》12話
ずるずるとひっ捕まれた私達、宛ら首根っこを捕まれた猫のよう……ああ、何だか面倒に巻き込まれている気がする。いいえ、これは気がする、ではないわ。絶対に。というか、この扱い、仮にも女性に対するものじゃないわよケイン。
さして重厚では無いはずの一枚の扉が今日はとても重いものに見える。
ノックもせずにバンッ、と大きな音を立てて「お待たせしましたー!」とのんきに張り上げる声に思わず「はぁ……」と溜め息が零れた。
ケイン。もう少しくらい礼節を……。
……いいえ、期待することが間違いなのは重々承知していますけどね?
「………………はぁ」
あ、部屋にいたアインがこめかみを押さえて同じように溜め息を零した。隣で困ったように笑う隊長もきっと同じことを考えているに違いないわ。
「ありがとうケイン、ご苦労様。ですが二人のその招集方法には首を傾げますが?」
にっこり笑いながら尋ねてくる隊長。……あら、おかしいわね。何だか背筋が寒くなったような。
「……へ?……ッ!!し、失礼しましたッ!!」
そして何時もなら何てことなく笑い飛ばしているケインがわたわたと私とエレンを離し、ぐいっと前に押し出してくる。
な、何事?
隣で同じようにエレンも目を丸くしているけれど、お互いに意味が分からない。
いいえ、そもそもこうして呼ばれていることすら分からないのに。
前に押し出された以上隠れる場所があるわけでもなく(しかも隊長の御前で)、とりあえず背筋を伸ばして隊長を伺い見る。
にこにこと笑う隊長。それは何時も通り。
…………読めない。
何を考えているのかさっぱり分からないわ。
「さて、忙しいところ申し訳ない。もう少し穏便に連れてくると思ったのですが……重ね重ね申し訳ないと思うよ」
「いえ……」
そう言われてしまえばこちらから強く言う事など出来ない。元々言うつもりも無いけれど。
「君達に伝えないといけないことがあってね―――出来るだけ早く」
「…………」
「早く……ですか?」
「ああ、早くね」
……増々訳が分からない。
私達の表情を正しく読み取ったであろう隊長はその笑顔を崩すことなく手を組みながら私に、そしてエレンに視線を向けた。
「ヒルガディア・マクベス」
「はい」
「エレン・ウルグレイ」
「はい」
「君達にはそろそろ補佐をしてもらおうと思うんだ」
「――補佐?」
そう、と隊長は微笑む。
えっと、微笑むのはいいのですが―――
「そろそろ一年経って騎士団にも慣れてきただろう?君達にも相棒をつけるべき頃だ」
「相棒……」
思わずぽつりと呟いてしまった。
『相棒』の制度はこの王立騎士団ではある意味『一人前』を意味しているのだ。これまでのような見習いの立場で誰かに付いて行くのではなく、何等かの任務を与えていく―――そういうことを意味している。
つまり。
「君達はこの一年よくやって来た。つまりは昇進だよ。これからはより重い仕事も有るだろうけれど、その為にいい相棒を組ませるから順々に慣れていけばいいから」
「「………………」」
再びエレンと視線が合う。どこか困惑したエレンの瞳、きっと今の私も同じに違いない。
いいえ、昇進という所は非常に嬉しいのよ。
だけど。
「あの……非常に光栄に思います。しかし我々はまだ実地を多くしてきたわけではありませんし、身に余るのでは……」
おず、と進言するエレン。こういう場面でエレンは物怖じせず発言出来る子だ。
そしてそれを隊長と、アインと、ケインが満足そうに見る―――え?
「エレン、君のそういう客観的に判断出来る所は非常に良いです。でも過剰に低く判断することはありません」
「隊長……?」
「勿論これからの期待を込めて判断しているのですよ。だからいい機会と捉えなさい。エレン・ウルグレイ。君にロードケイン・アイゼンベルクの相棒を命ずる」
「なッ……!?」
ぎょっとした目をケインの方に向けると、ケインはにやっと笑いながらエレンを見る(因みにロードケイン・アイゼンベルクはケインの本名よ)。
……あ、この流れって何か読めてこない?
何か……。
ちらり。
思わず視線を向けた先にいた彼と私はばっちり視線が合ってしまった。その彼は私を見てにっと笑いかけてきて……。
……あら?何かしら、内心冷や汗が……。
「ヒルガディア・マクベス」
「はい」
う、逃げたいんですけど。まるで気分は蛇に睨まれた蛙……あら、何だか可愛くないわね。
嫌な予感がするけれど隊長に言われたら応えない訳にはいかない。出来るだけ平然と見えるように(でも内心は逃げたい一心で)隊長を見ると、やはり特に変わらない穏和な笑みのまま私に告げる。
その宣告を。
「君にはアイオーディン・ウル・シュタイザーとの相棒を命ずる」
……穏和な笑みのまま。
だけどこの笑みに『否』の選択肢は用意されていない。
というよりもよ?
ケインの相棒がエレンということにはまだ納得が行くのですが、どうして私の相棒が王子様なのですか?
そもそもアインの相棒ってハルだと思っていたのですが私は。
もう一度視線をアインに向ける。多分今の私の表情は困惑しか浮かんでいないだろう。
そんな私を笑いながら見るアイン。
…………ええと、すみません、やっぱり理解が出来ないです私。
「どうして僕がケインさんと相棒を組まないといけないのですか……?僕の精神安定のために撤回を進言したいのですが」
「そう言うなってエレン、別に悪い話じゃ無いだろ?」
「………………は?」
出来たら隣で仲良くじゃれあっているエレン共々詳しい説明を下さい。今の私、結構切実ですけど。