》5話
「いや、何で僕がケインさんと巡回に当たるんです。そもそも僕もヒルダさんもまだ巡回メインでは無いですよ。ケインさんの手綱はもっと他の人のほうが上手く捌けるでしょう?ルフさんとか。こんな駄馬の相手するほど僕体力ないです」
「…………お前もうちょいくらいオブラートに包めよ、言葉を。というか俺にだけ何でそんなに容赦ないわけ?」
ケインはその場でがっくりと頭を垂れた。
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朝食後多少(多少……?)のすったもんだはあったものの、今日も騎士団の日常が始まった。
この部隊は王国に所属する『騎士団』の中でも群を抜いて所属人数が少ないことで有名だった。
その割に何故か宿舎で見たことのない人も未だにいて、全くもって謎な集団である。
その謎な集団のひとり、アインの管轄地を連れ立って歩く。
王子様が街中を供も連れずに徒歩で歩くとか最初はびっくりしましたよ。だけどよく考えればここは騎士団。しかも『王立騎士団』を冠している。
優遇は無し、そういうものかと納得する。
アインは馴れた足取りであちこちに足を向けていく。
ここは王都の中心地より少し外れた東地区。
どちらかというと商業が目立つような土地柄だった。
連れ立って歩いているとよく分かるわ。
アインもハルも、王子様なのに街の人々ととても親しい。
少し歩けばあっちの店、こっちの家屋から色々と声を掛けられている。気さくすぎる。仮にも王子様が。
学園に居るであろう貴族令嬢にこの事実が知れ渡ったら大変なことになりそう……うん、考えたくない。
私も巡回をしながらちらちらとアインを見る。
ほら、今もまた近くの親子連れに声を掛けられているわ。
「ヒルダ」
…………ん?
「何?」
「どうした?そんな顔して」
「そんな顔?」
「苦虫を噛み潰した顔」
「…………ひ、ひどい言い種ね…………」
何と返せばいいのか分からず、自分の頬が引き攣るのを感じた。ふっと笑っているんですけど……ちょっと、美形だからってその言動許されないわよ。
だって、仮にも女性に何てこと言うの?
ここは憤慨したって許されると思うわ。
「私は何時もこんな顔ですけど」
「そう?」
そう返されながら思う。
アイン、全然信じていないわね。
何だか腹が立ってきたのでツン、とそっぽを向く。そうすると背後でまたくっと笑う声がした気がするけど聞こえないわ。
「まぁいいや、ヒルダは右海区は行ったことある?」
「行ったか、で言うならあるけれど……」
「巡回では無い?」
こくん、とその通りだったので素直に頷く。
右海区は王都の中でも割と外れに位置する場所で、寄り道で〜とかで行くには些か不便な場所なのだ。
そしてこれまで在籍していた学園とは真逆の位置にあるため何かの用事がなければ行くことも無い。
結構観光名所が多いということは知っているけどその分正直―――問題も多いらしい。
『らしい』というのも、一応名の通る侯爵令嬢である私、父を筆頭に問題の無さそうな所にしか行く事を赦されなかったのよ。問題の起きそうな所は先に手を打たれていた、とも云うけれど。
アインもそれを読み取ったのだろう。
解った、という顔をする。
「右海区は善くも悪くも【動く地区】だ。だから巡回も他の地区に比べれば多く手を割いている。それと、今日は右海区のとある地点で『問題が起こる予定』があるから、ヒルダは俺から絶対に離れないこと」
「…………はい?」
思わずアインを2度見してしまった。普通に会話をしているけれど不穏な単語が…………問題が起こる予定ですって?
「まさかと思うけれど……アイン?」
「何?」
「今日のエレンの『試験』って……」
「流石ヒルダ、慧眼」
その笑顔に今度は目眩を起こしたくなった。いいえ、もう私、気合いで起こしたっていいわ。気合いで起こるか分からないけれど。
騎士団ってば事前に『今日何れかの問題が起こる』と知っているのだ!!
なのにそれを『利用』して―――挙げ句『試験』に使うとか……。
「……騎士団って……」
「何?」
「…………いいえ、何でもないわ…………」
ええ、もう突っ込んだら負けな気がした。
「要するに、アインは私の『お目付け』という訳なのね……」
「いえいえお嬢様、ボディーガードですよ?」
「白々しいわよ王子様。言われなくても近付かないわ」
そんな最初から危険だと解っている所なんて。
あ、本気で目眩が。
ヨロヨロと覚束ない足取りでとりあえずアインに付いていく。
「手を貸そうか?」
「結構よ」
流石にそんなに柔ではない―――この一年散々扱かれましたから。
私が付いてくるのを確認し、アインも再び足を動かし出す。
「位置的に大丈夫だと思うけれど、ヒルダ」
「ええ、解っているわ」
「不測の事態には?」
「先ずは退却と、状況判断」
「オッケー」
ああ、基本騎士団というものは面倒事に対応すると知っているけど―――どうしても面倒事があると知っている場所に赴くのは頭が痛い。
白い制服が風にふわりと靡かせながら、私とアインは連れ立って右海区に歩いていくのだった。