》3話
籠を王子様に持たせたまま、ぐいぐいと王子様に背中を押される。
さぁいざ台所へ!
と微妙な掛け声と共に3人で転がるようにやってくると。
ああ、うん。
ごめん、本当にごめん、と思うから。
「ヒルダさん、遅いです。あの猛獣達は1分1秒だって待ってはくれないんですよ、ちゃんと理解かっていますか」
と、迫力満点で訴えられた。
真顔で懇切訴えないでください。
本気で怖いですから。
金髪美青年が淡々と訴えてきた。
あまりにも淡々と訴える。無駄に怒るよりこの無表情の方が何倍も恐いのね。勉強になるわ。
そんなエレンの行動も今では何も思わないけれど、当初はびっくりしたものだ。
騎士団では、己の身分など関係ない。
私はただの見習いだったし、王子様方も一介の騎士だ。貴族も平民もない。
そう、此処では何も、関係がない。
私がどういう事情で此処に来たのかも関係がないのだ。
それは本気で意外だったけれど、ある意味私にとって最高の場所でもあった。
「全く、騎士というのはもう少し優雅であるべきだと思うのに、特にケインさんは優雅という言葉を何処かに捨て去ってしまった人なんだから……」
文句は止まらないけれどエレンは見事な手捌きで野菜を切っていく。その道のプロと名乗ってもいいのではと思う捌きっぷり。
…………羨ましくなんかないないわよ。
エレンは私とほぼ同じ頃に騎士団に入ってきた云わば同期。
だけど最初はお互いどう接していいのか分からなかった。
私は『婚約破談となった侯爵令嬢』―――そしてエレンは『下町の食堂出身の平民騎士』。
私たちはこの様々な人種が集う騎士団において腫れ物も同然だった。
そんな私たちが意気投合したのは本当に不思議だが――――とある一人の先輩騎士の一言のせいだ。
『おいおい、騎士団は一体何時からお子ちゃまの集まりになったんだ?ははっ、その可愛いお顔を傷付けたくなかったらさっさと家に帰れ?』
『『…………………………』』
爽やかな笑顔と共に云われた言葉を咀嚼する余裕もない。
あの瞬間。
ぎくしゃくしていた私とエレンの間に確かに目に見えない絆を感じたわ。
―――何だ、あの騎士は。
本当に残念の一言しか浮かばなかった。
いや、本人は全く、これっぽっちも悪気が無いんだよ?(ハル談)
あれはそもそもデリカシーというものを母親の胎内に置いて産まれてきた生き物だ、聞き流せ(アイン談)
後から聞けば身も蓋もない評価しか聞けない先輩騎士・ケインは素晴らしい腕っぷしと残念な思考回路で私達二人に『こんな騎士にだけはなりたくない!!』という共通認識を産み出してくださった。因みにケインと会ったのはこれが初めてで、どうも向こうは私達をただの見学者だと思っていたとか。
騎士団の制服を着ていたのに何で。
そしてこれからは出来る限り用がなければ近づいてはいけないと心に誓った。
…………主にエレンの精神安定のために。
――――とか色々と考えているうちにご飯が粗方出来上がってきたわ。
朝は基本的にパンと野菜サラダ、それに何れかの副菜をつけること。
それが最低限決められたルール。
今日はエレンのお陰で朝御飯の準備が早く済んだので本当にありがたいわ。
情けないけれど私の腕じゃそんな域に到達出来るかすら分からないもの。
何故こんなルールが決められているのか。話は簡単で『料理が出来る人も出来ない人も最低限を身に付けるように』というありがたーい説法を残してくださった初代騎士団長様のお言葉を今日も推進しているためなのだという。
……今日までケインの料理で死者が出なかったことは奇跡に近いわね。
などと余計なお世話を思い浮かべる。
私も人様に自慢できるような料理の腕を持っている訳ではないけれど、流石に少しは上達したと思うの。だからこそ何故ケインがちっとも、ちっっっっとも、料理の腕が上達しないのか不思議で仕方がない―――ハルはそれについては騎士団の七不思議だと言っていた。
…………後の六つは怖くて聞けなかった。
「さて、後はメインにチーズをかけて焼いたらおしまい。ヒルダさん、簡単でしょう?」
「ええ、大丈夫そう。エレンと一緒だと何時も感心しちゃう。エレンは本当にすごいわよね」
「そう言いますけど、ヒルダさんは要領がいいので応用を利かせればある程度何とかなりそうですよ?」
「本当に?そう言って貰うとやる気が出るわ……え?」
くんっ、と突然服の裾を急に引かれた。え、何事かと視線を向けるとそこには自室へ消えたと思っていたアインとハルが。
もしかして時間!?と慌てて時計に視線を向けるが時間はまだ20分は早いはず。
「どうしたの、アイン、ハル?」
「まだ時間じゃないですよ?」
「申し訳ないが二人とも―――タイムオーバーだ」
「「……………………は?」」
いや、だからまだだよ?ともう一度視線をアインに向けるとほぼ同時。
食堂から何やら騒がしい声が聞こえてきた。
「…………何で朝からあんなに大騒ぎしているんですかあの人は…………」
頭痛い、と本気で頭を押さえ出すエレン。ええ、その気持ちとっても良く分かるわ。内心そう思いながらもどうリアクションすればいいのか分からず私は呆然としてしまう。そんな私達にアインは苦笑いを浮かべた。
ああ、本物の王子様はそんな姿も様になるのね―――じゃなくて。
「二人とも、手伝うからもういけるか?」
「ええ、粗方出来上がっていますから問題は無いですが……はぁ……」
「…………朝から元気ですね、ケインは」
私達が呆気に取られていると、二人は苦笑いしながらさっさと手を動かしていく。ああ無駄のない動き――――でもなくて!!
「ちょっ、アイン、ハル!!それは私達が運ぶから大丈夫よ!?」
「いいからいいから、早くあの猛獣にエサをやったほうが平和だから」
「ヒルダさん、ここはハルさんにお任せしたほうがいいですよ。…………僕たちが無駄な労力を使う必要なんか無いですから」
いや、確かに出来ればケインの扱いに長けたハルが行くのが一番いいのでしょうよ!?
だけどそれでいいのー!?
「いいのいいの、ほらヒルダ。こっちは何処に運ぶの?」
アインに促されながらあれぇ?と疑問符に埋もれる私。
だけど目の前の皿を運ぶのに意識を向けなければ失敗するので(以前皿を落として大惨事を起こしてしまったのだ。あれは泣くかと思ったわね)、とりあえずそっちはハルに任せて最後の追い込みに意識を向けた。
というか、それしか選択肢が選べなかった。
あれぇ?