表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法の世界へ  作者: 直斗
3/4

転落

3


 真っ暗な空間で頼りになるのはネーピアの手だけ、履いた下駄が石の床と大きな音を立てている。

「そこ、木の根がある。気を付けろ」

 必要以上に上げられた足。おかげで躓かずに通過できた。小さな水たまりを踏みつけて、二人は奥へと進んでゆく。少女にとって、ネーピアとの唯一のつながりが離される。

「ちょっと待て。敵だ」

 剣を抜き構えられる音。見えないはずのその場所で、彼は敵を確実に仕留めていく。落とされた獣の首三つ。ついた血液をその場で払う。嫌なにおいが、風のない空間に充満し始める。

「悪いな」

 戻ってきた彼が手を掴む。怖くは無い。

「後ろから一匹、やれるか?」

 ネーピアは少女の両肩に手を置くと、後ろへと振り向かせた。どこにいるのかは分からない。でも、何かがいるのだけは分かる。

「場所、わかんない」

 両手が頭を支える。そして、わずかにその向きを変えるとこう言った。

「視線の先、十メートルほど。頭だけ出して様子を見ている」

 何も見えないその空間。爆音が木霊した。熱い空気が、肉の焼ける匂いを運んでくる。

「よくやった、見事に頭を爆破したぞ」

 二人は敵を切り、爆破しながら奥へと向かう。ようやくたどり着いた最深部。また、巨大な扉が行く手を遮っていた。

「さっきと同じだ。頼んだぞ」

 肩車によって、視線の高さが大きく変わる。てさぐりで中央に手を置くと、呪文を唱えた。

「おし、まだ扉をあけるなよ。もうそろそろ、呪文の効力が消えそうだ」

 反射し響く、彼の呪文。先ほどと同じく、最後に感謝の言葉を述べた。

「流れる魔力はだな、時間が過ぎれば淀み、流れなくなってしまう。淀んだ魔力は制御でき……」

「しってる、あけるよ」

 話を途中で遮り、少女は扉を開け始める。動きに合わせて落ちる砂。そして、扉の隙間から灯りが漏れ出す。蝋燭の優しい光。その揺らめきは、暗闇に慣れた二人の目を傷めつけるほどではなかった。

「いらっしゃい、よくきたねぇ」

 四角い部屋に、ログハウスにでも置かれているようなテーブル。端にある暖炉からは緑の炎が上がり、上に置かれたポットからは蒸気が噴き出している。薄い絨毯の上を、ゆっくりと移動する一人の老婆。彼女は置かれたポッドを手に取ると、湯呑みへと注いだ。蒸気と共に注がれるのは緑茶だった。

「こんなところにお客さん何て久しぶりだねぇ。どうぞ」

 ろうそくに照らされたテーブルの上。二つの湯呑みが置かれた。ネーピアはそっと近づくと、剣を抜きながら叩き割った。

「俺はあんたと仲良くお喋りに来たわけじゃねぇ。化石、あんたが持っているんだろ?」

 ニッコリとほほ笑むような表情を、老婆は一切歪めない。向けられた剣先に、怯えの欠片を見せることなく口を開いた。

「化石の力、お前さんに扱えるとは思えないけどねぇ。それでも欲しいのなら、持っていきな。力づくで、ね」

 ネーピアの唐突な突き攻撃。その攻撃は老婆の頭を貫いた。だが、手ごたえは無い。空をつく感覚。背後からの存在を察知し、いち早く横へと転がる。先ほどまでの足元にナイフが突き刺さった。

「よく避けたねぇ。ほとんどは、さっきので死んじゃう事が多いのだけどねぇ。お前さんの魔法、探知するタイプかい?」

 老婆はナイフを拾いあげ、二本の指で挟みこむ。その瞬間を逃すネーピアでは無かった。水平に一振り、勢いをそのままにもう一度切り付ける。刃が届くよりも早く、老婆はテーブルの下へと逃げ込んでいた。

「もし、お前さんが探知系魔法であるならば、不利なのはこちらだねぇ。でも……」

 テーブルの上から剣の重量に任せて振り下ろす。彼の筋力に重量が合わさり、真っ二つになる、はずだった。弾ける腕。落ちる剣。片腕を吹き飛ばされ、肉が焼ける激しい悪臭が広がる。

爆破魔法。この場で爆破魔法の使い手と言えば、一人しかいない。

「真愛、てめぇ」

 片手で抑え、充血した目で睨みつける。ふらふらと、血を垂れ流しながら彼はゆっくりと少女へと近づく。

「そう、責めてあげなさんな。お前さんは欺罔、って言葉をしっているかい?私の魔法はそれ、なんだよ」

 少女の目はしっかりとネーピアに向けられ、敵を見るそれだった。敵意で満たされた二人の関係。

「おいババァ、お前を殺せばいいんだな?」

 老婆はようやくテーブルの下から這い出てきた。

「魔法制御者の昏倒により、魔法の効力は消え失せる。でもねぇ。一度やってしまったことの記憶は、延々ときえないねぇ」

 落とした剣を片手で拾い、先端を引きずりながら老婆へと近づく。普段は両手で持っていた剣。いつもよりも重たく感じられる。ゆっくりと持ち上げられる。剣先が天上をついた時、激しい痛みと熱とが、血液と共に振りかかる。回転しながら落ちる剣。石の床と刃が当たり、耳障りな高周波を響かせた。

「お前さんじゃ、勝てないねぇ……」

 両腕をもがれた彼は深い血だまりを作り、うつぶせに倒れこんだ。彼自身の血が、赤く服を染め上げる。老婆は少女にかけた魔法を解除すると、そっと振り返った。

「お嬢ちゃん、人は皆死ぬんだ。気にすることは無いよ」

 少女が敵と認識し、攻撃した存在が目の前に立っている。そして血だまりに浮かぶネーピア。絡まる思考と、恐怖とが少女を絡め取っていた。自身の攻撃が、彼を傷つけた。少女へと、老婆が手を伸ばす。部屋にできていた黒い渦から、少女と老婆の間に何かが落ちてくる。

 銀色の髪。

 抜身の刀を手に、彼女は老婆へと切りかかる。完全なる不意打ち。老婆は抵抗する間もなく、腹部を貫かれた。彼女は片足で老婆を押さえつけ、刀を抜き去る。

「ごめん、真愛ちゃん。状況が変わった。冒険はここでおしまい」

 崩れ落ちる老婆はみるみるその姿を変え、若い女性の姿へと変貌する。部屋に響く男の笑い声。

「祖の神、一体何をしに来たんだ?」

 両腕を失い、倒れていたはずのネーピアが、ゆっくりと立ち上がる。大きく広げられた両手には、光の球体が作られてゆく。

「蓄積の神。あんたの思考は読み取った。思い通りにさせる気はない」

 血が滴る刀を蓄積の神へと向ける。少女は訳も分からず、ただ一人震える事しかできなかった。

「そうかよ」

 両手が振られ、彼女へと光弾が飛ぶ。それが彼女へと当たる直前、黒い渦に光の弾は吸い込まれていった。地を蹴り、爆発的な加速力で接近する蓄積の神。勢い全てを拳に乗せ、全力で彼女へと殴りかかる。

「あんたね、全ての神の上位互換である私に、勝てるわけ無いでしょう?」

 見えない壁が、彼女と彼との間に構築される。彼の拳はその壁によって憚れた。激しい攻撃の反動が、殴った拳へと伝わり蓄積される。

「あんたの能力はばれてんだから、いい加減あきらめ……」

「俺なら勝てると思ったんだよ。そうでなければ、あんたに攻撃しようなんざ思わ……」

 事前に攻撃を察知した祖の神は、言い終わらない内に攻撃を仕掛ける。見えない壁を挟んで反対側、黒い渦から大量の水が降り注ぐ。

「溺れさせよう、ってかぁ?」

 絶え間なく注がれる水の中で蓄積の神は叫ぶ。

「真愛ちゃん。貴方に貸した力、ちょっと返してね」

「おい、馬鹿! やめろぉ! 」

敵から目を離すことなく、彼女は放心している少女の額へと手を伸ばす。少女は何もない、少女へと戻った。

「ありがとう」

 彼女は、大きくため息をついた。蓄積の神は、見えない壁を越えようと必死に殴り続ける。皮はめくれ、骨は折れ。その拳からは、血が垂れ落ちている。大量の水を注ぎこんだ渦が消えた。

「だからあんたじゃ勝てない、って言ったでしょ? あと、この世界もきちんと消しとくから」

 言い放つと同時に、大量の水は水蒸気へと変わる。瞬間的な状態の変化に、巨大な爆発が周囲を包み込んだ。崩れ落ちる天井。彼女は少女を強く抱きしめながら、黒い渦へと飛び込んでいった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ