》9話
「あら?ハルの姿が無いけれど……?」
「ああ、ハルさんは今日は王宮に行く用事があるそうです。何でも陛下から呼ばれたらしいとか」
「そう。この前も別任務だったのにハルも忙しそうね」
「そう見えないところが凄いんだよな、ハルの奴は」
「ハルさんもですがアインさんもです。御二人とも公式業務だって兼務されているのでしょう?流石ですよね」
何時もより一寸だけ早い朝食の席に何時もは早い段階で居る筈のハルの姿が無いのでエレンとケインに尋ねてみると、あっさりした返答があった。
責任のある王子様というのも大変ね、ええ、分かります。
まぁハルが居ないとしたら誰かが『巡回』から帰ってきているのでしょうけど。
ふーんと話を聞きながら今日の朝食は何かしら、とちらりと机に視線を向ける。
肉塊が大量に机に乗っていた。
それは机をはみ出す勢いで……ってちょっと。
「何この量……」
「……今日の当番隊長が引き受けたそうで……」
「…………ああ、そうなの…………というより隊長帰還されていたの…………」
「ええ、そのまま副隊長はハルさんに付いていったそうです。元々今日の朝食当番はハルさんだったそうで、それを知った隊長が快く引き受けたとか」
「…………ああ、うん。快く。隊長らしいんですが…………」
ちらっ。
思わずもう一度 肉塊を見た。
「せめて火くらいは通して欲しかったわ」
「「いやいや、そういう問題じゃないから!!」」
ケインとエレンの声が見事にハモった。
この騎士団を束ねる隊長は先日国境近くの依頼を受け、副隊長共々出掛けていたのだ。出張御苦労様です。
彼はこの隊を束ねるに相応しい指導力を兼ねた人物で、隊員一同非常に尊敬している。
ただし、彼には残念な欠点があった。
「火を通せば炭になるのがオチだって」
「…………それについてはノーコメントで」
「だけどこれ、せめてナイフくらいは入れてくれていれば食べるのに困らないと思わない?」
「いいや、下手に手を入れられるよりいい。何しろ『食材』は無事だからな」
「それより見ているだけで胃もたれを起こしそう……」
「本当にこの騎士団今までよく存続出来ましたよね。騎士団の七不思議に上がっても驚きませんよ僕は」
「……お前たち……」
「ははっ、私は否定できませんから受け入れますよアイン」
いつの間にか食堂の入口には、頭痛い、とこめかみを抑えるアインと鷹揚に笑う男性―――噂の隊長が立っていた。
その登場に一瞬でフリーズした私とエレンを尻目にケインは「ども!」と片手を上げて二人に挨拶を返す。ケイン、大物すぎるわ。
「いやしかし隊長相変わらず豪快ですよね、見た目裏切りすぎっす」
「隊長もお前には言われたくないだろう」
「ははは、否定しないけどさ!」
「相変わらずアインとケインは仲良しさんですねぇ」
「「何処が?」」
ああ、二人の顔が心底渋くなっている。ケインは表情にバッチリ出ているけれど、アイン、貴方は表情に出ていなくても態度に思いっきり出ていてよ?
それをははっ、と軽く笑い飛ばす隊員は本当に大物すぎる。
「本当は私だってサラダくらいはやろうと思っていたんだよ?でも副隊長に止められてしまったからねぇ」
「「「「……………………」」」」
副隊長ありがとうございます!!
……今背後で隊員たちの心の声が聞こえた気がした。
「……エレン、ヒルダ」
こほんと気を取り直すようにアインがひとつ咳払いをする。
……ええ、言いたいことは分かった。
「了解しました」
「少しだけお待ちください」
私とエレンは腰を上げた。ここで下手に誰かが入るより下っ端に近い私やエレンが動いた方が早く片付く――――色々な意味で。
「あ、俺も手伝おうか?」
「止めてください」
「お前は隊長のお相手だ」
呼んでいないのにいそいそとついてこようとしたケインは、エレンとアインの二人にお呼びでないと門前払いをされた。ちっ、と舌打ちしているけれど、ケインったら。……どさくさに紛れて調理場のおこぼれを貰って一刻でも早く何か口に入れたかったというの……バレバレですから。
さっさとケインには退場していただいて慌てて肉塊とにらめっこする。
「今からサラダを準備するよりパンに挟んだ方が早いですね、僕はとりあえず野菜畑で見繕ってきます。ヒルダさんはパンの準備をお願いします。アインさん、肉塊、お願い出来ます?」
「まぁ適材適所だな」
「本当に」
てきぱきと指示を出すエレン。指示を出しながらも自分は籠を抱えてさっさと裏庭に出ていってしまった。素早いわね。流石は食堂の子息。エレンが居ればとりあえず急場は凌げるという自信が涌いてくる。
そのエレンに遅れてはいけないと私も慌ててパンを取りだし、『挟む』の指示通りパンに切れ込みを入れていく。
そしてアインはその横であっさりと肉塊を丁度いい大きさに切っていく―――早い。
「手慣れていますね」
思わず溢れた言葉にアインは「ん?ああ」と返す。
「とりあえず食べるのに困らない大きさに『切るだけ』だからな」
「いえ、それだけ大きいと手間がかかるでしょうに」
実際私がやったらそれだけでかなりの時間が掛かりそう。
「慣れだ、慣れ」
「……私には程遠そうですね」
「ヒルダに慣れられたら男連中はたまったもんじゃないからいいんだよ」
……確かに男性よりも剛腕な侯爵令嬢って……ないわ。
「確かに淑女には有り得ないです……」
「ははっ、それはそうだろう」
想像でどっと疲れたところにエレンがぱたぱたと戻ってきた。こっちも早いわね。
その後は3人で出来る限りのスピードで仕上げていく。
準備が整えばあとは挟むだけ。
エレン流石よ。
後少し、という段になりエレンがポツリとアインに訊ねた。
「アインさん、副隊長のお帰りの予定は伺っていますか?」
「いいや、だがハルの仕事が片付いてから戻ると仰っていたから遅くなるだろう」
「でも隊長は今回一緒に行かれなかったのですね?」
「ああ、今日は先に会議をすることになっているからな。エレン、それからヒルダ」
「「はい」」
「今日は『忙しくなる』」
にっと笑いながらアインは最後のパンを皿の上にポイっと投げた。
パンは綺麗に皿に着地したが。
「「………………」」
何故かしら。
普段なら会議は私たちには関係ないはず。なのに副隊長もハルも居ないのに、会議?
何だか変、よね?
エレンも同じことを思ったのか渋面になる。
「さ、先ずは朝食だ。何時もより遅くなっているから早くしないと」
言うが早いかアインは机に乗ったなかで一番目と二番目に大きな皿をひょいひょいと持ち、さっさと食堂に行ってしまった。
「……エレン、どう思う?」
「……何かおかしいですよね?」
おかしいけれど、疑問に答えてくれそうな人は居なくなってしまった。
「……とりあえず運びましょう」
「そうね」
まだ残っていた皿を手分けして持ち、恐らく待ちすぎて飢え始めているであろう隊員のもとへ運んでいった。
―――――因みにあれだけ手早く作ったご飯はご飯はその二分の一の所要時間で消え去ってしまった。騎士団恐るべし。