》10話
あっさりと空になった皿をまた片付けて、終わったと思う頃にはそろそろ始業時間というタイミングだった。
「エレン、さっきストックを確認したのだけど、香辛料の注文をしておいた方がいいみたい」
「了解です。というか、それ、原因ケインさんでしょう」
「ふふ、正解」
先日実地訓練に出掛けた際のご飯時、ケインは『肉はスパイシーじゃなきゃダメだろ!!』と豪語したかと思うと肉の丸焼きに何処から出したのか大量の香辛料を取り出して好き放題味付けしてするという珍事件を起こしたのだ。あの時なんでこの人こんなに香辛料持ち歩いているの?と思ったが原因は何てことない。騎士団の台所から無断で持ち出してきたのだ。
因みにケインはその後アインから『それじゃ意味がないだろうが!!』と思いっきり怒られていましたが……あのくらいではケインはへこたれないでしょうね。
「何時も思うけれどこの騎士団って本当に変わっているわよね」
「というよりココは本当に騎士団なんですかね……今一自信が無くなるんですけど」
「あら、ダメよエレン。そんなこと言っちゃ。……気持ちは分かるけれど」
隊長を筆頭にこの騎士団は『騎士団』というくせに非常に妙な人間が多い。これはもう王子様が居るからかもしれないが『守備をしています!!』みたいな近衛や『有事に常に対応します!!』みたいな軍部などのハッキリした目的が無いのだ。騎士団などと言っているのに。
なのにこの『王立騎士団』への所属は数々の王宮勤めの者達の中では出世コースだとかエリートだとか囁かれているのだという。エレンが言っていたのだから間違いない。
―――世の中はたくさんの謎で成立しているのね。
何だか虚しくなる持論だわ。
「それで、今日はハルさんも副隊長も出掛けているので、アインさんとケインさんは隊長の手伝いをとのことです」
「……手伝い、ですか?」
「ええ、手伝いだそうです」
エレンは『何で面倒事が次々と……』とありありと分かる顔でぶつぶつと呟く。エレン、悪いことは言わない。そんなにかりかりしていたら将来胃痛持ち確定よ。
まぁ確かにケインはキチンと仕事をすればかなり優秀―――のはず―――だけど、その姿を見ることは殆どない。
寧ろそんな姿を拝んでしまったら向こう三年間は自身の身に何か(大半はヤバイものだ!というのが面々の言)が起こるとか。
どんな噂よ。
ともあれ今日のケインは団長室に待機が確定したので少なくとも今日の騎士団は平和であるだろう。
そんなことを思っていた私はまだまだ甘かった。
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「隊長、後はこの書類で一区切りです」
「ありがとうございますアイン。しかしこの短期間でよくもまぁこれだけ溜め込みましたねぇ」
「……面目ないです」
「そうだそうだ、反省しろよアイン」
「こらケイン。元々この管轄は君に振ったものでしょう?何故アインがこれを握っていたんだい?」
「うげっ、隊長お見通しっすか?」
「馬鹿、当然だろうが」
騎士団の一室、さほど大きいとは言えない部屋の一角はところ狭しと書類の束で埋もれていた。
別名『魔窟』。
後回しにされ続けてきた憐れな書類の末路が集う部屋である。
そこに隊長を筆頭にアイン、ケインは本日『大掃除』に徹していた。
この場合の『大掃除』は、当然『書類整理』のことである。
「まぁしかし『彼等』はこんなになるまで一体なにをしているんです?」
「耳に痛いのですが……今ハルの方でそっちは洗っています」
ぺろん、と1枚書類を捲りながら隊長は溜め息を溢した。
「そうだとしても、だ。これは不味いだろう」
そのまま掴んでいた書類の束をポイっとアインに投げつける。難なくアインはそれを受けとるとその1枚目に視線を落とし―――そのまま顔を顰めた。
「ふぅん?……ああ、こりゃ不味いな、確かに」
横からチラリと覗き見たケインなど苦笑いを浮かべた。
このケインが、ケインが!苦笑いを浮かべる案件。それだけで五割増しくらい疲れる。
ケインはちゃらんぽらんだが、ここぞということに対して決して『外さない』。
それ故この『騎士団』に配属が決まったのだ。
そして、アインはそれを疑わない。疑う余地など無いと『知っている』から。
顰めっ面の部下二人に隊長はふ、と真面目な顔になる―――本題、だ。
「さて、二人に問おうか?―――結論は?」
「俺は『及第点』ですね。今のままでは抑えが掛かるでしょうがそれをクリアする余地は充分ですね」
「俺は『経過観察』。……だがアレは化けるな。正直云うと勿体無い。だからこのまま行くのはどうかと思う。まぁ最後のところは隊長判断にお任せしますよ」
部下二人の返事にふ、と隊長は笑った。
「後で二人を呼びなさい」
「……それが答えですか?」
「……マジで?」
「忙しくなりますよ?さて、それを踏まえて君たちには伝えておかなければならないことがあります。実は――――」
二人の瞳は一瞬瞠目する。しかし直ぐにその顔は元に戻り、その先を促していく。
――――それは充分にキナ臭い話だった。