》7話
「ヒルガディア様はあの後学園がどうなったのか御存知ですか?」
マルトゥリーデは微笑みながら此方を窺うが私が持つ答えは1つしかない―――「いいえ」。
あの後騎士団に所属するようになり、学園なんて思い出すことも後がどうなったのか気にする余裕もなく日々を過ごしていた、が正解。
彼女もそれを承知していたのだろう、最初から「ソウデスヨネ?」という顔を返した。
ええソウデスヨ?
解っていたなら聞かないで下さい!!
「まぁ知らなくて正解です。あの後の学園は面白いくらい滅茶苦茶だったのよ?本当腹立たしくて仕方がなかったわ」
「……お詳しいですね?」
「あら、だって私先日まで学園にいたのですもの」
「……え?」
その言葉に一瞬詰まり、不躾とは思いながら彼女の上から下まで視線を送る。
……いいえ、こんなに目立ちそうな方、覚えがないわ。
私のその不躾な視線を意にも介さずマルトゥリーデは話を続けていく。
「ああ、恐らく私のことは御存知ないかと思います。私、学園ではそんなに目立つ格好はしておりませんでしたから」
「どうせお得意の猫被りだろうが」
「お黙り下さいませ、殿下?……あらやだ、こんなところに害虫がッッ!!」
「…………ッッ!!」
がつん、と激しい音を立てて踏みつけ(……踏みつけ!?)たのは、なんと殿下の足。しかもいい笑顔のままで全く悪びれていない。ほほほ、なんて笑い声まで上げている。踏みつけられたアインは珍しいくらい顔をしかめた。当然よね、凄い音だったもの……。
……恐るべし子爵令嬢。
「ッッ、このお転婆……!!」
「イヤだわ殿下、か弱い女性に向かってそんな発言を。ハルもですけどそのままでは『後手』を取り続けますわよ?……何処かの誰かさんの愚策のように、ね?」
「―――それは愚弟か?」
「―――…………ッ」
――――ヴィヴィアン。
その名前を突然聞かされると、ずきり、とまだ動揺してしまう。
…………しっかりしなさい、ヒルガディア。
私は誰?―――マクベス侯爵家の娘、個人の感情に揺れることなど許されない。
ふう、と浅く息を整えまたマルトゥリーデを見つめた。
アインは流石と云うか、あっさり立ち直ると同じく彼女に視線で先を促す。
「ある意味合っておりますが正確には違います。ヴィヴィアン様や他の方々が『とある女生徒』を特別視され続け秩序が崩れていったのですよ。ものの見事にね」
「へぇ?あの身分制至上主義な『学園』が?」
「…………そう、あの方々はやはりお変わりに為らなかったわけね」
聞いているうちに物悲しくなってきたわ。
ヴィヴィアン様。
貴方は結局何も変わられないのね―――いいえ、変わってしまわれた、が正解なのかもしれない。
鬱屈した気分になると、ぽん、と背中を大きな手に軽く叩かれた。
驚愕してその主を見上げると、彼は此方ではなく不機嫌な顔つきのままマルトゥリーデに抗議をしている。
「察するに君は前年度で学園を卒業したのだろう。アレはどうした?」
「御健在ですよ?恐らく今年度は尚一層……ね」
「……どうして誰もソレを止めなかったんだ」
「あら、愚問ですわよアイオーディン殿下。ヒルガディア様という抑制材が無くなったヴィヴィアン様などおつむの足りない子供同然。『あの学園』に通う子息子女が取る行動など歴然ではないですか」
「…………全く…………」
頭痛の種だな、とぼやくアインを尻目におず、と気になっていたことを口にする。
「あの……学園にいた者達はどうなったのでしょうか……?」
それは知りたくても知ることが出来なかった事。
流石にあんな格好で学園を去った者がおいそれと内情を知るとこなど出来ない。
知りたかった―――あの場所で最後まで友だと思っていた者達の現在を。
思った通り切れ者な彼女は私の意図を正しく読み取り答えてくれた。
「ヒルガディア様のご学友の方々でしたら御心配無く。貴族の矜持を忘れることなくご健勝にお過ごしですわ」
「そう……」
「ヒルガディア様」
ほぅ、と息をついたその瞬間―――眼差しは優しいまま彼女は続けた。
「浅慮な者、身分主義な者、人を蹴落とすことに長けた者。確かに貴族にはそういった輩が多いですが、矜持を持ち続ける者も確かにおります。お忘れにならないで?」
「…………ええ、マルトゥリーデ様。肝に命じておりますわ」
例えばこの背に回した掌で支えてくれる。
例えば屈託なく笑い子女として扱ってくれる。
それは修道院で隠居を選択していたら知ることのなかったものたち。
ヒルガディアという一個人を見て、知って、支えてくれる。
「どのような経過があっても、私はマクベス侯爵家の娘ですから。貴族として、そしてヒルガディアという一個人として、私は恥じたりなどしません」
「―――流石ヒルダ」
「ありがとうございますアイン。こうして騎士団に立っていられるのも貴方のお陰でもありますから、下手なことなど出来ませんわ」
「期待しているぞ」
「はい」
流石アイン。騎士団の中でも王家の中でも皆を引っ張っていくのが巧いわ。
なんてほのぼの考えていたら、「あー……」と言いながらマルトゥリーデ様が困った顔をしていた。
あら、どうしたのかしら?
「仲が宜しいのはいいのですが……すみません、そろそろ……」
「……ああ、そうか。済まないが今度は『招待』する。聞けなかった部分も『きっちり』な」
「…………え?」
私が会話の波に乗り遅れた、その瞬間。
――――――ドォォォォオオオオ……ン
「ああ、始まったか……でかいな」
「嫌ですわねぇ……人の土地で暴れすぎじゃありません?」
「仕方ないだろう、ケインに言っても無駄だからな」
地鳴りと共に上がった煙だが、全く緊張感のない会話がされ続けた。
「………………」
そして私は今の今までさっぱり忘れ去っていたエレンの存在に盛大な合掌を送るのだった。己の胸中で。