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薔薇は手折られた。

ふ、と閉じていた眼を開いた。


目の前には複数の人間の脚が見えていたが、それも今となってはどうでもいい。

ただ、感情を置き去りにした『私』という入れ物が彼等の前に居た。


「―――何か嘆願は?」


その中でも一際存在感のある声がまるで刺すように落とされる。そこに捉えるのは、ただ、怒りだけ。


―――ああ、何と虚しい。


今更何だと云うのだ。この期に及んでこれ以上私に何の恥を曝せと。


ふ、と。

空虚だった瞳に感情が浮かぶ。


可笑しい。

この状況を可笑しいと言わず何を可笑しいと言うのか。


「嘆願は、と問われているのが聴こえないのか、マクベス」


脇に居た銀髪の(お世辞にも青年とは表現し難い)少年はギラギラと汚いものを見るように私に言う。

いや、彼だけではない。

全部で四人の青年と一人の少女が私を囲む。その中心に私を這いつくばらせるように拘束されているのだ。


どうしてこうなったのか―――私が聞きたい。


そう、この人たちは分かっているのか。いや、確実に判っていない。

揃いも揃って一種の集団洗脳にでも掛かってしまったのかと問いたくなるが―――何だかそれも馬鹿馬鹿しい。

ああ、いけない。

そんなことを考えていたら何だか笑いが起きてきたわ。


堪えきれなくなってきた。そう思ったので何とか声だけはと抑えようと変な堪え方をしたためか、肩が小刻みに震えてしまう。それを泣いているのかと判断したのか目の前の支配者である『彼』は、周りを気にすることなく盛大に溜め息をついた。

その顔、読まなくても何を考えているのかバレバレよ。

面倒な女、そう考えているのでしょう?




――――お互い様ね。




イライラとした感情を隠すことなく目の前の『彼』は口を開いた。

「いい加減にしろ、ヒルガディア・マクベス。お前に求めているのはそんなに難しいことではない筈だ。即刻アリスに謝罪と、己のその罪を告白し、相応の罰を受けろというそれだけが何故理解できない」

―――その瞬間、確かに何かがふつりと切れた音を、私は確かに聞いた。





「……ヴィヴィアン・ガレオ・シュタイザー殿下。これ以上私を失望させないで」





哀しみもある。

怒りも。そして憎しみも。

だけどそれ以上に―――失望した。



私にはどうしてこうなったのかまだ理解できないけれど、これ以上この人に虐げられる理由はない。


仮にも私は侯爵家の人間だ。この国に少なくない爵位を持つ貴族の中でも一番高い身分に近いと自他共に認識している。それはこのような扱いを甘んじて受けろと言われ、はいそうですかと言うわけにはいかない『立場』だ。

それは目の前の『彼等』も幼い頃から知っている筈なのに、一人の少女の為ならどうでもいいのか?

―――ふざけるな、そんなわけあるか。




「離しなさい。レスター・ビアント。誰に対してそのような無礼を働いているの」

私の動きを押さえつけている体格の良い『子爵家の長男』を一瞥し、侮蔑を含んだ瞳をお返しする。

只でさえそちらは礼節を無視しているのにこの暴力。どうしてそこにこちらは礼を払わなければと思うがそれはそれ、貴族の柵はそういうもの―――本来ならば。

レスターが怯んだ隙に更に睨みを利かせ奴を遠ざける。

やつは狙った通りじり、と後ろに後ずさる。ふん、ちょっと睨んだくらいで鑪をふむなんてとんだ根性なしね。


「ユリウス・アルバス。我が家の家名を呼び捨てに出来るなんて、貴方は何時からそんなに偉くなられたのかしら?」

腰巾着よろしく彼のサイドをガッチリキープしている銀髪の少年にそのまま視線を向ければ、ユリウスはひく、と頬を引き攣らせる。ふん、いい気味。自分ではなにもしていない癖に偉そうに振る舞うからよ、自業自得。


「私に対して此処までされたのです、相応の理由があるのですよね?―――ねぇ……ゲイン・ラングラン?」

伯爵家の次男にちらりと視線を向ければ苦虫を潰したような顔をする。眼鏡の奥の瞳がイライラしているわよ、父君と違ってポーカーフェイスが下手くそね。


そのまま痛い視線をぶつけ続ける彼にまた視線を戻す。


「嘆願を、と仰有るとは殿下?それは婚約者である私に対して、我が侯爵家に対して―――王家は手を切ると仰有るも同義ですがご理解頂いて?」



そう。


王の意思による婚約者であるという現実。


たかが子供の一人や二人の我が儘など通用しないのよ、そこら辺理解しているのかしら。いいえ、していないからこうなっているのでしょうね。



「まず貴方様が私との婚約を破談にされたいのなら貴方様から陛下に申し出るべきでした。それも為さらずに御一人で勝手をなさるのならそれで結構。畏れながら私から陛下(・・)に嘆願をしましょう―――殿下、貴方様には畏れながら失望しました」

「なっ……!?」

「再びお逢いしない事を切に願いますわ―――ヴィヴィアン様」




顔を真っ赤にしながら私を見る殿下。

……そこにはもう愛情どころか親愛の欠片も見えない。その事が哀しくて虚しい。だけど私の入る場所はもう無いのだと彼等は言った。お前は要らないと。

だからこそ、にこりと笑う。

此処にいる全員にこの茶番が行き渡るように。眼に焼き付けなさい。私は今、悪役(ヒール)じゃない。

ただ引き下がる主役(ヒロイン)でもない。



「ごきげんよう、皆様―――次に(まみ)える事があるのならば、この様な姿を私の前で披露されないで」



颯爽と立ち去る。そう、あたかも私が主役(ヒーロー)であるかのように。

この茶番を『周りの人々』が広めてくれればそれで充分。


今だけだ―――笑え、私。





耳に残るのは彼等の怒り狂うような声と、周りの戸惑うような空気。

私の居場所は此処には無い。

――――お父様には申し訳ないけれど。





さて、こうなってしまったなら仕方がない。

先手必勝、奴等が何かする前に陛下に御願いに行かなくては。

こういうとき『ヴィヴィアン様の婚約者』という立場はお目通りが叶って助かるわ。尤も、その立場が私をこうやって追い込んでしまったのだけど。



でもそれもおしまい。ならば今のうちに精々好きなようにさせてもらいます。

『私の居場所』を奪っていったのだもの、その程度許されるでしょう?







最早この学園は私の居場所じゃない。

そしてそこに付随する場所は凡そ居心地は善くないでしょう?


さっさと文句も届かない場所に引っ込もう。


私は行動を決めたなら迷わず動く、それがポリシーだ。



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