舞台裏〜その後の学園の日常・1
ぶっとんでいます。
「あのっ、ヴィー。今日はお弁当を作ってみたの……貴方の口に合うか心配だけど……」
「アリス……嬉しいよ、俺にとっては君が作ったモノは何よりの至上品だ」
「ヴィー……!!」
「「「……………………」」」
おえっ、またしても砂糖吐くかと思った。
次の授業の為に道をショートカットしようと思ったのがそもそも間違いだったのね、2度としない。心に決めた。
偶然通りかかった植え込みの向こう、中庭のベンチに居るのは学園で知らない人間は居ない第三王子と男爵令嬢。きゃっきゃうふふな世界が眼に痛い。それから周辺を囲んでいる愉快な仲間たち。男爵令嬢を蕩けそうな瞳で見つめている。
見事なハーレムだわ。
背筋寒っ。
「クリス様……」
隣を歩いていた友人が渋い眼で此方を伺ってくる……くそぅ、あの歩く公害ども。お前らのお陰でこっちが肩身狭いっつーの!!
「……エリー、お願いよ。アレは他人、私とは何も関わり無いの。……ええ、何も」
「クリス様……」
人の良い友人がそっと涙を拭う。その様は非常に美しいのだけど、こっちが泣きたいっつーの!!
あの公害ども、ここが学園であることを脳内から綺麗サッパリ削除しているだろう。
特に愉快な仲間ども。卒業資格は全員取っているのだからさっさと卒業しろ。まぁそれをしないというのは解っているけれど。
アリス(ヒロイン)がおばかさんでまだ卒業出来ないのだものねー。
細々とした設定がだいーぶ変わってきているけれど、多分これは『薔薇の箱庭』のFDがモチーフなのよね?
……なんか原型が崩壊しまくっていて納得するのも難しいんですけど。
「あのお花畑の御仁が牛耳っている限りこうして優秀な若者が学園から消えていくのね……あー勉強になるわー」(棒読み)
「クリス、言葉使いが悪い」
「煩いわね、あんなの見ちゃ言葉も悪くなるっての」
「仮にも貴女の兄貴だろうが」
「その事実を闇に屠りたいの」
反対に居るのは綺麗な美男子―――ではなくて、美男子のような女性。所謂ズカポジな私の護衛その人だった。
乳姉妹でもある彼女には今更何を取り繕っても変わらない。
悲しいかな、どうして私は愚兄の実妹として産まれたのだ。せめて異母兄のどちらかだったら良かったものを。
「しかしヴィヴィアン様は何をお考えなのでしょうね?」
エリーはちらりと団体様を見ると呟いた。
「さてねぇ……でもあのままではちょっと頂けないですよね」
「王家の恥よ、恥。ああ腹立たしい」
「クリス、頬、引き攣っている」
「仕方ないでしょう、もうっ!!」
「いや、正直クリスがこんなに憤るとは予想外だったよ?私には」
「……放っておいて」
にやにやと笑う幼馴染みに内心冷や汗をかく。
危ない危ない。
うっかり変なことを言えば怪しい子確定よ。
『記憶』を思い出す前と今では幾らか考え方が変わった。それは紛れもない事実だから否定しないわ。
一応実兄である第三王子に対してある程度の敬意は持っていた。今考えたらそれすら本当にある程度だったけれど。
それもこれも私達の実母の影響のおかげですけどね。
実母は典型的だけど『我が子を玉座に着けたい王妃』の典型だった。
一応フォローしておくけれど、学園に入る前の第三王子だったらまだ可能性はあったのかもしれない。思えば侯爵令嬢のお陰であったと言っても過言ではない。
だけどその婚約者に対して兄貴のアレは無いわ。
まんまと主人公とお花畑をご披露してくださった第三王子は自らその可能性を捨て去り踏みつけて粉々に砕き散らして下さったのだ。本人にはその自覚が全く無いけれど。
おばかさんめ。
私が侯爵令嬢と同じ『女』として兄を抹殺しなかっただけ有り難く思え。
というか、私が令嬢の立場だったら確実に殺っていた。
今にして思えば私が記憶を思い出したタイミングも丁度良かったのよね。
クリスティーヌ(サポキャラである私の名前ね)は元々『お姫様』だけどなかなか面白いキャラだった。謎のヲトメフィルターが発動すると周りを引っ掻き回す(ゲーム上では周りを動かすために必要だったのよね)トラブルメーカーなサポーター(どんな設定だよ、という突っ込みはしたら負けよ)で、『ダメ兄貴を見限って反乱を起こす』くらい簡単に実行る。躊躇なく。
お陰様で誰一人疑問に思うこと無くヒロインのサポートなどさっさと廃業して(そもそも1度もサポートなどしていない)、私はある計画を実行することを即断した。
突拍子もない発想力なお姫様。
何を仕出かしてもある程度は流される。
―――そこだけ第三王子との血の繋がりを感じるのは気のせいよね。
ああそう、本題よ。
即ち『主人公ではなく侯爵令嬢をサポートしよう大作戦』だ!!
……ネーミングセンスが無いのは百も承知。
どうせ誰にも聞かれない作戦名だしね。
地道に、だけど確かに主人公と第三王子と愉快な仲間たちの株は下がっていっている。
彼等が学園の『ルール』を丸無視している現状を煽りつつ悲劇に逢った侯爵令嬢の話を悲壮感2割増しで盛り込んでいく。
そうすればマトモな思考回路を持っている学生は自分で理解していく―――おばかさんたちの世界が如何に歪かを。
お陰様で彼等は気付かない。気付きもしない。何れだけの人間が既に彼等を見限っているのかを。
これじゃあ私の方が立派な悪役かしら?
別にいいけど。
だって今のままじゃそもそも『私にとっても』平穏なんて程遠いし?
「ねぇ、ヴィー。明日の夕方は街に出掛けない?そう、皆さんも。何時もお世話になっているお礼がしたくて……」
「ああ、君はなんて優しいんだい?勿論いいよ、一緒に出掛けよう。お前達も大丈夫だろう?」
「はい、勿論です」
「アリス様、我々にも御温情を下さりありがとうございます」
「ふふ、良かった。街には色々なお店があるから観るだけでも楽しいですよね」
…………うん、やっぱり馬鹿だこいつら。
とりあえず暫くは自分達のお花畑で埋もれていてください。
生温い空気を振り切って漸く回廊に戻ったとき、ふとエリーが「そういえば……」と口を開いた。
「お二方はこのお話を御存知かしら?」
「何ですの、エリー」
「私も実家の兄から聞いたものなのですが…………」
「………………それは本当ですの?」
「ああ、その話なら私も知人から聞いたよ。知っている人間の方が少ないだろうけどね、学園にいる者は」
「…………そう」
それは興味を引かれる話だった。
基本的に『薔薇の箱庭』のストーリーは『学園』と『城下街』しか出てこないので『その他』についてはある意味私にも『驚き』の方が多いのだけど。
「ヒルガディア様が王立騎士団に……」
それは寝耳に水だった。
てっきり設定通り修道院に行っているものだとばかり思っていたけれど、ここも違っているのだろうか?
しかもご令嬢なのに騎士団?
何で?
学園での画策も外せないけれど、ご令嬢に関わることなら是非一度確認したいわ。
丁度異母兄が騎士団に二人も所属しているし。…………そんなに二人と仲が良い訳ではないのがネックだけど。
さて、次の休暇まで何日だったかしら?
私は此れから今以上の想定外に巻き込まれていくなど考えつく筈もなく、ただ次の予定に思考を飛ばしていた。