『薔薇の箱庭』のキオク。
それは私の中に忽然と現れた『記憶』。
どうして、今、思い出したのか。
目の前には複数の男の姿と、庇われながら弱々しく震える少女と―――無理矢理跪かされている一人の少女。
こんな茶番のような光景―――どうして今まで疑問にも思わなかったのか。自分で自分が恥ずかしい。
うん、上手いこと言った。
…………じゃなくって。
ひたり、と。
男の口から冷たい声が少女に向かって放たれる。
その声を『聞いていた』時は疑問にも思わず(何しろヒーローの声はマジでイケボだったのだ)、その後のエンドロールをかっ飛ばして早よエンディング見せんか!!と怒鳴っていた(今思い返してみるとどうよ、自分?と問いただしたい)けど、今の『自分』はこの国で、この立場で16年生きてきたのだ。
目の前の光景が、かつて私がプレイしていた乙女ゲーム『薔薇の箱庭』のクライマックスだと気付いたのは、正にその『当て馬』であり『ライバル役』である『侯爵令嬢』が断罪されているこの場面に遭遇したから。
ヒーローは目の前の中心人物でこの国の『第三王子様』で、ヒロインである『男爵令嬢』と恋に落ち、紆余曲折を経て婚約者でもある『侯爵令嬢』を追放する―――云わばテンプレなストーリー。
そして私はその『男爵令嬢』を助ける『サポートキャラ』だった。
と言っても思い出したの今だけど。
何しろ思い出したの今。
重要だからもう一度言う、今だから。
私、別にヒロインサポートしてないし。
というか、面識すらないし。
寧ろ『侯爵令嬢』の方が面識有りまくり。この段階で色々おかしい。
そして『ゲーム』ではおかしいなど微塵にも思わなかったが(だって所詮ゲームだし?)『現実』に起きてみればそりゃあないだろ、みたいな。
まず侯爵令嬢って国の貴族の中でも立場超高い。その婚約者であるヒーローが男爵令嬢を好きになる、までは(ぶっちゃけ現実なら張り倒してやるが)まぁ許容としよう。
問題はその後。
そのままきゃっきゃうふふ、な脳でヒロインといちゃこらなんて誠実じゃねーな、ヒーロー!!
しかも立場が侯爵令嬢より明らかに下であるはずの『他の攻略対象者』の態度明らかにデカイし。
そしてヒロイン。今何だか愁傷な顔付きをしているけど、何か内心から『私愛されヒロインよね、きゃっ☆』みたいなオーラが駄々漏れ。多分私がそういう目で見たから見えたのだろうが―――これ、所謂逆ハーってヤツだよね?うん、スチルのフルコンプ目指していた私が言うのだから間違いない、これは好感度の調節が非常に難しく攻略するにはサポートキャラ(つまり私)のサポートを全力で受けるか、攻略方法を知らなきゃ出来ないとまで謂わしめたエンドであって―――つまり、アレデスネ。
貴女、このゲームをやったことがある所謂転生者。
ないわー。
リアルにやり通すとかないわー。
淑女にあるまじき行為だと思いながらも頬が引き攣るのが止められない。
しかしなんで私は今になってこういうことに気付いたのだろうか―――謎だ。
疑問に思いながら再びその集団に眼を向けた。
王子様は絶好調で侯爵令嬢を非難し続けている。お取り巻き様々も同様に。そしてこの後は―――そうだ、侯爵令嬢に引導を渡して令嬢はこの学園を追放されて、そして王子様は傷付いた男爵令嬢とお互いの想いを交わして大団円―――おえっ、想像しただけで砂糖吐きそう。
でもそれは確か卒業式が近いもっと後の話じゃなかったかしら?
今はまだ秋が始まったばかり。幾らなんでも早すぎる。
不意に。
それまで押さえられたままだった侯爵令嬢の瞳が見えた。その瞳が私の胸を突く。
それはこの現状に対しての憤りと、何者にも屈しない気高さを孕んだ強さ。
私はその強さに呑まれた。
この16年を『今の私』として生きていた本能が訴える。
嵐が起こると―――――面白い。
あんなおママゴトの展開、現実ならお呼びじゃない。サポートキャラはヒロインを選べない。だってそれはゲームだから。
だけど、現実ならば私が好感を持てるヒロインを支持したい。
そして『私』は決意した。
私はあの『男爵令嬢』ではなく、よっぽど物語のヒロインになりそうな『侯爵令嬢』を全力でサポートしよう、と。
だって私は今この現実を生きているのだ。自由に選択したいじゃない。
ゆっくりと侯爵令嬢が顔を上げた。
ほら、丁度話が始まるわ。
ゲームの世界じゃない。現実の『侯爵令嬢』がヒロインの物語が。