそう言って、首をすくめた。

「しかし、リュウヘイは、妖魔ではありません。ゴメイザの寵愛を受けた勇者です」

「寵愛? 何の説明もなく、武器だけ与えて人殺しをさせることが、寵愛なのかよ?」

 俺は、拳を握りしめる。身体が震えた。ここで、カウスに罵っても仕方がない事はわかっている。

この世界の人間は『ゴメイザ』の言葉は絶対だ。それに、最初『勇者』と呼ばれて浮かれていたのは、他ならぬ俺自身だ。神サマに選ばれた戦士という言葉の甘美さに、何一つ知ろうとせず、言われるがままに妖魔を退治にいったのは、自分の意志だ。

「リュウは、どこから来たのかしら?」

 ベネトナシュは本をめくりながら顔をあげ、そう言った。

「リュウの世界は、私たちの知っている世界とだいぶ違うように思えるの。世界が、『天界』『人界』『魔界』の三つでできているのなら、リュウはどこから来たのかしら」

 ベネトナシュはカウスの方を見て、訊ねた。

「私たちの住むこの『人界』を巡って、天界と魔界は争っているのよね? ひょっとしたら、リュウは天界の人間かもしれないと思っていたのだけど……リュウの世界には、神も、魔法もないのでしょう? 世界を渡る力も、リュウ自身にはないし」

「少なくとも、俺の世界は天界なんかじゃない。もしあれが『天界』だとしたら、天界の人間は、こっちの世界があるなんて知らないってことになる。『この世界』と文明、文化レベルの違いはあるけれど、魔法があるぶん、こっちのがよほど天界ってやつに近いと思う」

 俺とベネトナシュの会話を聞いていたカウスは眉を寄せた。

「……世界は、神々が伝えたような世界ではない、と、いうことでしょうか?」

「でも、ゴメイザはいろいろ伝えてくるわけだし、リュウは現実に『召喚』されたわけだもの。全く違うわけじゃないわよ」

 ベネトナシュはそう言って、首をすくめた。

「……ただ、リュウの世界は、神々の言う世界とは違うものに思えて」

 俺のいた世界に魔法はない。他の『世界』があるなんて、誰も知らないから、この世界を巡って、覇権を争う、そんなことができる存在は、俺の世界にはないはずである。

「なあ、この召喚の本って、誰が書いたの?」

 俺は素朴な疑問を口に出す。

「伝説の魔術士ムリフェンです。神代の時代の人間、と伝えられております」

「そのひと、どうして、異世界召喚の方法なんて知っていたのさ?」

 俺の疑念に、カウスは首を傾げた。

「待って」

 ベネトナシュが口を開いた。

「カウス、この本、下巻があるみたいだけど?」

「ちょっと待ってください」

 カウスは、埃の溜まった床の床板を上げた。ぷわっと埃が舞うなか、カウスはもう一冊、手がきの本を取り出す。

 ベネトナシュは、パラパラと本をめくって眉をしかめた。

「この本の内容……昔は、ひんぱんに『異世界の門』は開いていたと読めるのだけど」

 ベネトナシュはそう言って、文字を指で追う。

「……伝承ではムリフェンはどちらかというと、異世界の門を『閉じる』ために尽力したと、聞いております」

 ジッと持ってきたランプの油が音を立てる。自分がこの国の文字を全く理解できないというのが、とてももどかしい。

「異世界の『穴』をふさぐために、『門』を閉じる……と、あるわね」

 ベネトナシュはそう言って、黙り込んだ。

「リュウは、『門』を開いて、召喚したのよね?」

「そうです」

「穴は、開かないのかしら?」

 ベネトナシュは首を傾げる。

「穴って、何?」

 俺の言葉に、ベネトナシュはもう一度本に目を落とす。

「……影。影の這い出るもの。穴が開くと、影が這い出て、世の混乱、血や殺りくを呼ぶとあるわね」

「まるで、魔族のようだ」

 俺の言葉に、カウスは、眉をしかめた。

「門が開くと、穴が開く。穴が開けば、門を開いても良い……まるで、天界と魔界がこの人界に介入するときのルールにそっくりです」

「ゲミンガ遺跡」

 ベネトナシュはポツリと呟いた。

「ゲミンガは、『穴』だわ」

「ふーん。じゃあ、門を閉じる?」

 俺の言葉にカウスは首を振った。

「門は、既に閉じています。今度開けるのは、リュウヘイが帰るときですから」

「待って。影は、光満ちるものに縫い止めなければならない。そのためには」

 ベネトナシュは、必死で文字を追う。

「影からくる波を返せ? なんのことかしら」

「波?」

 俺は、首を傾げる。

「……リュウヘイの持っていた光なんとかで、光の波をつくるとか?」

 カウスは、何か他に資料はないかと、本棚を捜し続ける。

 俺は、DVDを取り出して眺める。

 そういえば、光には、確か、波長があるなあと思う。

「波長」

 俺は、さっき、魔族と対峙した時に剣先に感じた振動を思い出す。

「あの振動のようなものが、何か関係するのだろうか?」

 俺は、ぽつりと呟く。

「えっと……待って。正しく波を返すには、影と同じ波を持つ、門を通ったものが、逆召喚すべし、とあるわね」

 ベネトナシュはふうっと息をついた。

「ちょっと待って。そうすると、勇者っていうのは、影と同じ波を持つってことなのか?」

 俺は、耳を疑う。

「そうかな。でも、とりあえず、逆召喚ということは『還し』の呪文を唱えることが、解決になるかもしれない。試してみる価値はあると思うわ」

「そうですね。一歩前進、かもしれません。『還し』の呪文は、『光は影、影は光。流れよ、大いなる扉の向こうに』ですね」

「うわっ、カウス、不用意に唱えて、門が開いたらどうするんだよ!」

「大丈夫ですよ。呪文だけでは開きません。光の『輪』が必要ですから」

 カウスはしれっと答えた。そういえば、召喚された時、俺は同心円状のろうそくで作られた魔法陣の中にいた。

「そういえば、リュウヘイ、先ほど、『振動』がどうとか言いました?」

「ああ……えっと。波っていうのは、揺れるからな」

 俺の答えにカウスは、ハッとしたように目を見開いた。

「門を開いて……リュウヘイが来たとき、ドンという衝撃がありましたね。まるで空気が震えたみたいな感触でした」

「空気の震え、ね」

 剣から伝わった感触は、小さな振動のようなものだった。あれが、いつでも感じられるのであれば、それは『影の波』なのかもしれない。

「やってみるしかないか」

 俺は、剣の柄に手を当てて、大きく息を吐く。

 迷っている暇は、たぶんないのだから。



大難産でした。


あと1~2話で終わります。

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