》8話
「そんな仏頂面やめろよなー?」
「この顔は生まれつきです」
「嘘つけ、ヒルダと会話しているときは違うじゃねーか!!あと隊長!!」
「あー、煩いですね、本当に貴方何で騎士団になんか入ったんです、近衛とかのほうが合っているでしょうが」
「残念だな、近衛から騎士団に転属になったんだっての」
「本当に世の中間違っている……本当にせめてもう少し、ミジンコ程度でいいですから謙虚な心を持ってくれればいいものを」
「ははは、世の中は理不尽だらけなんだ、いい加減諦めろ」
「…………そろそろ会話は終わりか?―――で、ケイン、それからエレン?反省はしたか?」
「「はい、すみませんでした」」
えーっと、アインの顔がにこにこしているけれどこれ、完璧に怒っているわね。
まぁ無理もないでしょうけど。
背後にどす黒いオーラをひしひしと感じながら直視キケン、と振り返らないようにする。
そうそう、触らぬ神に、というものよ。
とりあえず私に出来ることを、と買って出たのがケインとエレンが任務で『破壊した』街の瓦礫撤去のお手伝い。勿論大きいものは非力なこの腕じゃ役に立てないので細々とした所の掃除をね。ガラスなんかも散らばっているからこのまま子供たちが怪我でもしたら大変大変。
あー、背後で怒られている二人が哀れだけどはっきりと自業自得なので庇うことも出来ないわ。頑張って。そして、恐らく、当分お説教は終わらない。……これじゃあねぇ。
そもそもこの二人の任務で破壊行動が起こったことがまず疑問なのよ。
今回の二人の任務は『所謂札付きの捕獲』だったはず。
……捕獲よねぇ?
どうしてこうなったのかしら……。
内心クエスチョンマークを浮かべながら簡単な移動魔法を駆使する。
簡単な、というところが情けないけれど所詮私は魔法使いじゃないもの。出来ることなどたかが知れていた。
とりあえずガラス片はあっちの袋に一纏めするでしょ。
それから砕けた道路も出来るだけ平坦に慣らすでしょ。
辛うじて家の外壁が破壊されなかった事だけは良かった。流石にそれは私にはどうにも出来なかったもの。というより、家だけは破壊しなかった、というところかしら?
だけど……地味だわ。
この作業絵的に地味。
仕方ないけれど。
この国の人間ならば大なり小なり魔法は使うことが出来る。だけどあくまで『使える』レベルが一般的で、本格的に使用するとなれば魔導士になるとか魔法使いになるとか専攻しないといけない。
ごく稀に使いこなせる器用な人とかもいるけれど。
ざらざらと道を慣らしながらさて次はどうしようかと視線を向けると、大丈夫と思われていた家の外壁に所々ひび割れを発見。
あら、ちょっとこれを放置はダメよね。
地面に近いから見落としてしまいそうだったけれどこのまま放っておくには不味いレベルの傷で、だけど……。
「ちょっと私がキチンと直すには厳しいわね……」
『土』系統の魔力が高ければこの壁を直すのにさほどの労力がかからないでしょう。でも、あいにく私は『土』系統が得意ではない。
というより、有名なトコロの系統―――所謂『火』とか『水』とか、便利どころな魔法は『使えるけれど本当に使えるレベル』、所謂最低限なのよね。1つくらい基本型は極めたかったけれど無い物ねだりしても仕方がない。
そうなると選択肢はこれしかないのよね……
よし、と気合いを入れて掌を壁にそっと向ける。そうするとそこにぼうっとした暖かさを感じた。
『我、育む。纏いしは木々なり―――開花』
言霊を紡ぐと直ぐ様地面がボコッと盛り上がり―――緑が生い茂る。
私が唯一得意とする属性『緑』。
植物に関する操作―――この場合はひび割れを隠して壁に僅かな補強をしているのだけれど―――をして応急措置を施す。
白い壁に蔓草が伝いヒビを覆い隠し、更に植物を点在させて見目も整えておく。
……うん、こんなものでしょう。
誰か修理が出来る人が来るまでは持つはず。
目の前の『成果』にとりあえず納得してさて次、と視線を動かすと―――
「「……………………ふわー」」
ものすごーく一生懸命な2対の瞳が私の手元を凝視していた。
「すごいねぇ、まほーだ」
「すごいねぇ、お花咲いちゃったぁ」
そっくりな二人(恐らく双子)はきゃっきゃっと喜びながら壁の植物を触っている。
え、どうして?
内心驚きながらもとりあえず笑いかけながら二人に問いかける。
「貴女たち、何処から来たの?」
ここ、まだ危ないと近寄らないようになっているのに、当然のように居るこの子供たち。
にこにこ笑いながら「「ここぉ!!」」と元気に返事をされた。
その『ここ』は、紛れもなく今私が修復(隠蔽ともいう)している家を指し示していて―――
「…………今お父さまかお母さまは居るかしら?」
「「いるぅ!!」」
とりあえず状況を説明せねば。
だって後ろのお説教はまだまだ終わらないでしょう。ああ、あの調子ならあと一刻くらいは続きそうね。
可愛い二人に案内してもらい家人(恰幅のいいご婦人だったわ)に事情とその後の対応について説明した。
ご婦人はこの辺の人々には自分から事情を話すから安心しなさいと豪快に請け負って下さり、私は二人のお説教が終わるまでに自分が出来ることに専念することにする。
その間キラキラした2対の瞳はずっと私の傍に在り、それを見ながら久々に感じた―――人から頼られる歓びを。大きな事ではないけれど「すごい!!」「ありがとう!!」と私に向けられる純粋な感謝の心を。
かつてヴィヴィアン様の婚約者であった頃、人の上に立つべき者としてどうにか在ろうとしていた日々。あの頃に持っていたものとは似ていて異なる。
あの頃の私は『王子様の婚約者』で『侯爵家の令嬢』であったから求められるモノに期待以上を返して当然、と云われてきたけれど。
本当は私に出来ることなど少ない。
況して今の私に出来ることは本当に少ない。
今までと違い只の『ヒルガディア』でしかない現在の私なら尚更。
この子達が向けてくれるこの『ありがとう』は侯爵令嬢に対するモノでも、王子様の婚約者に対するモノでもない。只純粋に私に向けられたモノ。
そうなると、自然とこの瞳を向けてもらえるのなら出来る限り応えたいと思う。
そう思えるようになっただけでも修道院で隠居生活をしなくて良かったのかもしれないと、思えるようになったなんて―――本当に何が切っ掛けになるかなんて分からないものね。
さて、この調子なら専門家が来るまで私一人で粗方処理出来そうだし、これも修行の一環になるわ。そうすればもっとこの子達に応えることが出来るかもしれないし、少なからず『諸先輩方』の暴走を緩和出来るかもしれない―――まぁ道は果てしなく遠いでしょうけど。
――――そしてこそばゆい視線を一身に受けながら何とか出来る限りの全部終えて戻ってみると、アインのお説教は本当に一刻続いており、二人にはもう哀れみしか浮かばなかった。