》2話
「ヒルダ、いつも思うけど一体何時に起床しているの?ここで逢うときにはキチンとした格好をしているよね?準備に時間がかかるなんてお嬢様のお約束でしょ?」
「ハル、女性にそういうことを聞くのはマナー違反」
「え、純粋な疑問だけなのに」
「ならば学習して。私だけなら流すけど令嬢が聞かれたら可哀想よ」
「ははっ、相変わらずハルには容赦無いな、ヒルダは」
「貴方もよアイン。そもそもハルは貴方の弟でしょう。何時も言っているわよ、手綱は握っておいてください、と」
「ははは、無理無理」
「ひでぇな兄上は。可愛い弟を少しは庇えよ」
「どの口が言うんだ、どの口が。そもそもお前は同い年の兄弟なんだから弟も何も無いだろう」
「そりゃ世間様が許さないって」
「騎士団では当然だろう」
「………………いい加減邪魔なのですが」
ええ、兄弟仲が宜しいのは全く構いません。
だけど人の進行方向で戯れ合わないで。
邪魔。
非常に邪魔。
只でさえ結構重い籠を持っているのに。
騎士団をにあれよあれよと連行されたものの所詮は一端の侯爵令嬢の私。
当然当初は全く使い物にならなかったわ。
ええもうものの見事にただのお荷物よ。言葉をどんなに取り繕ってもそれは変わらない。
それは当然よね、純然たる事実にしか行き着かなくて涙も出なかったわ。……あら、何だか無性に遠い目がしたくなったわね。
一応侯爵家の端くれとして護身術とかは修得していましたよ?確かにそこいらの令嬢には負けない身のこなしくらいは修得していたと自負していましたよ?
……でもそれ、あくまで自分の身柄を護るだけですから。
そんなお荷物で非力な私も周りの屈強な騎士達に揉まれまくり、漸く重い野菜籠を一人で持つくらいは平然となりましたよ。
―――もう深窓の令嬢なんて名乗れないわ、これ。
なんてちょっと自分の世界にトリップしていると、あれ?両腕で抱えていた筈の重さがふっと軽くなった。
「え?」
「ヒルダ、自分一人で頑張るのは君の美点だけど、使えるヤツは騎士団にはゴロゴロ要るんだから、それくらいは押し付けなさい。此処にいるハルとか」
ひょい、と何でも無い顔をしながら私が両腕で抱えていた籠を奪い去り、アインはいい笑顔で隣のハルにポイっと籠を投げつける。
「……っぶねぇな、もうちょいソフトに投げろよ」とか言いながらまた難なくハルはその籠を受け取って……あの、それ、一応結構重い筈なんですけど。
でも中身はきっと無事なのだろう。普段どうしようもなくおちゃらけているくせにこういうところで当然のように色々やってしまうのは、やっぱり騎士団の人間はエリートなのだろう。
私はまだまだね。
勿論筋肉隆々にも騎士団のエリートにもなるつもりないけど。
しかし、流石王子様。
ひとつひとつこなすことに無駄がない。
籠を投げつけたアインことアイオーディン・ウル・シュタイザー殿下は青灰色の髪を持つ第一王子様。
隣で籠をキャッチしたハルことハイヴァルク・イデア・シュタイザー殿下は砂色の髪を持つ第二王子様。
―――二人は私を騎士団に引っ張り混んだ張本人だけど、その後何かれと私に気を使って下さる。
なんてこと。
畏れ多くも王子様に。
勿論最初は引っ張り混んで『下さった』ことにとーっても腹を立て……いえ、大変ご立腹に……もういいわ、苛立ったけれど。間違いなく現段階で『イイ人』属性な彼らに腹を立て続けるのも疲れた。
出来たらあんまり王子様には関わりたく無かったんですけど……。
丸め込まれていることを重々承知しながら、でも居心地がいいと感じていた。
そう、居心地がいい。
まるで学園で生活していたあの日々が最初から無かったかのように。
「今日の朝食当番はヒルダとエレンだろ?今日は1日ツイているなー」
「そうだな、前回のケインの当番の日なんかは腹痛を訴える奴らが続出したしな。……嘆かわしい。気合いで何とかしろ」
「いや、兄上?ケインの料理は気合いじゃどうにもならないからな?アレ兵器。料理に括るのは料理に失礼だから」
からからと笑いながら二人は私の前を歩く。
そう、後ろからその背中を見るのは私の定位置。
肩を並べたいなど分不相応なことは願わない。
「ヒルダ、今日の予定は?」
不意に先を歩く二人が振り返り、ハルが私に訊ねてきた。
「え?今日はエレンと組んでいるので投擲武器の確認と組み手の予定ですが」
「ふーん……」
「…………あの?」
ハル、どうしてにやにやと私を見るの。
その笑顔、なにかを企んでいるようにしか見えませんが……。
思わず頬がひくりと引きつってしまったのは私のせいじゃないわよ。
「何、ハル……」
「いや?」
「…………」
「ヒルダ、そろそろエレンが待っている時間じゃないか?もうすぐ起床の時間になるぞ?」
「え……あ、やだ」
アインに促されてはっとする。
気が付けば朝食の準備をするのにギリギリな時間だ。朝食がいくら簡単に済ませるといえ人数がいればそれなりに手間がかかる。
そう、それは自然の摂理よ。
ハルのことはあっさり意識から外し、恐らく待ち惚けをしているであろうエレンに心の底で詫びる。
ごめんなさい、エレン。直ぐに行くから!!
「ハル、私急ぐから籠を頂戴?」
「「……………いやいやいや」」
ハイ、と腕を差し出すと、ハルとアインと二人から溜め息と一緒に待ったがかかってしまった。
え、何で?
私急ぐのだけど。
「ヒールダ、さっきも言っただろ?こんなもの男に運ばせればいいんだって」
「俺達がこれを持ったまま移動しても大した労力にはならないんだって」
「え、でも……」
「ほら、急ぐんだろう?」
ぐ、とアインに背中を押されながら食堂方面へ促される。
ハルは横からそのまま平然と付いてきた。
というか、本当に何でも無さそうに。
……ちょっと、いえ、かなり凹みそうよ。