》6話
右海区は名前の通り海に面した湾岸地区だ。商業が特に盛んで地区の至るところが賑わっている。更にこの界隈は白を基調にした建物が多くて『白亜街』とまで云われ、観光客からの需要も高い。海のブルーと白い建物は市民のデートスポットでもあるのだという。だから人が自ずと集まり活気に充ちている。
……ええ、そう、充ちているのよ。
「きゃああっ、貴女様がマクベス侯爵令嬢様ですねッッ!!」
「ヤバい、白い制服に凛とした表情とかナニコレ美しすぎるぅぅ!!」
「ああっ、しかも御一緒にいらっしゃるのがアイオーディン殿下よ!!こんな理想的な組み合わせなんて……はうっ!!」
「ちょっと、貴女しっかりなさい!!気を失っている暇があったらその眼福なお姿を焼き付けるのよ!!」
「「………………………………」」
活気に充ちている、の意味が激しく違うような……。
街を歩き出して数刻後。
若いお嬢さんたちに囲まれている私達がいた。
ナニコレ?
きゃぴきゃぴ(死語)しているお嬢さん方に笑顔を向けながら(そりゃあイメージ第一な騎士団ですから、一応)、視線でアインに問う。
さぁ?
同じく笑顔を顔に貼り付けたアインは困ったように応える。
本当かしら?と内心疑いながらもちらりとお嬢さんたちに視線を戻した。
そういえばよく聞いたら何だか好意的な雰囲気がバンバン伝わってくる。その証拠のように何だか妙にキラキラした瞳、瞳、瞳……。
……正直に言うと驚いたわ。
やはりというか社交界(勿論参加ではない、警備の方よ)に参上すれば後ろ指とまではいかないが不躾な視線はバシバシと感じている。一年経とうがあまり変わりない。あの社交界独特の視線はいくら身近であっても慣れるものではないわ。
……覚悟はしていたけれどやっぱり修道院にでも隠居していたかった……あ、思い出すんじゃ無かったわ。
まぁその不躾な視線は切り捨ててあげましたけど。今の私には関係ないですし。
話が逸れたわ。
社交界の『まぁ、あの婚約破棄されたマクベス令嬢よ』のような厭らしい視線とまではいかないでしょうが―――この無駄に好意的な視線を向けられるようなことにも身に覚えがないのですが。
どうしたものかと戸惑っているとお嬢さんたちのなかの(恐らく?)リーダーらしき女性がハッとしたように「さぁさぁ!!」と掌をパンパンと叩く。
「ほらっ、あなたたち。アイオーディン様やマクベス様はお仕事の最中なのよ、お邪魔してはいけないわ!!」
女性の声に他の人々も「そうね」「その通りだわ」と口を揃えて
「「「お仕事頑張って下さい!!」」」
と言うと蜘蛛の子を散らすように解散していった。
――――一体何だったの……。
呆然とする私の横でアインは「で?」とその場に只一人残っているリーダーな女性(暫定的)に発言を促す。
彼女は普通の人よりよっぽど肝が据わっているのだろう、仮にも王子様の前なのに堂々とした態度で口を開いた。
「御前での発言を失礼します、アイオーディン殿下、マクベス侯爵令嬢」
「今の我々は只の騎士団員だ、気にするな」
「御意に」
にこっと笑う彼女は間違いなく美人さんだわ。
キリッとした態度もそうだが、何だろう、何処となく泰然とした態度は貴族にも通じそう。
「それで?リージェス子爵令嬢?コレはどういうことか説明願えるか?」
あらアイン、いい笑顔……じゃなくて。
子爵令嬢?
……え、リージェス子爵令嬢?
私は思わず目を丸くして目の前の女性を二度見してしまった。
うん、私は悪くないと思う。
その子爵令嬢?はコロコロと笑うと口を開いた。
「よくお分かりになりましたね殿下。この姿の私を見分けることが出来る方は貴重ですわよ?」
「どの口が言う。うちのと悪巧みしているときなどと大して変わらないだろうが」
「あらやだ、本ッッ当に失礼ね殿下は」
何だかアインは訳知り顔なのですが、ねえ。私にも説明願えないかしら、分かるように。
そう、例えばこの目に見えない火花の理由とか。視線だけで何かが焼けそうよ。
「……まぁいいですわ」
おお、何だかよくわからないバトルは終了したようで、リージェス子爵令嬢?は私の方に視線を向けてきた。……アインをわざと無視していません?燃えるような朱の瞳を輝かせて彼女は私に笑いかけた。
「お初にお目にかかります、マクベス侯爵令嬢。私はこの右海区に拝領しておりますリージェス子爵家のマルトゥリーデと申します。貴女様の『お噂』を色々と拝聴してから見えることを願っておりましたわ」
「……『噂』、ねぇ……」
どうせロクでもない噂なのでしょう、思わずげんなりしてしまったのは悪くないと思うの。
でも解せない。
あのロクでもないと想定される『噂』の何処にこう瞳を輝かせる要因があるというのか。
思わずじとんとした瞳を向けてしまう。
アインはアインで顔をしかめながら彼女を見つめ、2つの怪訝な瞳を向けられた当の令嬢はふふ、と笑い返す。
「そんなに警戒なさらないで?少なくともこの【右海区】では侯爵令嬢については好意的な人の方が多いですわ。嘘だと思われるならハイヴァルク殿下に聞いてみると宜しいかと」
アインはふぅん?と何か理解したように納得しているけれど。
あの、だからそれだと私は何も理解できないんですってば。