》11話
「ヒルダさん、これは?」
「あ、そっちの棚の2番目。右からね」
「分かりました」
机に拡がるのは沢山の草・草・時々花。
先日庭先に準備しておいた薬草各種が乾燥したので絶賛瓶詰め作業中なのである。
念のために言っておくけれどここ、騎士団ね。しかも王立騎士団だから。
勿論城の医務室内にある程度の薬草の確保は在るがあくまで騎士団は『できる以上は自給自足!!』を掲げているため日々のこういう作業は重要なことみたい。
本当に騎士団の創設者は何を考えてこんな方針決めたのかしら……。
本当に逞しい騎士団ね。
「さて、後はそっちですか」
「ええ、大体の分類分けはしてあるからそのまま保管すれば大丈夫よ」
「分かりました」
ガサガサと二人で手分けして整理をする。山のようにあった薬草達は次々とあるべき場所に保管されていくのでこの部屋が大分スッキリしてきたわね。
「香辛料に詳しい人がいれば薬草からでも幾つか生成出来るのですがねー……」
じっと握った薬草の束を見ながらエレンがポツリと呟く。
……ケインに香辛料荒らされたのよっぽど根に持っているのね?
というより。
「それ、香辛料になるの?」
「え?ああ、香辛料の生成なんて王都ではあまり聞かないですよね。けっこう色々となりますよ。手間も時間も掛かるらしくて専門家以外はあまり手を付ける人が居ないみたいですけど。その分価値は高いのですが」
「へぇ……そうなの」
流石エレン。
食に関する知識が豊富でびっくりするわ。
私が今見ている湿布用の薬草も、生成方法を変えれば香辛料になるらしい。なんと。
ちょっと私も勉強しよう。
私の緑の魔法は普段需要が薄すぎて活用場面が浮かばないけれど、これ、活躍の予感がしない?
エレンの横でこっそり決意する。
こっそり……え?
不意に視線を感じた。何だろうか、その視線の先を追いかけていくと……
「……ハーヴェイ師範、何をなさっているのですか……?」
「んー?お前達なかなか作業が早いなー、と思ってな?」
ぼさっとした頭を掻きながら、よれっとした白衣を着たその人は私達の手元を凝視している。
あ、何かしら嫌な予感がするんですけど。
「お前らさ、俺の研究室の掃除……」
「お断りします」
「返事早ッ!?」
ほら、やっぱりきた。
予想通りだったので直ぐ様丁重にお断りする。
返された当の本人は、がーん!!なんて自分で言いながら大袈裟に仰け反っていた。
この人は騎士団に所属している『直属』のお医者様。全くそう見えない(失礼)けれど、腕は国内でも五本指に入ると言われているとか。
「良いじゃないかちょっとくらいやってくれても」
「師範の部屋はちょっとのレベルじゃないです。そもそも私だってそんなに掃除が得意ではないですから―――あ」
「あ?」
「――あ」
私が気付いた時と、師範が振り返った時と。
そしてエレンが絶妙なタイミングで『落とした』時が見事にはまり――――
ドサドサドサッ!!
「ふごぉっ!?」
「「………………あー……」」
見事に師範の足に大放出された。大量の瓶が。
ひとつひとつは大した重さじゃない(まぁ私からしたらそれなりの重さがあるけれど)薬草瓶、でも大量にあれば地味なダメージとなる。
「〜〜〜〜ッ!!」
ああ、痛いのですね師範。
「あー、師範何でそんなところにしゃがんで遊んでいるんですか?」
「おっま……!!」
エレンが困ったように(……でも何故かしら?あまり困ってはいないような?)師範に言うと師範はちょっとだけ涙目になってくわっと噛みついている。
……泣くほど痛いのですか?
「何で落とす方向が全部蓋の角なんだよお前!?」
「気のせいじゃないですか?というか師範、自分のことは自分で、ですよ?まさか師範自らやらないなんて言わないですよね?」
「くっ、聞いてない顔してちゃっかり聞いてやがったか……!!」
……師範、人を扱き使おうとするからそうなるんですよ。というか、エレン、貴方さらっとやるわね。
「ん?なんだこの散らかりは?」
「あ、ケイン」
「……ハーヴェイ?お前何遊んでるの?」
ノックも無しに今度はケインがひょいと顔を出す。そりゃあ悶える師範と私とエレン、床に散らかった瓶だけを見たら何しているのかわからないわよね。
というか、その反応エレンと全く同じ。
「僕とヒルダさんがここで薬草瓶の片付けをしていた際、偶然現れた師範の足に不幸にも瓶が落ちてしまったんですよ」
けろっとした顔であっさり言うエレン。まぁある意味間違えていないわね。
「瓶くらいで?そんなに悶えるほどかぁ?」
ちら、と師範に視線を向けるケイン。……あ、視線が呆れているわ。
「なぁ、ハーヴェイ。お前もちょっとくらい訓練に参加しろよ」
「なっ、馬鹿はその口だけにしてくださいよケイン!!僕みたいな繊細な人が君らみたいな筋肉馬鹿に埋もれていたら一瞬で御陀仏ですよッ!?」
「……とか言ってていざって時に一番容赦ねーのオメーじゃん」
最後の一言はぷりぷり怒っている師範には届かなかったらしい。聞こえていたらもっと面倒になっていたでしょうね……。
「あ、っと。そうじゃない。ハーヴェイはどーでもいいんだって。エレン、それにヒルダ」
「はい?」
「何ですか?」
「隊長がお呼びだ。俺と一緒に来い」
「「………………」」
思わずエレンと顔を見合わしてしまう。や、だって。隊長がお呼び?
ひよこ同然の私達を?
「来れば判るから」
「え、でもケインさん」
「ほらほら早く。待たせるわけにいかないだろ隊長じゃ」
「え、そうですけどでも……ちょっ」
「いいからほら」
「わーい、何々?何か楽しそうじゃーん?俺も俺もー」
「おめーは来んなハーヴェイ!!つかお前はお呼びじゃねーっつーの!!」
「「「ええええー……?」」」
いいえ、ちょっと待って!!
そういう言葉さえ発言を許されないままケインに引きずられていく私とエレン。
説明って重要だと思うの!!
報告・連絡・相談って必要だと思うの!!
所詮今の私達って王宮に仕える一個人ですけど、それくらいの権利は許されるわよねぇぇ!?
心の声は凄く抗議しているけれど当然ケインに全く通じることなくずるずると(しかもあっさりと)連行されていく私達だった。