》16話
お久しぶりですみません!
「…………はぁ」
かちり、と制服の留め金を外し、息をついた。
ここのところ何だか頭がパンクしそう。
……いいえ、その理由は良く分かっているわ。
今日も疲れた。
何が疲れたかって、ケインったらまた練習場の壁を破壊してしまったのでアインが大層ご立腹になってしまったのよ。そこまではまだいい。それは『通常通り』ですからね。それはそれでどうよ?って感じですけど?
問題はその後。
相棒であるエレンはそのとばっちりを受けて医務室行きになり(因みに怪我でではない。暴走を止めるために魔術で応対し、結果魔力切れを起こしたのだ)、その後始末は結局 私達二人に降りかかってきた、という訳だ。
……おかしい。私アインの相棒になったはずなのに何故かケインとのエンカウント率の方が圧倒的に高い気がするのは何故……。
そしてこのパターンどこかの海辺であったような……。
そういうわけでアインと相棒を組んで早くも2週間。
現状全く変わっていないというのが現実だった。
『ヒルダ、今日は見回りな?』
お決まりの一言の後あちらこちらと見回りをしている――――そう、している。
『今日は』なんてさらりと言いながら毎日毎日見回りじゃないの。そりゃあ見回りも立派な仕事ですけど?それはいい。いいのだけど、おまけのようにケインとエレンの騒動にぶつかるのだ。ほぼ毎回よ、毎回!!
…………私、出来たらきちんと仕事を覚えたいのですが。
とはいえ別にそれを蔑ろにしたいとかそういうことではないのよ?誤解しないで頂戴。
街を見回ることは今まで公爵令嬢として過ごしていた私には目新しいことばかりなのよ。
まず自分の足で街を歩くなどしない。必ず馬車で行動するのだから正直街の事も本や噂で知るというのが殆どだった。
どういうものが街で流行っているのかとか、どういうものが求められているのか、直接自分で知ることが出来るのは何よりの勉強で―――恐らくアインもそれがどれだけ重要なのか知っている。
だからこそキチンと見たい。
知りたいの。
私が知らなかった『世界』を。
今のままだと亀より遅い進歩な気がしますけど。
さて、とりあえず明日はエレンの魔力回復薬を生成して―――次の見回りこそ最後までやらなくては。
明日は右海区を見回ると言われている。その際『あの』地区の修復情況も確認しなくては、とアインがボヤいていたのを確かに耳にした。
そう、あの後の様子が気になっていたの。
ケインが派手な捕縛を行ったあの後の現状を。
勿論修復担当の彼等がヘマなどするはずはないが、自分の目でちゃんと見たかった。
だから、仕事とはいえ明日こそはと気合い十分なのだ。
「だから明日はちょっと早めに起きて回復薬を生成しないとね」
誰に聞かせるわけでもなく自分を鼓舞するために口にした。
ほら、やっぱり口にするのって大切よね。
私を奮い立たせるというか。
何時もならもう少し明日の準備とか身の回りを片付けてとかしてから就寝準備をするのだけれど、今日はそれも後回しにする。
寧ろ明日の朝に行動した方が効率的だし。
さて、と制服のシャツを脱ぎ、明日のシュミーズは何れにしようかしら?と引き出しを確認する。
――――そう、私は自室だからとまるっきり油断していたのだ。
「ヒルダ、遅い時間に悪い。これなんだが確認して欲しい所が…………ん?」
「……………………え?」
コンコン、ガチャ。と決して煩くない音と紳士的な声で入ってきた彼。
普段の彼ならこんな時間に部屋を訪ねたりしないわよね。
そもそも返事の前に扉を空けたりしないわよね。
油断していた。
自分の部屋だからと。
―――なんてこと。
書類に目を落としていたせいか彼の反応は一瞬の間が空いていた。
――――当然想定外な行動を取られた私の行動もそのままフリーズ。
何故。
何故、返事が返る前に行動しているのよ。普段の貴方ならそんなことしないでしょうに。
「「……………………」」
私と、アイン。
固まったままきっちり5秒お互いの視線が合った。
そして先に我に返ったのは乱入者の方だった。
「すっ、すまない!!」
私が目で追うのも『あっという間』な早業でアインは廊下に舞い戻った。
その間私がしたことなどシュミーズのままかちんと固まっていただけだ。
あまりの想定外に『きゃあ』などと驚くことは愚かろくな反応もせずに呆然としただけだ。
……いえ、だってアインが来るなどどう想像しろと。
誰に言い訳しているの私。
――――誰かによ。
とりあえずこんなハプニングを夜中に起こしたなど誰にも言えない。特にお父様には。
アインがむやみやたらと言い触らす筈はないけれど、口止め、するべきかしら……。
最低限見苦しくない程度にもそもそと体裁を整えて廊下に舞い戻ってしまったアインを探さなくては。
あり得ないことに動揺してしまったが何か話があったみたいだし?……って、イヤね。私ったら動揺しすぎよ。手が震えてボタンが上手く填まらないとか。
そのくらいさらりと流さなくては。
わたわたと私としてはあり得ないほど簡単な行動に手間取りながら、アインを探すために扉を空けるのだった。